第八章『聖者vs聖者』
「特とご拝見ください。我が父ダルマより授かりし法『王国の七肢 (サプタ・アガタ)』を!」
正義王『ユディシュティラ』と『バルヨナのシモン』を名乗る白亜の騎士。
双方が武器を構え、対峙す――。
「は!?」
消え――。
「ふっ!」
ユディシュティラが先に動いた。速い、ユダの馬に匹敵しかねない速度だ。
一瞬でシモンとの間合いを詰めてしまった。
「……ハッ!!」
ユディシュティラの突きをシモンは剣で叩き落とし、そのまま突っ込んでくるユディシュティラの喉の高さに剣を構え、突いた。
「うん。素晴らしい突きです」
シモンの突きを、ユディシュティラは軽くかわし、そのままシモンの首に槍の柄を引っ掻け、腰の回転を使って投げた。
「っ!?」
相手がユダ以上に重たそうな鎧を着ている上に、身の丈を越える槍を背負っているのに、なんて軽やかに騎士を投げるんだ。
あのユディシュティラ、半神としてではなく、純粋に武人としての腕も格上だ。
「……ほぉ」
しかし、ユディシュティラの衣服が胸の辺りで裂けていた。どうやらシモンを投げている最中、シモンは投げられながらユディシュティラを斬ったようだ。
「……浅かったか」
シモンが着地して剣を構えながら、そう漏らした。
確かに、衣服は裂けているが、ユディシュティラの肌には傷一つ付いていない。
本当に掠めただけのようだ。
「素晴らしい太刀筋。では、こちらはどうです?」
すると、ユディシュティラは槍の錫杖部分を鳴らすと、何かを呟き始めた。
「第一の法『王としての義務 (ラージャダルマ)』」
すると、ユディシュティラの双眼が光出し、その目でシモンを注意深く観察し始めた。
そして、目の輝きがなくなると、何かを納得したようにユディシュティラは何度も首を縦に小さく振った。
「……ほぉ、貴方はかの『円卓』に連なる御方でしたか。その太刀筋の鋭さにも納得がいきます」
「ッ!?」
「なっ!?」
円卓? つまり、かのアーサー王伝説に登場する騎士王『アーサー・ペンドラゴン』に仕えし12人の臣下。
あの騎士はその『円卓の騎士』の一人だと言うのか?
相手が真名を明かしてないのに、相手の出自を見抜くなんて、
これにはシモンも、その主である車椅子の少女も驚きを隠せないようだ。
「……見事な御慧眼。如何にもそうだが、だからなんだと言うのです?」
「と、申しますと?」
「貴殿がワタシの正体が分かったからと言って、戦況が有利になったとは思えないが?」
「えぇ、勿論です。今おこなったのは、戦況を有利にすることにあらず」
「ではなんだ?」
と、ユディシュティラはシモンから自身の主クリフの隣にいるユダに視線を移した。
「うむ?」
「あそこに居わす勝利王に、我が王としての力を見せ付けたかっただけです。気にしないでください」
つまり、自分とは別の王であるユダに、王としての力。つまり『他者の本質を見抜く力』を見せたかったのか?
本当にこのユディシュティラは、何故ユダにそこまで固執する? 異国の王に何かしらの強い関心があると言うのか?
