第8章『悲劇の幕開け』
「……………………………………………………………………うっぷ」
――もうだめ、くえない。
「どうした? まだ半分だぞ?」
彼は、クリフ・デズモンドが注文した料理の数々を喰わされていた。
どれ程の量か? まずは、披露宴とか、結婚式とかでしか見ないような。そう、100人以上の招待客を対象に用意されたような。会場一杯の豪勢な品々の数々。
本来は、大勢の客が食事と会話、祝い事を楽しむ為に必要な量。
を、彼は一人でそれらの量を食べさせられていた。
「……こ、こんなに食う必要あるか?」
「あるな」
即答かーい。
「君に上げたあの『栄養補給剤』が何故食前なのか言ってなかったな。あれは体内で摂取した栄養を『倍加』する効果がある」
「お、おう……じゃあ、こんなに食う必要は……」
「あるな。何故かと言うと、君の内臓は機能してないからだ」
「??」
「聞くが、最後にマトモな食事をしたのはいつだ?」
「え……」
「そもそも、今朝は何か食べたか?」
「……食べて、ないです」
パン、そうパンなら食べた……半分だけだけど。
マトモな食事……多分、最後に食べたのは、二年前……だったか。
空腹になれてしまった彼は、それ以降、食事をする機会がなくなってしまい。今食事をしようとすると、逆に拒絶反応が起こってしまうほどに、
彼の肉体は『食事は不要なもの』だと無意識に認識してしまっていたのだ。
クリフ曰く、その肉体の拒絶反応、及び機能を停止してしまった内臓器官を復活させる為に、こんな強引な手段に出たらしい。
だが、それでも途中食事を拒んだりしたら、クリフはまさかの脅迫を彼にするのであった。
「……あの栄養促進剤の中に黒い生物が居たな?」
「っ!? あ、あの黒いうにょうにょ。や、やっぱり生物だったの!? ……おぇ」
「そんなあからさまに吐き気を催すな、あれは人体には無害な生物でな。あの生物の名は『解呪虫』と言う」
「…………………………は!?」
「その名の通り、体内からB~Cクラスの呪いを解呪してくれる魔道生物だ。解呪以外でなら、基本無害な代物だよ」
ま、まずい。やはりこの男、不滅の呪いを解く方法を知っていた!?。
「まぁまぁ、そう事を構えるな。安心しろ、今解呪したら、君は確かに死ぬ。だが、今そんなことは決してしない、これは保険だ。わかるね?」
……つまり、結局食事も、これから頼まれる事も、最初っから拒否権なんて、こちらには無かったのか。
……………やっぱりゴリフ・オシモンドだ。
~三十分後~
「さて、ようやく会談の本番に移れるな」
「ま、で…………やず…………まぜ……て、うっ」
拷問だ。解呪される危機もあれば、彼の腹が爆発寸前まで料理を押し込まれたのだ。
これを拷問以外になんと言う?
「……ふぅ、君の中に居る解呪虫は、オレの合図無しには起動したりせん。運良ければ、そのまま排泄物と一緒に体外に出ることだろう……君がおとなしくしていればの話だが」
「……グ、リフ、あ、んたの、頼みとば、なんだ………うぅ」
「……苦しそうだな。良ければ、消化促進剤もやろうか?」
「い、らな、い」
うぅ、その消化促進剤も、なんか黄緑色をしてて、なんかやだ。
「……ふぅ、では本題だ。オレと協力しろ少年。それだけだ」
「……か、カレ、ス、の、回収とか……は?」
「それも重要だが、今は変に動いてファール神父に気取られる訳にもいかんしな。そして、できれば普通に血戦の参加者として振る舞いつつ機会を待ち、他の参加者も仲間にしようと思う」
「…………! あ、まさか、昨日言ってた事って……」
そう、昨日ユディシュティラが言っていた事とは、
『明日の会談まで時間がありますね。では、明日までに五人の参加者を脱落させてみせましょう』
と、確かに昨日のセントラルパークで宣言していた。
「トマス……ユディシュティラの奴は本当に脱落させる気だったが、オレは違う。一人でも多く、協力者が必要だと思ったからだ」
だとしても、自分以外はほぼ全員敵なこの状況で仲間になるように勧めるなんて……無理があるのでは?
「……仲間に……出来た奴はいるのか?」
「二人だけ仲間になった」
「!?」
話によると、当然その二人とは戦闘になって、最終的には、クリフとユディシュティラが勝利し、そこから説得を試みたそうである。
そして、そこから(ほぼ強引に)交渉が成立したそうだが――
「……残りの三人はどうなったんだ?」
当然の疑問だろう。五人全員が仲間にならなかった所を見ると、結果は大体予想が付いてしまう。
「……殺した。やはり信用して貰えなくてな、それでも抵抗してきたから已む無しでやった」
「…………………そうか」
予想通り。予想通り過ぎて、彼は逆に何も感じなかった。そんな彼の反応を見て、クリフは少々驚いている様子であった。
「……てっきり、また非難されると思っていたが、随分と落ち着いてるな?」
「まぁ……向こうも覚悟があっての行動だったんだろうし……」
だとしても、やはり嫌になる。「たかが12人殺せればいい」「相手も覚悟があったんだ。気に病む必要なんてない」て、昔の自分なら想像出来ないくらいに、殺人を正当化している自分に嫌気が差す。
……いつから、自分はこんなにも、他者の命を軽く見れるようになったんだ?
