第2章『終焉からの報せ』
「よし、まずは話し合おう」
と、彼は話を切り出した。
ちなみに、ユダに無理矢理『クリフ・デズモンド』から貰った気持ち悪い緑色の液体を一滴だけ飲まされました。
見た目は悪いけど、何故か甘かったです。
でも食感……食感が……それに、黒いうにょうにょが……おぇ。
「ふむ、今後の事であったな。まず何を話す?」
「そうだなぁ……まずは昨日の振り返りでもしよう」
まず自分達の最初の相手『マトフェイのマタイ』こと『ルイ=ニコラ・ダヴー』。
初戦からかなり強敵であった。怪物じみた気迫や刃物すら通さない鋼鉄の腹筋とか、色々反則じみた相手だった。
「……と、言うかさ。あの激戦の最中で、昨日買った物が全て無事だったのには驚いた」
そう、昨日5000$費やして買った大量の食料、服、アクセサリーは、全てが傷一つなく、今ちゃんと全てが手元にあるのであった。
『早伝たる名馬』、ユダが馬を召喚したあれ、実は召喚できるのは一頭だけではなかったらしい。
つまり、もう一頭別の馬を召喚して、その馬に荷物を全て預けて避難させていたそうだ。
あんな状況で抜かりないな。
「ユダ、あの馬って、最大で何体出せるの?」
「知らぬ。吾も数えたこともないしな。吾が出したのは最速の『伝達馬』。『戦場馬』も含めると……まぁ精々一国分は出せるかの?」
……と、取り合えず凄い数の馬を出せるのは分かった。でも、そんなに沢山いても使い道が思い浮かばないなぁ。
話は戻すが、ユダの『刺し示す勝利王の輝き(マリク・アッザーヒル)』という馬上から放たれし複合弓の矢が、あの鋼鉄の元帥の腹筋を貫通し、背後の湖が蒸発して……ん?
「ちょっと待って、冷静に考えたら、矢が湖を蒸発させるっておかしくない?」
「……? そうか? 普通であろう?」
普通なの!? あ、でもユダって、馬を沢山出せるし、ちょっとぐらいファンタジーな事が出来ても問題ない……かな?
「それを言ってしまうと、あの正義王と『バルヨナのシモン』はどうなんだ? あやつらの方が数倍おかしいであろう? 特に正義王」
まぁ、確かに、正義王に至っては目が光るわ、相手の個人情報抜き取るわ、空を飛ぶわ、聖槍の一撃を消し去るわ。
うん、あれこそ反則過ぎる。あれこそファンタジー。あれこそインドの神秘(?)
「あ、ユダがユディシュティラの事で気に入らなかったのは相手の個人情報を抜き取るから?」
「ん? いや、アレは関係ない。恐らくだが、あやつはアレ無しでも王として清く正しい政策を作ることができるであろう。それほどの手腕はちゃんとある」
「……じゃあ、空を飛んだこと?」
「そ、それは……!? えぇい! アレも違う! そもそも吾が気に入らないのは、あやつの羨ましい神の力ではなくてだな……」
やっぱ羨ましいんだ。
「……せ、正義王の事はもうよい、あやつとは、今宵話を付けねばならぬしな」
まぁ、ユダが正義王の何処が気に入らないかは、部外者の自分には関係ないのであろう。
続いて『バルヨナのシモン』。
さすがは騎士王『アーサー・ペンドラゴン』に認められし円卓の騎士の一人。
その卓越した剣技は神業と呼ぶに相応しいぐらいに洗礼されていた。
そして、何より目を引いたのは『聖槍』。
聖槍の伝説は世界各地に点在するが、その中でも有名なのが磔刑に処された『イエス・キリスト』の死を確認する時に使われた『ロンギヌス』が有名か。
ロンギヌスは、この時までは唯の槍に過ぎなかったが、キリストの脇腹から流れる血が槍を伝って、キリストを突いたローマ兵の白内障を治した話があるな。
それ以降、そのローマ兵の名にちなんで『聖槍ロンギヌス』と呼ばれるようになったんだ。
「ふむ、キリストの聖槍は吾も知っておる。でもアーサー王の聖槍とは違うのであろう?」
「いや、諸説あるけど、キリストのロンギヌスと、アーサー王伝説に出てくる聖槍『ロンゴミアント』は両者とも同一のものらしいんだ」
ま、俗説だけど。
「はぁ? それはおかしいぞ。だとしたらなんでアーサー王の聖槍は、あんな破壊兵器になっておるのだ?」
「さぁ?」
そこなんだよなぁ。伝説によれば、アーサー王の聖槍は一突きで500人を吹き飛ばしたとかなんとか。本当に凄い兵器だ。
後は、その穂先で傷を付けられると、その傷は聖杯の奇跡以外では治らないとか。
「……やはりキリストの聖槍とアーサー王の聖槍は別物であろう。吾から見たら、あんなもの聖槍とは呼びたくないのぉ」
確かに、昨日見たアレは、聖槍と呼ぶには相応しくないくらい。禍々しい姿をしていた。
穂先から全体に広がる血のような模様。
やっぱりアレは、聖槍の名を冠しているが、キリストの聖槍とは全く別の兵器かもしれない。
いや、そもそもアーサー王の聖槍と姿形が大分ズレているような……。
「ま、あの聖槍の謎は置いとくとして、これでバルヨナのシモンの真名は明らかではないか?」
「え? なんで?」
「またまたぁ、あのような御大層な兵器を使う円卓の騎士なんぞ、汝なら一発で分かるのではないか?」
「……」
「おい、主よ。急に黙ってどうした?」
「いないよ」
「ん?」
「聖槍を使う円卓の騎士なんて、アーサー王以外誰もいないよ?」
「…………………………………………は?」
そう、居ないんだ。あの槍を使ったのはアーサー王だけで、円卓の騎士が使った話なんて聞いたこともない。
だとしたら、あのシモンは何者なんだ? 聖槍の所有者はアーサー王のはず、それが円卓の誰かに渡ったなんて、聞いたこともないぞ?
