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カレス~ニューヨーク聖爵血戦~  作者: 心之助
一日目「群雄割拠」
16/25

第九章『彼の決意』

「おぉー! これがベッドかー! 実にふかふかではないかー! うはー!」


 ユダがホテルのベッドに埋もれて足をばたつかせている。


「……ユダ」


「ん?」


「汚れてるんだから、先に体を洗った方がいいよ?」


「おぉ! 済まぬ済まぬ! 吾としたことがはしゃぎ過ぎたか! ぬはははは!」


 そう、俺達はあの激戦区となるセントラルパークから2マイル程離れた距離にあるタイムズスクエアの格安ホテルの一室を借りたのであった。


 何故、自分達がここにいるかと言うと、それは一時間前に遡る。













「――『聖杯城より現れし神聖 (ロンゴミアント・カーボネック)』ッッ!!」


「――『正法よ。本性を現せ (ダルマ・プラークリット)』ッッ!!」


 白亜の騎士から悪魔のような紅蓮の騎士となった『バルヨナのシモン』から放たれし災厄級の聖槍の一撃と、


 空中から膨大な魔力を放出した正義王『ユディシュティラ』の一撃。


 それらがセントラルパークの上空で衝突、その時に生じた余波によって、周辺の高層ビルの窓ガラスが割れ、その下にガラスの雨を降らせた。


 あの神話級の二つのエネルギーがセントラルパークから出ていない事が驚きではあるが、その余波は確実に周辺の一般人に被害を及ぼしたであろう。


「――――――ッッ!!」


「――――――『見えました』」


 二つのエネルギーが衝突する中、ユディシュティラは『見えた』と言った。


 何が見えたと言うのだ?


「聖杯と共に現れし神聖よ。よくぞこの正義王にその『本性』を示してくれました。その素直さに感謝します」


「――――ッ!? 貴公は、何を――!!」


 シモンは目を疑った。聖杯の祝福を受けし一撃が、ユディシュティラが放つ光に包まれると、


 そこから信じられない光景が起こった。なんと、唐突に二つのエネルギーが空中で消滅したのだ。


 あれだけ強烈な光を発していた神聖の輝きが、あっさり消え、その場には闇夜に覆われた空とセントラルパーク周辺からの混乱している大衆の声だけが響いていた。


「な……に……!?」


「そんな、有り得ません。かの神聖を打ち消すなんて、それは誠の『神』にしか成し得ない奇跡ですッ!!」


 バルヨナのシモン、車椅子の少女が、双方ともに目を見開いて驚いている。


 いや、あの二人だけでなく、ユディシュティラ以外の全員が、今起こった衝撃の光景に言葉を失ってしまっていたのだ。


「……まさか、貴方は誠の神か?」


 と、空中から地面へと降り立ったユディシュティラに、シモンは問い掛ける。


「いいえ、私は半神。神として見れば出来損ないの存在です」


「では何故だッ!! この聖槍はあらゆる奇跡を実現する聖なる杯から現れし神聖! 神でもない貴公に、何故その神聖を打ち破れるッッ!!」


 シモンが激昂している。あれがシモンの奥の手だったとしたら、それを打ち破られた現実に疑問と焦り、怒りを抱いてしまったようだ。


「……打ち破った。とは語弊(ごへい)があります」


「なにッ!?」


「見せてくれたのです。その聖槍が自らの『本性』を、この正義王に示し、私はその本性と対話をし、聖槍自らがその矛を納めてくれたのです。なので私自身は何もしていません」