と、彼はようやく、失われていた殺人に対する罪悪感が甦りつつあった。
それは、ユダとの出会いのお陰か、はたまた血戦の苛酷さによるものなのかさておき、
彼は確かに成長し、失われた人としての『心』を取り戻しつつあった。
だが、それが彼にとって幸と出るか、はたまた不幸と出るかは、残り四日間の彼の人生に課せられた試練なのやもしれない。
「…………分かった。協力するよ」
「……いいのか?」
「あぁ、どうせ、ここで断ったら俺を殺すんだろ? あの黒いうにょうにょを使って」
「……ふぅ、まぁいい。あれは別に脅しの道具として君に与えた訳ではないが……いいだろう」
と、クリフは、彼に一枚の小さな地図を手渡した。
そこには、ニューヨークから5km離れた無人島に大きな印が付けられている。
「……ここは?」
「オレ達の『拠点』だ。そこに先程の二人を待たせている」
「……つまり、この後ここに向かえと?」
「そうしたいのは山々だが、変に行動を起こしてファール神父に不審感を抱かせるわけにはいかん」
「じゃあ、暫くは別行動?」
「そうなるな。詳しい指示は、また明日連絡する。それまでは君達は君達の拠点で待機していてくれ」
……クリフの目的は、やはりカレスの回収、或いは正体を知ること。
そして、ファール神父から明確な悪意と真意が露見した所で、ニューヨークの外で待機している魔術組織『メルキオール』の組員が増援としてニューヨークに押し寄せてくる手筈らしい。
何の勝算もなしに手を出せば何が起こるか検討が付かない。
だから内部からの潜入捜査することとなった。充分な証拠と勝算がなければ、メルキオールの主力を送り込む事が出来ないそうな……。
ここまで来ると、本当にクリフは現役の警察官のように見えるな。
彼はクリフ達の目的を理解した。
が、それは一時的な共闘に過ぎない。
何故なら、彼が3年間旅をしていたのは、どんな願いも叶える奇跡を求めての事だ。
それは、あの人からの助言だ。
――この世界の何処かにはね。どんな願いも叶えてくれる奇跡が存在するだ。それはおとぎ話ではない、本物の奇跡だ。どうだね? 2年間だけ私と旅をしないかね?
――共にその奇跡を探そう。君なら必ず手にできる。そういう運命だからね。
何度も、何度も何度も、色んな伝承、逸話に登場する『願いを叶える奇跡』を求め、探してきたんだ。
その全てが徒労に終わってしまったが、だが、もし、あのカレスが、例え本物じゃなかったとしても、
――願いを叶えられる力があるなら。もう何でもいい。
どうせこれが、彼にとって最後の戦いだ。
仮に、最後までクリフと協力して、カレスを手にしたとしよう。
あのカレスの奇跡の力が本物だと確信したら。
彼はきっと、クリフ達とは最終的に対峙する事となるだろう。
それまでは協力関係でいよう。そう、今だけは……………?
「………………?」
なんだアレ?
彼が真っ先に思った事がそれだった。
クリフと彼を挟むテーブル、その側面から垂れるテーブルクロスの影、つまりテーブルの下から、やたら細いものが顔を出したのだ。
一瞬、クリフの足かと思ったが、違う、これは……腕だ!?
「なっ!?」
テーブルの下に誰か居る!?
予想外の出来事に直面した彼は、思わず椅子から立ち上がって後ずさってしまった。
クリフの腕でも彼の腕でもない。継ぎ接ぎだらけの、いかにも脆そうな腕、人の腕だが、人の腕に見えない異形にして異質な腕。
「? どうした?」
「く、クリフ! う、腕が………!」
「腕?」
クリフには見えてないのか!?
だとしたら、この腕は幻覚なのか?
と、思っていたら、テーブルの下から伸びる腕は、テーブルの上に乗っている2つのワイングラスを掴んで持ち上げたのだ。
――違う、こいつは、幻覚じゃない!?
パリンッ!!
「――――――ッ!!?」
「なんだ!? グラスが突然割れたぞ………あ、おい! どうした少年……………!? なんだこの腕はッ!?」
その腕がワイングラスをテーブルに叩き付けると、周囲に破片を飛び散らせながら、ガラスの割れる音が部屋全体に鳴り響く。
それと同時に、彼は急いで部屋から飛び出して、ユダとユディシュティラが居る部屋に向かって勢いよく駆け出してしまった。
あの腕が敵なのは判る。クリフをあの場に残すのは危険かもしれないが、きっとクリフなら上手く対処出来るだろう。クリフには、それほどの実力が有ることはちゃんと理解している。
いや、そもそも、こんな事を考えてる暇が無いくらいに、彼は大きく動揺してしまっていたのだ。
あれだけ激しい音、絶対にユダの居る部屋にも届いてる筈だ。
まずい。彼は焦っていた。あれは、もしもの時、そう、クリフが自分達と敵対する意思を示した場合のみに使うと決めた合図だ。
何故、あの腕がその事を知っていたのか知らないが、あの合図は、ユダとここに来る前に決めた作戦。クリフが現状敵ではないと判った今、使ってはいけない危険な作戦だ!!
――主よ。もしもの時は吾に合図を送れ、今宵、この場所であれば、確実に正義王を無抵抗のまま殺す事が出来る。吾にはそう言った奥の手があるのでな!
「ユダ、ユダァアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「…………さらばだ正義王。今宵の会談、誠に楽しかったぞ」
「………………………………………………………………………」




