第4章『冷酷必中の射手』
「…………」
「…………(ちゅー)」
ニューヨークのとあるビルの屋上。そこに二人の人物が居た。
一人はメキシコ風の派手な格好をした陽気そうな黒人青年。
もう一人は、防寒具のような服を着た、特に特徴がない地味な男。
その防寒具の男が、うつ伏せの状態からニューヨークの風景を眺める中、その後ろで、黒人の青年は、仰向けになって、マッ◯のダブ○チー○バーガーのセットのジュースを飲みながら、
ニューヨークの曇り空を眺めていた。
「…………(ちゅー)」
「…………」
「…………(もぐもぐ)」
「…………」
「…………(ポリポリ)」
「…………」
「…………(ちゅー)」
「…………来た」
「ヨッシャァ!!」
防寒具の男の合図に跳ね起きた青年は、男の隣でうつ伏せになり、双眼鏡を取り出して遠くの景色を確認する。
「オッホォア! 昨日セントラルパークに居た『ガリガリボーイ』と『褐色ガール』じゃねぇかYO!!」
双眼鏡の先には、二人が居る場所から3km離れた先のビルとビルの間から見える空き地に『イスカリオテのユダ』と彼がベンチに座っているのが見える。
「……どうするマスター? この距離からでも、あの二人を射殺できるが?」
「ノンノン、昨日のガリガリボーイのタフネスを見て分かった。ありゃ『ゼロータイ』の兄貴でも無理無理なStubbornさYO」
「……では、女の方を消すか?」
「うーん……お! ちょい待ち!」
と、今度は、黒髪の女の子が現れ、巨大な黒い化け物を出して、ユダと彼に襲い掛かっている。
そして、その化け物が、こちらからでも聞こえる程の咆哮を上げた後に、その化け物とユダが交戦し始めた。
「おーいおい! なんだあのデカブツ!? あんなのまで出てきてんのか!?」
「……僕も想定外だ。先程の咆哮もアイツの仕業だろう」
「HUHAHAHA!! あんなのゲームでしか見たことねーYO! お! 見ろよ兄貴、アイツ炎を吐いたぞ!」
「……マスター。イスカリオテのユダよりも先にあの怪物を仕止めよう。今後の脅威になりかねん」
「だな。んじゃ、兄貴頼むわ!」
「……………………………………………」
「……ヘイヘーイ。どうした?」
「……マスター。いい加減僕を『兄貴』と呼ぶのは止めろ。僕達英雄は、所詮唯の『兵器』だ。君の言う兄貴とは、相手を敬う言葉だろ? だったら――」
「……いーの。meがそう言いたいだけなんだ。それにmeは、アンタの事、兵器としてではなく、『一人の人間』として見てんだぜ? HAHA!」
「…………必要ない」
「……くく、本当に頑固な人だな~。じゃあ、主として命令してやんよ。『ゼロータイのシモン』、あの化け物の頭を撃ち抜け!」
「……了解。マスターの命令を承認した」
『ギャ……ガ……!?』
な、何が起きた?
遠くから小さな何かが飛んできて、それが数発。バルトロマイの頭部を寸分の狂いもなく撃ち抜いている。
「っ!! 隠れろ主! 狙撃手じゃ!!」
「!?」
ユダの呼び掛けに応じて、彼とユダは急いでビルの影に隠れる。
飛んで来た物。それが、バルトロマイの頭部を貫通して、地面に転がっているのを見て、彼はすぐに理解する。
――銃弾。
しかも、狙撃銃の弾。貫通性の高い7.62x51mmNATO弾が転がっている。
彼は、ビルの影から狙撃してきた方向を覗き、狙撃手を目視で捜索するが……
――居ない?
有り得ない。狙撃銃には、遠くを見る為のスコープが装備されている筈、陽光、あるいはビルのガラスからの反射光に反射してスコープレンズが光る筈。
それが狙撃手の探し方なのだが……見当たらない。
いや、そもそも、狙撃銃の狙撃範囲は800mの筈、その範囲からこちらを監視できるような高台には、誰も居ない。
……一体、何処から狙撃を……!?
「うっ――――!?」
「主!?」
目、目を狙撃された。ビルの壁から僅かにしか出していなかった右目を、正確に撃ち抜かれた!?
「だ、大丈夫だ……」
不滅の呪いのお陰で右目を失うことはなかったが、暫く右目を開けることは出来ない程の衝撃。
やはり敵だ。自分達を助けたんじゃない。これは、他の参加者からの攻撃だ。
銃を使う英雄か? だとしても、ここまで完璧に姿を隠して狙撃できるなんて、かなりの強敵だ。
しかも、銃声が全く聞こえない。消音器具でも付けているのか?
「バ、バルト、大丈夫?」
『……ダイ……ジョウブ……ダ……』
あれだけ頭を撃たれたのに、まだ平気でいられるのか!?
だが、やはりダメージはあるようだ。バルトロマイは、女の子を守るようにしながら、ダメージから回復しようと息を整えてる。
目の前のバルトロマイも厄介だが、正体不明の狙撃手も厄介だ。
銃でも死なない怪物と姿が見えない狙撃手。
絶体絶命だ。ビルの影から出たら、確実に狙撃される。自分は平気でも、ユダが狙撃される危険性がある。
「……主よ。好機だ、ここは一旦引くぞ」
「ひ、引くってどうやって? ここから動いたら、ユダが……」
「このまま隠れてても、あのバルトロマイが復活して再び襲ってくるのが目に見えておる。それに、こんな狭い場所では、吾の全力は出せん。ここはなんとしても逃げるぞ!」
逃げる。彼女らしからぬ言葉に思えたが、だがそれは、惨めで情けなく逃げるのではない。
今回得られたこの経験、この情報を次に活かして、確実に勝利する為に逃げるんだ。
――だから俺は、今回の逃走を悲観したりはしないッ!!