「……随分と余裕ですね。ワタシが円卓の一人と知った上での愚行と受け取らせて頂きます」
「恐れ入ります」
そして再開された。両者、共に前へ出て衝突した。
激しい力のぶつかり合い。そこから激しく牽制に牽制を重ね、両者引けを取らない攻めぎ合いを演じる。
まったく途絶えることのない金属と金属がぶつかる音の嵐。
生きていないと分かっていても、その金属の音そのものに命が宿っているかのように、とてもリズミカルにその音を奏でている。
凄すぎる。 ダヴーのような荒々しい闘気を感じない。あの猛将のような圧力も感じない。
なのに、両者の闘気は、とても静かでいて、その内面は激しく燃え上がっている。
例えるなら、氷の中でも燃え続ける炎。
「ッ!!」
「ッ!?」
ユディシュティラとシモンが距離を取る。
両者、まったく息を切らしていない、それどころか、どちらも傷を負っていない。
一呼吸置いてから、再び両者は衝突した。
……次元が、違いすぎる。
「……おい主」
「ユダ?」
「他者と自分を比較するな。自分は自分、相手は相手だ。比較した瞬間、相手に自らの意識を持ってかれるぞ。以後気を付けよ」
……そうだ。確かにあの二人は強い。でも、だからと言って、ダヴーの時みたいに心を暗くしてはいけない。
何があろうと、この戦い。最後まで見届け、今後に活かさないと、
……『あの子』の願いを叶える為に、
「……ふっふ~ん」
「な、何?」
「主、この短時間で随分と成長したようだな。やはり男子たるもの、一つでも苦難を越えなければ成長出来ぬか。貴殿に仕えし者として、実に喜ばしいことであるぞ!」
ユダは彼の成長に関して、とてもご満悦のようである。
と、言うより、この短時間で彼が成長できたのは、紛れもなく彼女のお陰だ。
彼女があの時、自分を絶望の淵から鼓舞してくれたから、今の自分がここにいるんだ。
「……ありがとうユダ」
「う、うむ。そうか……」
感謝されて照れている。こう言う所も彼女の魅力の一つであろう。
「……ふぅ、アイツ一人でも大丈夫のようだな。では、オレも君達にオレの実力を見せるとするか」
と、クリフがこちらに向き直ると、ユダが抱えている彼に向けて手を出した。
「ただ見てるのも退屈だろう。アイツらが終わるまでの間に、君のその首を治してやろう」
どうやら、彼の切断された首を治してくれると言ってるそうだ。それでも、やはり彼の治療をしても、クリフには何の利益もないような気がする。
どうしても、クリフの意図が全然見えない。
「……クリフ・デズモンド。いい加減、貴方達の目的を教えてくれ、何故そこまで俺達に固執する? 貴方になんのメリットがある?」
「……目的、か。トマスの馬鹿は、そこの勝利王と同じ王としての対談を、オレは君にあることを協力して貰いたいが為に、だ」
「あること?」
「……それを明かすことは、この場では出来ない。近くに『監視者』がいるからな」
「監視者?」
「ファール神父だ。あの男にこちらの手の内をバラす訳にはいかんのでな」
ファール神父に? それはつまり、この血戦のルールに抵触するような事なのか?
そもそも、何故ファール神父が近くにいるんだ?
やはり監督役として、一般人に被害が出ないように見張ってるのか?
「……どうする? 仮にトマスがあの騎士に負けてオレが死んだら、その首を治せる者は恐らく、このニューヨークにはオレ以外に誰も居ないと思うぞ?」
まだ、クリフの事は信用できない。それでも、この首を治してくれるなら、是非もない。
「……ユダ、俺を彼に渡してくれ」
「……主が決めたのであれば仕方なし。だがクリフ・デズモンドよ。主に妙な事をしてみろ! その首を主と同じように落とされると思え!」
「……ふぅ、貴女の眼前でそんな恐ろしい真似するわけがないだろ。いいから寄越せ」
ユダはクリフを睨みながらも、渋々彼の首と体をクリフに手渡した。
すると、クリフは彼の体を横に寝かせ、呪文のような言葉を発しながら、彼の首の切断面に何か薬のような物を塗ってから、首と体を接着し、彼の首を縫合し始めた。
かなり手慣れている。魔術師としてだけでなく、医術にも精通してるのか?