「デタラメを言うなッッ!!」


「シモン!」


 冷静さを失ったシモンに対し、車椅子の少女がシモンの名を叫んだ。


「……残念ながら、ここは一先ず撤退します」


「!? しかし主ッ!」


「これは命令です。命令には従いなさいシモン」


「くッ……!! ……正義王とか言ったか。どんな妖術を使ったか知らないが、この借りは必ず返させて貰うッ!!」


 苦々しい表情を浮かべながら、バルヨナのシモンは、ユディシュティラに背を向けて主の元に向かおうとする。


「あの、少しよろしいですか?」


 そんなシモンにユディシュティラは背後から呼び止めた。


「……なんだ?」


「此度の血戦で、貴方以外の円卓の騎士は参戦していますか? もしくは、かの騎士王でも――」


「……例え居たとしても何だと言うのです?」


「はい、もしも騎士王も参戦しているならば、明日の私と勝利王の会談に出席していただきたいと思いまして……」


「……仮に我が王がこの地に居たとしても、貴公のような危険極まりない男に我が王を会わせる訳がないだろ? 身を(わきま)えろ」


「おや、早速嫌われてしまいましたね。悲しいです」


 と、言ってるわりには、正義王からは悲しんでいる様子が見られない。


「……ふん、次に相間見える時までに悲しんでいろ妖術師め」


 そうして、皮肉を漏らしながら、バルヨナのシモンと車椅子の少女はセントラルパークから去っていった。


 とても壮絶な戦いであった。


 壮絶過ぎて、彼はこの戦いで得られた経験を、どう活かせば良いのか、判断が付かなかった。


「……クリフ、彼等を追いますか? それとも、他の三組の参加者を仕止めますか?」


「……いや、深追いはするな。今日はここまでだ」


「分かりました。では勝利王」


 と、ユディシュティラはユダに向かって歩み寄り、ユダの目の前で片膝を付いた。


「……いかがでしたか? この正義王の力を」


「……大したものだな。だが、それでも言わせて貰う」


「はい」


「貴様の王としての器は、明日の会談で明かされよう。だが、それでも貴様の王としての今の在り方には気に喰わぬ部分がある!」


「……私の何処がお気に召しませんでしたか?」


 彼は戦う前『王国の七肢 (サプタ・アンガ)』を見せると言った。


 王国の七肢とは、古代インドの法典『ダルマ・シャーストラ』に記載されている政治思想の一つ。


 そこには国家を構成する上で必要な七つの法が存在する。


 第一の法『君主(スヴァーミン)


 第二の法『大臣(アマーティヤ)


 第三の法『都市(プラ)


 第四の法『国土(ラーシュトラ)


 第五の法『国庫(コーシャ)


 第六の法『軍隊(ダンダ)


 第七の法『友邦(スフリド)


 その内の一つ、第一の法・君主――『王としての義務 (ラージャダルマ)』を、彼は戦闘中に見せ付けた。


 それが、王としてのユダにしてみれば、この正義王の『法』に気に入らない部分があったようだ。


 彼は王ではないので、ユダがあれの何処に不快感を感じたのか、どうしても理解出来なかった。


 彼だけでなく、ユディシュティラもその事に気付いていない様子だ。


「……なるほどな。今気付けないならば、明日の会談までの課題とさせて貰おう。この課題が解けぬようでは、吾は汝を王として認めぬ!」


 かなり強気に出たな。ユダはナイフのような鋭い眼差しをユディシュティラに向けている。


「……なるほど、かしこまりました。これも王としての試練と受け取らせて貰います」


 と、ユディシュティラは立ち上がって、クリフの元へと戻り、クリフに治療された彼を確認する。


「彼の首はどうです?」


「……明日まで安静にしておけば大丈夫だろう」


「そうですか。良かったです」


 本当に彼の首が繋がったようだ。あんな短時間で。


 それにしても、あんなふざけた謎の術で切断された首が治るなんて、


 彼は少し納得いかなかった。


「……おや? こちらを見ていた他の三人の参加者も撤退していきましたね。では、私達もそろそろ」


「あぁ、少年、ついでにこれを上げよう。餞別だ」


 と、クリフは横になっている彼に、謎の緑色の液体が入った小瓶を手渡した。


 なんか、中に黒いうにょうにょした謎の生物(?)が泳いでるんだけど……。


「……なに……これ?」


 見てるだけでも気持ち悪い液体だ……まさか、これは薬? 頼むから飲み薬以外であってくれ。


「我が妙技『マジカル☆メディカル術』で造った栄養促進剤だ。それを朝昼晩、食前に一滴飲むだけで、君のその骨と皮しかない体を、わずか二日で元の姿に戻してくれる即効性の栄養補給剤だ」