「……で、では、あやつは何なのだ?」
「……分からない。槍が得意な円卓の騎士も聞いたことは……あ、そう言えば一人いた」
「誰ぞ?」
「槍、と言うより『投げ槍』が得意な円卓の騎士が一人いた」
「ほうほう、それは誰ぞ?」
「それは――」
コン、コン、と俺がその騎士の名を言おうとしたら、ホテルのドアから誰かがノックしてきた。
「……気にするでない。して、その騎士の名は――」
コン、コン。
「邪魔するでなぁぁぁぁぁい!!」
「ユ、ユダ!?」
ユダが感情的にドアに向かって飛び出して行った。
きっとホテルのボーイかもしれない。ボーイだって仕事の一環で訊ねて来たんだろうし、そこは大目に見てあげて。
「誰ぞ!! 今良いところなのだ! 用があるなら後に………………」
「ユダ?」
ドアを開けたユダがドアを開けたまま固まっている。
「どうしたの?」
「……なぁ主よ」
「ん?」
「……ホテルとは、犬を連れ込んでも良かったのか?」
「犬?」
犬とは何の事か知らないが、一応、ユダの隣まで来て、ノックをしていた人物を確認しようとすると……。
「……犬だ」
「犬だな。真っ白なモフモフだな」
「きゃう~ん……」
ホテルの廊下で、一匹の白い薄汚れた大型犬が気絶していた。
……なんだこの犬?
「む、主よ。この犬、何かくわえておるぞ?」
「あ、本当だ」
その白い犬は、口に手紙のような物をくわえていた。
それを彼は拾って確認すると――
「……! クリフ・デズモンドからだ」
そこには、クリフ・デズモンドからの招待状が記されていた。
――明日の会談の場所が決まりしだい、使い魔を出して連絡する。
クリフは昨日そう言っていた。
つまり、この犬はクリフの使い魔か……。
「くぅ~ん」
……凄い間抜けな顔で気絶してる。
「これ、どう考えてもユダがドアを乱暴に開けた力で吹き飛ばされたんじゃないの?」
「う、うむ、吾もつい気が立ってしまっていた。起きたら謝ってやろう」
現地時間午後2時。
彼とユダは、クリフの使い魔である白い犬を連れて街に出る事とした。
今日は晴れているが、何とも一雨来そうな怪しい曇り空だ。
「ほれほれ忠犬よ。干し肉だ、欲しいか?」
「わん!」
自分達は今、都市部のビルに囲まれた小さな空き地のベンチに座っていた。
広さはバスケットコート程、ニューヨークには、このような空き地が意外と多いと聞く。
ビル建設時に出来た空き地。
誰のものでもない小さな土地。そこで、自分達以外にニューヨークの子供達が目の前で楽しくサッカーをしている。
「よし、待つがよい!」
「わん!」
「よぉし、そのまま待てよ……そのまま……ぱくっ」
「わぅん!?」
クリフの犬にビーフジャーキーを上げるふりをして、ユダは犬の目の前でジャーキーを食べてしまった。
可哀想な事をするなぁ。
「……ぬはははは! 嘘じゃ嘘じゃ! ほれ、御主の分もちゃんとあるわ!」
「! わんわん!」
本当に、ユダはからかうのが好きだな。
「それで主よ。あの男からの文通にはなんと?」
「……あぁ、今夜の22時に『ステラ』と言う高層レストランのシークレットルームに来てくれ、だそうだ」
「……高層、と言う事は、ビルの中か、不味いのう」
「どういうこと?」
「……主よ。吾はもしかしたら今夜、正義王と戦うやもしれぬ」
「え!?」
「そう驚くな。いずれはこうなっていた事であろう。今回はその時期が早まっただけよ」
……まさか、ユダはユディシュティラの『王として気に入らない部分』を指摘して、それを否定すると言うのか?