「……ユダ。俺が盾になって君を狙撃手から守る……行くぞッ!!」
「任せたぞ!!」
そして、彼はユダを庇いながら、急いでその場から離脱するのであった。
「あ、バルト! お兄ちゃんとお姉ちゃんが逃げちゃう……わっ!?」
『……シュジン……コノママデハ……キデンガ……アブナイ…… ワレラモ……ヒクゾ……!』
バルトロマイは、その大きな口で女の子を優しくくわえてから、急いでその場から逃げるように立ち去るのであった。
「……ダメだったかー」
「……すまないマスター。やはり僕は人間しか殺せないようだ」
「いや、いーよ。それよりここから逃げるべ。もし近くに他の参加者が居たら超ヤベーからさ」
「……同感だ。ここは撤退するとしよう」
黒人の青年と防寒具の男は、身を隠すように匍匐前進しながら、ビルの屋上の入り口を目指していると、その屋上の入り口のドアが内側から何者かに開けられてしまった。
「ッ!?」
「おや、ここに居ましたか。我が千里眼を持ってしても捜索に手間が掛かってしまうとは、恐れ入りましたね」
そこに現れたのは、インドの僧侶が着るような服、あちこち散らばめた派手な装飾品の褐色肌の青年であった。
「……マスター」
「OH! meも分かってる。この兄ちゃん……ヤベーーーーーー!!」
二人は見ただけで判ってしまった。目の前のインド風の男は、自分達よりも遥かに強いと、
「えぇ、貴方のような狙撃手をこんなに早く見付けられて良かったです。貴方は大変厄介な御方とお見受けしました……お覚悟を」
「はぁ……はぁ……」
「……」
「も、もう大丈夫か?」
彼は走った。ユダを庇いながら、出来るだけ遠くまで逃げた後に、近くの路地裏に隠れるのであった。
「はぁ……はぁ……ここまで来れば……大丈夫か?」
「……なぁ、主よ」
「え?」
「……お、降ろしてくれ、さすがの吾でも恥ずかしい……」
「あ」
彼は逃げる事に必死になっていたせいで気付かなかったが、いつの間にかユダの胴に両腕を回して、猫のように抱き抱える形で必死に逃走していたのだ。
「ご、ごめん」
「ん、……わ、吾を抱いても、か、構わぬが……出来れば人目の付かない所で……頼む……」
あれ? 意外な事にユダの顔が赤くなってる。
「……えい」
「ふにゃ!?」
気になってしまったので、ユダの柔らかそうな頬に触れてみた。やはり触り心地がいいほっぺだ、
「な、なななななな……ッ!?」
また顔が赤くなってる。
「…………………ユダって、こっちから触られるのが苦手だったりする?」
「そ、そんな事ははははは、な、ないぞよよ!!」
ぞよよ?
「て、こんな時に何やっとるか汝はー! ……ひゃぁ!?」
あ、今の声は可愛かったかも。
「や、やめーい! お、御主、そんなに積極的だったか!?」
「あ、ごめん。触っただけでこの反応だと、つい面白くて」
「吾は玩具ではなーい!」
……このほのぼのとした空気。さっきまでのピンチが嘘のようだ。
「くぅーん」
ん?
「……………………す、すまない。君の事忘れてた」
「わふん!?」
自分達の緊張が解れた頃、あのクリフの使い魔である白い犬が姿を現した。
そう言えば、あの時、バルトロマイに襲撃された時は、何処に居たんだ?
戦闘中は姿が見えなかったから、すっかり忘れてしまってた。
「ま、まぁでも、君も無事でよか――」
「がぶり!」
手を噛まれてしまった。やっぱり忘れてた事を根に持ってるのか?
「……か、帰りにジャーキー買ってあげるから」
「わんわん!」
単純で良かった。あっさり許してくれた。
「ま、まったく、わ、吾への戯れは置いといて、昨日のアレの続きをしに行くぞ」
ユダが鎧姿から、私服姿に戻ってから歩み始めた。
……またアレか。何故、自分達が夜までホテルに待機せず、態々危険を省みず外に出たのか。
その理由は、昨日の続きをする為である。
冷静に考えてほしい。一日で5000$を食費と服だけで無くなると思うだろうか?
まず有り得ない。彼とユダは、富裕層のお金持ちではないので、いくらお金があっても、富裕層のような使い方は出来ないし、その思考はない。
それだけの資金を費やしてまで、やらなければならない続きとは、なんの続きか、それは後で分かる事らしいが、ユダが言うには、戦況を有利にする為の布石だと言っているが……。
それでも、俺から見た見解を述べると、
――これが何の役に立つのか全然理解できない。
と、今の彼は思っているが、このユダの行動が後に、自分達の戦況を大いに揺るがす事となるのであった。
それに気付いた時、彼はようやく『イスカリオテのユダ』の真名を知ることとなる。
――王道会談まで、
後、七時間。




