第7章『王の語らい』
――あれは、我が弟『アルジュナ』が、パンチャーラ国王『ドルパダ』の娘である『ドラウパディー』との婚約を勝ち取った時ですね。
――ドルパダは、花婿選びとして、勝ち抜き型の弓の大会を開催し、我等兄弟全員がそれに参加しました。
――そして、アルジュナは見事、他の兄弟や参加者よりも優れた弓の才でもって、美しきドラウパディーとの婚約権を手にしたのです。
――我等兄弟は、アルジュナとドラウパディーの婚約を母『クンティー』に報告しようと、母が待つ家に赴いき、家の外から母にこの事を報せたのです。
「母上! 予(※)が何を手にして来たのか信じられない事でしょう! 当ててごらんくださいませ!」
※予とは、余と同じ一人称です。
――と、アルジュナは母に向けて叫びました。その時、母は仕事に忙しかった上に、我等兄弟は母に内緒でこの大会に参加していたのです。
――当然、母は大会の事も何も知らず。それが何なのか考える事はせず、何気ない言葉で我等兄弟にこう言ったのです。
「? そうですね。それが何であっても、均等に分け合い、その事で喧嘩してはなりませんよ?」
「! 分かりました!!」
――我等兄弟は全員、その言葉を真に受け、そしてアルジュナの寛容さも合わさり、花嫁ドラウパディーを我等五人で『分け合った』のです。
「さて、ドラウパディーは、我等全員の花嫁となりました。これにより、貴方達の長兄にして、正義神『ダルマ』の子であるこの私が、我々とドラウパディーの決まり事を定めます!」
――こうして、他の兄弟がドラウパディーと二人っきりの時は、他の兄弟は邪魔をしてはいけない決まりを設け、その決まりを破った者には12年間追放する罰を与える事を定めたのです。
「……ぷっ、ぬはははははははは!! なんじゃそりゃ!? 御主らどんだけ素直バカなんだ!? はははははは!!」
「ふふ……えぇ、今も覚えてますね。この事を知った時の母クンティーの驚きようと来ましたら……あれはあの場に居た全員で笑ってしまいましたね……ふふ」
「ははは! そ、その時の御主らの母君の顔を是非見てみたいものだな………くく、腹が……」
ユダと正義王ユディシュティラだけの個室にて、ユダがユディシュティラの身の上話を聞いて、腹を抱えて大笑いをしていた。
「いや~すまぬすまぬ。ちと笑いすぎた……ぷぷ」
「いえいえ、お気に召して頂けたのなら幸いです」
ここに来る前のユダは「正義王の王としての在り方を否定する」と、意気込んではいたが、意外と身の上話等の雑談でもって打ち解け合っていた。
「ふむ、一人の嫁を五人で分け合う、か。吾にも妻と愛人が沢山居たには居たが、まるで御主らとは正反対のように思えるのぅ……」
「なんと、勝利王には愛する者が大勢居たのですか? 英雄、色を好むと聞きますが……」
「うむ、御主らには想像つかぬだろうが、吾は生前『男として』 振る舞っておったのだ。女が王位につくなぞ。当時は誰が認めるだろうか……」
ユダの生前の苦い思い出を聞いたユディシュティラは、その性格からか、ユダに気を遣うのであった。
「なるほど、心中、お察しします……」
が、ユディシュティラの気遣いなぞ、徒労に思うくらいに、ユダは楽しそうに話を続けるのであった。
「でなでな! 周囲は吾の事を美青年だと完璧に思い込んでおったわけなのだ! そしたら同盟相手のフワーリズミーヤ(※)の長の娘に目を付けられてな――」
※中央アジア・ホラズム地方出身者のみで構成された軍。
――吾の美貌と武功に惚れ込んでしまったその娘に婚姻を迫られたのだ。
――さすがの吾も困ったものよ。同盟相手の娘とは言え、相手は吾の事を男と本気で思い込んでおったわけだからな。
――何度も何度も断った。しかし、執拗な申し出に参ってしまった吾は、その娘にこう言ったのだ。
「では、一夜だけ相手をしてやろう。そこで吾の真実を明かしてしんぜようぞ」
――そしてその夜、吾はその娘に、自分が同性だと言うことを明かしたのだ。これで諦めてくれる、娘には酷な事をしたと思っておる。
――そう思っておったのだが……。
「貴女が女だろうと男だろうと関係ありません! ワタクシは貴女様に惚れたのですッ!!」
――結局、吾の正体を知っても揺るがなかった娘の確固たる意思に負けてしまい。
――娘は吾の妻となり。娘との間に子を儲けたのだ。