今夜。
それに対して機嫌を損ねたユディシュティラと戦うかもしれないと? ユダはそう言っているのか?
「……勝てる……のか?」
正直不安すぎる。
昨日のユディシュティラの力を見た後だと尚更だ。
相手の情報を見抜く目、空中浮遊からの相手の攻撃を無力化する謎の光。
その上、武人としての腕もかなり高い。
更には、場所が地上から離れた高層ビルのレストラン。逃げ場も無ければ、ユダの馬を召喚することも難しい。
「……不安か? で、あろうな。ダヴーに手こずった吾が、あの半神に勝てる見込みは薄いやもしれぬ……それでも敢えて言おう!!」
と、ユダはベンチから立ち上がって、ベンチの上に立つと、腕を組んで堂々と主に宣言した。
「吾は負けぬ! 傲慢過ぎると思うであろうが、それでも吾はあの半神に勝てる自信はある! だから汝は何も気に病むな!」
また根拠のない自信か。それでも、何故か彼女が言うと嘘に思えないから不思議だ。
「……はは、どうせ今回も、ギリギリで勝てるんだろうな」
「うむうむ! その通りであるぞ!」
そこは否定しないんだ。
ほんと、勝利の王様は傲慢な事この上ないですな。
「でもユダ、主として言わせて貰うと、今は戦闘は出来るだけ避けてくれ。ユディシュティラもクリフも、今は俺達と敵対関係にないようだし。暫くはこの状態、この関係を維持したい」
そう、相手の本意を知って、そこからある程度情報を集めて整理してから、あの二人と対決するとしよう。
今はまだ、戦う時ではない。
「むぅ、そうかぁ……主の命令では仕方ないの。出来るだけ善処する」
ユダは彼の言うことに応じてくれたが、折角格好つけたのに、それを遮られた感じがして、少しご機嫌斜めになってベンチに腰を下ろしてしまった。
「わぅ~ん」
「……腹いせに汝の腹をモフモフさせるがよいわ!」
「わふん」
ユダが犬と戯れている。やはりクリフは謎だらけな魔術師だ。このような無害そうな犬を使い魔にしていたり、訳がわからない術を使ったり、
それに……ファール神父にバレたくない頼み事ってなんだ?
一体、何を俺に手伝わせる気だ?
「あ、そこのお兄ちゃん、それ拾って~」
「ん?」
サッカーしていた子供のうちの一人がこちらに声を掛けてる。
それって……あぁ、サッカーボールか。
遊んでたらこっちに転がってきたんだな。
「て、あれ? そこの君、お友達はどうしたの?」
さっきまで四人でサッカーをしていたのに、いつの間にか一人の小さな黒髪の女の子だけが残されて、他の子供達の姿が見当たらなくなっている。
「うん! お友達はみんな帰っちゃったの。だから一人で遊んでたの!」
「あ、そうなんだ……今ボールを蹴るね」
サッカーか、中東にいた頃は、現地の子供達とよく遊んでたっけな。
彼が女の子にボールを蹴って送ろうとした、その時であった。
あれ? 何かおかしいぞ。と、彼はある違和感に気付いたのだ。
なんと言うか、今は曇り空だから、日の光でできる影は薄い筈なのに、女の子の影は一際濃く、その上その影が、
女の子の体積以上に大きいような……。
「ッ!? 主ッ!!」
「え? うわ!?」
急にユダが叫びながら、彼を抱き抱え、そのまま彼を何かから守るかのように、真横に大きく身を投げ出し、体で地面に着地してしまった。
なんでユダがこんな行動に出たのか、彼はすぐに理解した。
「――――ッ!!?」
黒い、黒い巨大な何かが、女の子の影から飛び出して、自分達がさっきまで座っていたベンチを呑み込んでしまったのだ。
「な、なんだ!?」
「『あーあ、外レ……チャ……タ……』」
今、女の子の声が――!?
「あ、あぁ、あ……!?」
その姿。女の子から現れしその黒い巨大な口。人間ではないその姿を見た瞬間、彼は恐怖した。かつてないほどの恐怖を感じた。
いや、その見た目だけじゃない。今までに感じたことのない 、この言葉で言い表せない『黒い感情』はなんだ?
アレは、アレは、対峙してはいけない。
出会ってはいけない『真性の邪悪』だと。彼は本能的に理解してしまった。
いや、理解させられたのだ。
それほどまでに、暴力的で明確すぎる悪が、目の前に君臨している。
「さぁ、『バルトロマイ』。また悪い人を見付けたよ?」
『ククク……ソウダナ……アジケノ……ナサソウ……ナ……ニンゲンダガ……セッカクダ……クッテヤロウ……』
――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!
その咆哮は、人生の終わりを告げる『終焉からの報せ』であった。




