第6章『実験結果』
――カレスではない。全くの別物だからだ。
と、クリフ・デズモンドは言った。
――じゃあ、俺が、俺達が見た、あのカレスはなんだ?
――ファール神父が教会に飾っていた。あの年代物を感じさせる。所々錆付いていた。アレは一体……。
「……証拠は?」
「……」
「その結論に至った理由はなんだ?」
「……すぐに信じてくれるとは思っておらん。これを見ろ」
と、クリフは一つの封筒を取りだし、それを彼に手渡した。
「…………?」
彼はそれを受け取って、その封筒の中にある資料の束を抜き出すと――
「こ、これは……!?」
そこには、魔術組織『メルキオール』による聖遺物に関する実験、実証の結果が記されたレポート。
全部で三つの聖遺物の実験結果がある。
【ギャラルホルン】
【スットゥングの蜜酒】
【ダーインスレイヴ】
どれも北欧神話に登場する物だ。
しかも、これらの入手経路まで記されている。
遺跡による発掘。或いは、すでに誰かが所持していたものを、多額の金を払って購入したりと、全てが事細かに記されている。
……そして、この三つの聖遺物の実験とは、本当に伝承通りの力が備わっているのか? であった。
特に、『スットゥングの蜜酒』以外の二つは、 発掘当初は状態がかなり悪く、完全復元には100年の歳月を要したとか。
「その三つ以外にも伝説の剣とか槍とかあるにはあるが、やはり完全復元にまで至れたのは、その三つだけであった」
……現代人が編み出した物ではない、太古の、しかも神話の神とかが作った物を、クリフら『メルキオール』は復元出来たというのか?
神話の時代に比べて、神秘が薄れに薄れ、大地からの魔力も枯渇した現代で、この三つを完全復元出来たと、
それだけでも、メルキオールの技術力は半端ではない。
「……そこに書いてある実験結果の被験者は、全てオレ達のボス『ミルヴィナ・N・メルキオール』が、自ら志願して、立証してくれた」
「ッ!? トップが自ら!?」
「あぁ、あの人は、自分で見て、体験した事しか信じてくれない偏屈な人だったのと、自分の部下を危険に晒したくないと言う。トップとしての責任から、あの人は志願したんだ」
「で、でも待ってくれ。それだと、そのボスは――」
そう、この三つの中で一番危険なのは、『魔剣ダーインスレイヴ』。
一度鞘から抜いてしまうと、対象の生き血を浴びて、対象の血を完全に吸うまで鞘には戻らず、抜いたら最後、必ず誰かを死に追いやらねばならない魔剣。
その一閃は、決して誤ることはなく、所有者が狙った的を的確に仕止める必中の剣。
ダーインスレイヴとは、『ダーインの遺産』と言う意味で、ダーインとは、ドウェルグ(ドワーフ)の一人である。
「……ッ!? なんだよ……この実験結果……」
そこに記されている実権結果を見て、彼は言葉を失ってしまった――
――この剣を抜いた被験者『ミルヴィナ・N・メルキオール』は、その剣が伝承通りか試す為に、
その剣を自身の喉に突き立てた。
と、そこには記されていた。
「………………………死んだ……のか……?」
「………………あの人は剣の対象を自らに定め、それで適当に何もない所で剣を振ったら、彼女の読み通り、彼女が狙いを定めた自身の喉に、魔剣が自ら命中し、魔剣は彼女の生き血を一滴も逃さずに絞り取ったよ」
「ッ!?」
狂ってる。なんで、こんな事を……。
「だが、彼女の貢献のお陰で、三つ全ての聖遺物が伝承通りの力がある事が証明された訳だ」
「……お、お前達は…………!」
「ん?」
「自分達のボスが犠牲になったんだぞッ!? こんな下らない実験の為に!!」
「下らない……だと……?」
「あぁそうだよ! 伝承通りか試すかだけで人が犠牲になるなんて、下らないにも程がある!! 他に方法は無かったのか!?」
「……よく言うな。たかが12人殺せればいいと言って、この血戦に参加した君から、まさかそんな言葉が出るなんてな。くく、ははははははははははは!! なんと滑稽なことかッ!!」
「…………ッ!!」
彼は思わず、感情的になってクリフの胸ぐらを掴んでしまった。
いや、そもそも、何故、クリフは彼の、ファール神父の前でしか話していない事を知っているんだ……!?