「…………………………………おや? それはおかしいですね」
「何がおかしいのだ?」
「えーと……何故、子を儲けることが出来たのです? 同性同士だと言うのに……」
「さぁ? 出来たもんはしょうがない」
「………………もしかして、我々以上に変わってるのではありませんか?」
「うーん?」
――話を続けるぞ。信じられないと思うが、吾は10代の頃は奴隷だったのだ。
――その境遇もあってか、吾は市場の女奴隷が視界に入ると放って置けなくてな。
――よく色んな女奴隷達と親しくしたり、そやつらの面倒をみたりなどをしておったらな。
――また惚れられてな。
――その奴隷との間にも子が出来た。
「………………………………………………………………………???」
「それでな。妻と奴隷達との間に出来た子供は合計『12人』になってしもうた。だが吾の後を継げたのは当然妻との子だけであったのだ……」
「……」
「しっかし、吾は遺言として、妻との間に出来た息子にあることを伝えたのだが……」
「………………」
「吾の死後に後を継いで王になった息子は、吾の遺言に従った結果、即位から僅か二年の内に、重臣達によって廃位に追いやられてしまったのだ……」
その後、ユダの息子は、その一年後のヨルダン・カラクの地にて没したのだ。
享年21歳の短い生涯であったことを、死後の世界で、ユダは息子から直接聞いたのであった。
「勝利王よ」
と、ユダが身内の話で盛り上がる中、眉間にシワを寄せて、あることで理解が及ばず悩んでいたユディシュティラが口を開いた。
「どうした?」
「気に病んでる所で申し訳ないのですが、何をどうしたら女性同士で子供が出来るのです?」
「……………………………え? 口付けしたら出来るものではないのか?」
「………」
正義王は困っていた。全ての本質を見抜ける眼を持ってしても、目の前の勝利王は嘘を言っていなかったからだ。
ここで正義王はある仮説を立てた。
――たぶん、その子供達は勝利王の子ではないのでは?
だが、本人がその気になっている以上。これ以上口を挟む必要はないと、正義王は判断した。
……そもそも理解できない事案だ。
「……さて、雑談はここまでにして、そろそろ語り合いましょう。王道会談を」
ついに来てしまった。別々の王道を歩んできた、二人の王の語らいが。
一人盛り上がっていたユダも、真剣で鋭い眼差しで持って、かの正義王に対峙するのであった。
「では、まず吾からだ。……王とは自由である!」
いきなり、何の前触れもなく。ユダは王=自由の象徴だと豪語した。
「自由?」
「然り、正義王。汝は正法でもって正しき国を造った。それもありだと吾は思っておる」
「……では、何故昨日はお気に召さなかったのです?」
「まぁ待て、そう事を焦るな。まずは、我が魂に刻まれし王道をだな――」
と、ここでユダはユディシュティラの表情を確認した。
なんとも涼しく、穏やか表情。その表情は聖人故なのか。ユディシュティラからは、何の怒りも不満も感じない。
自分の王としての在り方。王としての生前の行いを、異国の王がお気に召さなかったり、否定されたら、普通は異を唱え、憤慨し、即座に他国に侵略、攻撃するものであろう。
過去の王や君主なんぞ、殆どがそんな感じだ。
中には、それとは別に、他国との戦争、略奪が好きな王も居たことだろう。
欲に駆られた王ほど、民や隣国を苦しめる『害悪』に他ならない。
それは今の時代も、変わらず平和の外で繰り返されている醜き争い。
それが普通だ。
だが、ユディシュティラにはそれがない。自分を否定されても、決して異は唱えず、憤ることもない。
唯々真剣に、自分の何処が至らなかったのかを、真面目に模索している。
決して、過去の王のように、暴力に訴えようとはしない。我欲に訴えようとはしない。
その為の会談であろう。
自分の王としての在り方の間違いを、他国と比較し、見付け、修正する。
そこに一切の感情も挟まずに。
とても聖人らしい『正しさ』だ。
とても聖人らしい『素直さ』だ。
――それが、この男の欠点なのだな。
――正しすぎるのも、こやつの勤勉さも、吾はどれを取っても、こやつの人柄は、全て称賛に値する。
――それでも、やはり間違ってる。
――こやつは、
――『正法の奴隷』だ。
「では、自由なる王とは何たるかを、貴殿に教えてしんぜよう」
「はい、よろしくお願いします勝利王よ」




