第二章『狂信の裁定者』
「......ここは」
光が晴れて彼が目にしたのは教会であった。大きなステンドガラスから漏れる陽の光に照された教会の中。
「ようこそ、我が教会へ。ワタシは君をずっと探していた」
「........アナタは? っ!?」
彼は驚愕した。先程警察官にはめられた手錠がいつの間にか消えていたのである。
驚く彼なぞ意にも介さずに、神父は語り始めた。
「申し遅れた。ワタシの事は.......そうだな『ファール神父』と、名乗っておこうか」
「.......?」
名乗っておこうか? それではまるで、偽名のような.......だが今はどうでもいい。
「アナタの先程の『アレ』は本当か?」
「本当だとも、知っているさ、君がある願いを求め彷徨い、平穏を捨ててこの世の地獄を見てきたことも、全てな」
「何者だ?」
「それには答えられないが、率直に言おう、君の願いは叶う、『ある戦い』に参加すればね」
「.......ある、戦い?」
すると、ファール神父は不敵な笑みを浮かべながら、教会の壇上まで足を運び始めた。
「君は、殺し合いは嫌いかね?」
「........そんなの」
「『嫌いだ』だろ? いや、すまない、少し悪戯が過ぎたね。ふふ、君の事は全て知ってるのに、ふふふ」
彼のファール神父に対する印象は、『感じが悪い奴』だった。そもそも、何故自分の事を知ってるのだ?
あの謎の光と言い、こいつは━━━。
「そうさ、『魔術師』。当然か、君にそんな『不滅の呪い』を与えたのも魔術師だしな」
魔術師とは、魔術、妖術、幻術、呪術などを使う者たちの総称である。
このファール神父もその魔術師なのだろう。そして、彼の『呪い』の事も知っている。
現代において、魔術と言った神秘は薄れ、誰しもが『そんなものは架空だ、妄想だ、インチキだ』と口を揃えて言う時代。しかし、彼等は実在する、人々の目を逃れ、歴史の影に身を潜めながら、各々の魔術師が独自の魔道を探究しているのだ。
「魔術師も色々大変でね。神秘の隠匿の為に人目を避けて細々と魔道の探究をせねばならない。それでいかなる功績をあげようと、ノーベル賞が貰えるわけでもないのだがね、ふふ」
「......何の話だ?」
「おっと失礼、本題に入ろう。ワタシはある儀式を再現しよう思っていてね。それには強力な願いを持った人間が『13人』必要なんだ。君は『カレス』を知っているかね?」
「カレス? 確かカレスは━━」
カレス、日本では聖杯、聖爵、聖体と呼ばれている『イエス=キリスト』が最後の晩餐に12の弟子を招き、それぞれの弟子に「これは私の体だ」と言ってパンを、「これは私の血だ」と言って水で薄めたワインを、それぞれの弟子に配り、その時にキリストが使っていた金属の杯が『カレス』だ。
「ふむ、知っているようだね。では何故『聖杯』ではなく『カレス』と言う言葉を使ったかと言うと、アーサー王伝説に登場する聖杯とキリストの聖杯を区別するためだ」
「そのカレスが何なんだ?」
「『造る』んだよ」
「何?」
「正確に言えば、最後の晩餐にカレスに注がれた『キリストの血』を再現するんだ。もっとも、伝承だとその時の血は唯のワインだったがね、ふふ、くく」
「.......」
一人で笑ってる。どうもこの神父は怪しすぎる。だが彼にはそんなのどうでもいい。たぶん、この神父が現れなければ、後一週間、ニューヨークの街を彷徨い、彼は『朽ち果てていたであろう』。
全てを諦め、絶望に染まった彼は、残り僅かな生きる時間を潰す為に、
「それには強い願いを持った人間の血が必要でね。合わせて12人の血だ。『コレ』が見えるかね?」
「.......」
コレとは、ファール神父がいる壇上の上に置かれた一つの金属製の杯。至るところが錆びて、ひび割れている箇所もある。かなり年季が入っている。
「『カレス』だ。本物だよ? あぁ、悪いが触らないでくれ、これは壊れやすくてね」
「........それに12人の血を注げばいいのか?」
「そうさ、ただし、一人につき必要な量は一滴ではない。人体に流れてる血液の半分『2リットル』だ!!」
「っ!」
2リットル。完全に致死量を超えた馬鹿げた量だ。そんなの......。
「そう、死ぬ。だから君達に殺し合いをさせるのさ! キリストの血が完成すれば、あらゆる奇跡を体現できると言っても過言ではない!! かつて、我等が主キリストが行ったような奇跡がぁッッ!! この儀式で再び地上に蘇るのだ!!」
ファール神父は、歓喜と喜びに満ちた咆哮を上げる。それこそ正に魂から来る咆哮だ。
ただ、疑問に思った。魔術師とは言え、彼はキリスト教徒であろう。なのに何故、何故こんな狂った儀式をやろうとしているのか?
そもそもワイングラス程の大きさしかないカレスに、12人の血、合計24リットルなんて収まるのか?
「.......不思議かね? そうだろうとも! ただこれだけは言おう! ワタシは魔術師であると同時にキリスト教徒! キリストの復活を願うのは当然だと思わないかな? 他の教徒がなんと言おうと、ワタシは、狂気の淵に立ち、我等が神を再びこの地上に━━━━━」
「どうでもいい」
突然演説じみた事をやり始めたファール神父をバッサリと、言葉で斬り捨てた。このまま放置したら、きっと長々とどうでもいい理想を語り続けるだろう。
「ようは、アナタはキリストの奇跡を復活させたい。その為なら俺達が殺し合い、どんな願いを叶えようが興味もない、それでいいな?」
「....................ふむ、確かに、ワタシは奇跡を見たいだけだ。君達の願いに然程興味もない。もしも、君達の中に世界征服、世界滅亡を企てる者が居ようが、全く興味もない」
狂信も、ここまでくると、中々に清々しいものを感じる。彼は殺し合い自体は嫌いだ。だが、この狂った儀式に参加する者は皆、何かしらの願いを持ち、命を賭ける覚悟で挑んでいる。
そう言う『覚悟が出来た奴』を殺すのであれば、少し気が楽に思える。
12人の血で『彼女』が救われるなら。是非もない。
彼の決断に迷いはなかった。