「……居たのか。あの時……ッ!!」
あの時とは、一昨日、血戦の前日。ユダを現代に召還する前、教会にてファール神父に語った自身の血戦に対する心情を、
あの場には彼とファール神父しか居ないと思っていたが、あの場にはクリフ本人も居たんだ!!
「……あぁ、居たとも。何せ君は、ずっと前から我々が目を付けていたからな」
「くっ! 何故だ、俺が中東に居た時から俺を知っていた言っていたな。何故だ!? 俺は魔術師ではない!! お前達に目を付けられる覚え……は………………………!?」
――あった。『不滅の呪い』だ。だが、それだけの筈がない……ッ!? ま……さか……。
「……その様子だと気付いたようだな。そうだよ、正確に言ってしまうと、君に用があるのではない。君に、その呪いを与えた魔術師。ソイツの手掛かりが君だっただけだ」
「な……ま、まさか……あの人が……魔術犯罪者……?」
あの人、彼に不滅の呪いを与えた名も知らぬ魔術師……あの人が……魔術犯罪者?
「信じられないと思うが、奴は、魔術界においても大変な危険人物だ。その魔術の腕に限らず、その思想そのものが、完全にテロリストのそれだ」
「嘘だッ!!」
――そんなことはない。だって、あの人は、愛する人を失って、絶望していた俺に声を掛けてくれた上に、生きる力を、希望を、道を与えてくれた。
――俺の恩師だ。
「………………………………………………………………」
彼は、掴んでいたクリフの胸ぐらを離して、力が抜けたように、椅子に戻って、ぐったりと項垂れてしまった。
「……君が奴にどんな事を吹き込まれたかは知らん。それに、今は奴の事はどうでもいい」
「……どうでもいいわけが」
「――あるな。本題から大きく外れてしまったが、先の実験結果を踏まえて結論を述べよう。過去の聖遺物は、全て伝承通りの効力を有している事に、まず間違いない」
―― 一部の誤差はあるにせよ。全てがミルヴィナの仮説通りとなった。
――だからこそ言える。世界中に点在する聖遺物は、全てが伝承通りの力を持っている事には間違いない。
――あのカレスだってその筈だ。当時のワインの稀少性。人々の救済を目的としたキリストにとって、ワインは己の血に見立てる程に、ワインにはキリストの強い願いが込められている。
――その願いは今もなお、ワインと言う概念に強く浸透している。
――そして、カレスとは、そのワインに込められたキリストの願いを呼び起こす為の『起動装置』の筈だ。
――だから、そこら辺のワインで代用できるはずなんだ。伝承通りと、オレ達のボスの仮説通りならな。
「あの人は魔術界の『三大賢者』に数えらる程の実力の持ち主だ。その人が我が身を犠牲にしてまで提唱した理論。凡人のオレ達にそれを否定する資格なぞない」
「……じゃあ、ファール神父のカレス、アレは何なんだ?」
「皆目検討が付かん。直接回収して、うちの技術班と合同による大掛かりな研究、調査が必要なのは確かだ」
――ここでようやく、此度の会談の本番に移れる。
――ここまでの説明は、全てが本番に移る前の準備段階のようなものだ。
――なんせ、今から話すことは、これらを踏まえる必要があったからだ。
「……さて、本番に移る前に何か頼むか? ここはレストランだ。少しの休憩と食事は必要だろう」
「……俺は何も」
「いいから休め。そして食え。魔術師としてではなく、医者としてのオレが見た君の健康状態は、あまりにも酷すぎる。オレの目が届く間は、しっかり肉を付けて貰う。いいな?」
「………………」
どうせ残り四日の命。食事自体必要ないのだが――
しかし、クリフはテーブルにあるメニュー表を取って、料理を選び始めた。
「ふむ、何を頼めばいいか分からないなら、オレが代わりに頼んでやろう」
クリフは彼の健康面を考慮した料理選びを率先して行ってくれている。
少し申し訳ない気がする。
こんな死に体の彼の事を、本気で案じているからだ。医者としての性分からだろうか?
それでも、まだ信用出来ない、その本番の話しを聞いた後でもいい。
――あの人が何者なのか。クリフ達はあの人の事を何処まで知っているのか。
それを問いただしてみようと思った。