 ……ノゾミハ、タタレタ。


「ただし、過剰摂取すると僅か一日で日本のRIKISHIのような体型になるから気を付けろ」


 ……絶対に飲みたくない。


「ほぉ、実に素晴らしい薬物ですねクリフ」


 ……じゃあ貴方が飲めよ正義王。


「では、後の処理はファール神父がしてくれるでしょう。彼の魔術を用いれば、この騒動もうやむやに出来るはず」


 正義王に恨めしい眼差しを送るも、スルーされてしまった。 


「そうだな。じゃあな少年、それに勝利王。明日の早朝に使い魔を送り、会談の場所を指定する。精々明日の夜までには生き延びろよ」


 そう捨て台詞を残し、クリフとユディシュティラも去っていった。


 他の監視していた三組の参加者も、今日は本当に様子見だったらしい。


 今セントラルパークには、彼とユダだけが残されたのであった。


「……では我等も行くか主よ。野次馬や警察に目を付けられると厄介よ。至急、吾と共にホテルのふかふかベッドに向かうぞ」


「……どんだけふかふかベッド楽しみにしてるの?」








 ここで回想終了。


 初日にしては、随分と壮絶な一日だった。


 覚悟はしていたが、まさか彼の予想を上回る激戦が繰り広げられるなんて……。


 不滅の肉体を持っていても、これではこの体が崩壊する六日後よりも先に御臨終してしまいそうな気がしてならないな。


「主~、湯浴びは済ませたぞー」


「あ、うん……ッ!?」


  ユダがシャワーを浴びて汚れを落として出てくると、まさかのタオル一枚で体を隠したユダがシャワールームから現れた。


「うむ? どうした主よ?」


「あ……その……服……」


「? あぁ、実はあの『しゃわー』なる物の温度調整? が、上手く出来なくてな。今吾の体は火照っておる。吾の体が冷めるまで我慢せよ」


 そう言いつつも、ベッドで横になっている彼の頭の辺りでユダはベッドに腰を下ろした。


「っ!!」


 白いタオルに覆われたユダの腰が、彼の眼前に現れた為、彼は反射的に視線を反らそうと、首を大きく180度回してしまった。


「あだっ!?」


 まだ首が繋がったばかりなので、首を動かすと激痛が走る。


「これ、安静にせぬか!」


 安静にさせてくれないのは君じゃないか……。


「……ところで主よ…………………………恐くなったか?」


「え?」


 恐い、とは?


「『マトフェイのマタイ』に続いて『正義王ユディシュティラ』と『バルヨナのシモン』のあの高次元の戦い」


「……」


「あれを見ても、まだ汝は叶えたいか? 汝の愛する者の願いを」


 ハッキリ言うと、恐かった。不敗のダヴーの圧力。正義王とシモンの神話級の力の激突。


 どれもこれも、恐かった。


 彼は久し振りに忘れていた『死の恐怖』を無理矢理呼び起こされた激戦に次ぐ激戦。


 初日でこれだ。不滅の肉体があっても、本当に安心が出来ない。


 そんな恐怖と隣り合わせの戦いが、後五日間もあるのか……。




 それでも――。


「……叶えたい。ここで諦めたら、俺が何の為に世界を旅して来たのか分からない」


「……では、汝はそれを叶えるために、何を成す?」


「決まってる。勝利王『イスカリオテのユダ』。まだ君の正体が分からないが、それでも――」


 彼は決意する。覚悟を固める。この三年間の歩みの終着点でもある、此度の血戦で願いを叶えるために、


「――それでも、君が俺に見せてくれたあの『勝利の輝き』でもって、俺の勝利への道を照らしてくれ。君の、いや、俺には『あなた様』が必要です。勝利王、俺はあなた様を信じます」


「……覚悟が固まったか。それより主よ。今の吾は王としてではなく、汝の臣下としてここに居るのだ。だから『あなた様』は止めい。……愚か者」


 ユダの顔は見えないが、それでも何となく分かる。ユダが照れていることに、


 正直良かった。彼女のような、素晴らしい王様に巡り会えて、


 彼女となら、どこまでも共に歩んで行けそうな気がする。そう思えるくらいに、彼は彼女に対して厚い信頼を抱いていたのであった。


 焦らなくてもいい。今は唯、彼女が自分から正体を明かしてくれるのを待とう。


 そう思って彼は目を閉じた。






「……うむ? おい、主よ。寝たのか? ……良い、今はゆっくり休め、主よ」


 ユダは子供あやすように、優しい眼差しで、深い眠りについた彼の頭を優しく撫でるのであった。


「……心苦しいよな。吾もまた、叶えたい願いがあると言うのに、それを汝に黙っている……今は言えぬ。何故なら――」








 ――吾の……『わたし』の願いを言ってしまえば、貴方はその三年間の歩みを全て投げ捨ててまで、わたしの願いを叶えてしまう。そんな男だ。









「……『正義王』程ではないが、吾も人を見る目が良すぎるのも、たまに傷よな……寝ているな? 本当に寝ているな?」


 ユダは寝ている彼の寝息を聞いたり、顔をベタベタ触って、彼が寝ている事を確認するや否や。


 悪巧みを考えているような笑みを浮かべながら、彼のベッドの中へと潜り込んだ。


「……ふふふ、生前はよく仲間達とこうして身を寄せ合って寝ていたものよ……汝はきっと、目が覚めると吾が隣に居て慌てふためくであろうな。明日の朝が楽しみよ!」


 と、明日の朝への楽しみを作っておきながら、ユダは彼と共に深い眠りにつくのであった。



















 一方、セントラルパークの事態を収集した聖爵血戦の監督役である『ファール神父』が教会に戻ると、教会の祭壇に飾られた『カレス』が目に飛び込んできた。


「……まずは『三人』」


 ファール神父が呟くと、教会のステンドガラスの隙間から、大量の血が生き物のように教会の中へと這って入り、そのまま壁、床を命あるかのような動きで移動しながら、カレスの中へと吸い込まれていった。



「……ふ、はははは」


 ファール神父がカレスの中を覗き込むと、ファール神父は聖職者とは思えない悪意に満ちた笑顔を浮かべながら、





 カレスの『食事』を観察するのであった。





          ――ニューヨーク聖爵血戦。





        残り、






 『10人』。





             ――To be continue.

 一日目終了。


 『彼』の残り時間――118時間。

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