「……ふぅ、もっと力を抜け、オレは白魔術と現代医術を複合した妙技『マジカル☆メディカル術』の使い手だ。安心しろ」
「……ちょ、ちょっと待って!? 今なんて……がっ!?」
物凄く不安になる単語が聞こえたが、首に電流が走るような衝撃が走った為、彼はあっさりその単語が頭から吹き飛んだのであった。
「主!?」
「こちらは安心しろ」
「安心できぬわ! なんぞ今の子供が適当に考えたような単語は!?」
「これはオレが考えた訳じゃない!! いいからお前はあの二人の決着を見届けろ小娘がッッ!!」
「急に口の悪さが増したな!?」
偏屈で堅物そうなクリフが、あんなふざけた単語を使うなんて……。
取り合えず、彼はクリフに任せ、ユダは正義王と円卓の騎士の決闘に視線を戻す。
やはり、まだ金属の音が途絶えない。と、思っていたら、ユディシュティラは打ち合いながら、シモンに声を掛けた。
「……素晴らしい」
と、ユディシュティラは囁く。
「……何がです?」
と、シモンは問い掛ける。
「貴方は円卓の中でも私と同じ『聖人』に値する御方のようですね。実に素晴らしい『徳』を貴方から感じます」
「ッッ!!」
すると、両者は攻撃の手を止め、互いに距離を取った。
間合いを取るや否や、シモンは顔に手を被せ、指の隙間からユディシュティラに狼のような鋭い視線を送る。
「……今分かった」
「うん?」
「貴方とこれ以上戦うのは危険だと判断しました。主よ『聖槍』の許可を」
それを聞いた車椅子の少女は、シモンからの要請に何の迷いもなく許可を下ろした。
「分かりました。『バルヨナのシモン』、聖槍の許可を受理します」
「了解。受諾致しました」
主の許可を頂いたシモンは、背中に背負った槍に手を掛けると、シモンが纏いし白亜の鎧がみるみるうちに薔薇のような鮮やかな『赤』へと変色し始めた。
まるで、白い夢から覚めて、辺り一面が血で覆われた地獄が舞い降りたかのような異形の鎧だ。
「……おや。私としたことが、相手に不快感を与えてしまいましたか……困りましたね」
「『これは不具の王ペラムを苦しめし災禍にして、聖杯の祝福を受けし神聖、その呪詛は聖杯の奇跡によって清められし鮮血――』」
そして、背負っていた槍の布がはだけ、そこから血のように真っ赤な禍々しい模様が穂先から全体に広がる白い槍が姿を表した。
あれが、聖槍? どう見ても聖槍には見えない悪魔のような槍だ。
「いけませんね。クリフ、このままでは私達全員があの槍の餌食となって消滅してしまいます」
「……止められるか?」
「はい、できます」
ユディシュティラも何の迷いもなく「止める」と宣言した。
魔術師ではない彼でも分かる。あの聖槍から放たれる魔力、それがどれだけ恐ろしく、強大なものなのか、まさに開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったかのような。
自然災害に匹敵する力をあの槍は秘めている。
あれは、下手したら、この場にいる全員、いやセントラルパークそのものが焦土と化す破壊兵器。
それを止められると、正義王はあっさり言った。
「『正義神が定めし十の戒律、それは万物の真の本性を表す宇宙の体現、宇宙の法――』」
ユディシュティラもかつてない程の魔力を発しながら、その足を地面から離して数mの高さまで宙に浮いた。
「おぉ!? 正義王よ! 汝のそれはなんぞ!? 羨ましいではないか!」
「はははは、何を仰います勝利王よ。王とは天より高い位置から民を見守る存在、空を飛べるのは王として至極当然のことではありませんか?」
「そうだったのか!?」
「……いや、あれは絶対に違う」
こんな時でも冗談が言えるなんて、さすが正義王。
「あ、主よ! わ、吾だって頑張れば空ぐらい飛べるぞ!(たぶん) な、なんたって吾は勝利王だからなッ!」
「いや、変な所で見栄を張らなくてもいいよユダ」
相手が危険な破壊兵器を取り出したと言うのに、全然緊張感ないなー。
「『この一撃を、我が親愛なる騎士王に捧げます――』」
そして、シモンは構える。災厄に匹敵する聖槍の一撃を放つために、
「『汝らの真なる本性をこの正義王に示せ――』」
そして、ユディシュティラも空中で莫大な魔力を集約し始めた。
「――『聖杯城より現れし神聖 (ロンゴミアント・カーボネック)』ッッ!!」
「――『正法よ。本性を現せ (ダルマ・プラークリット)』ッッ!!」
――二つの神話級のエネルギーが、ここセントラルパークの上空にて衝突し、周囲に多大な被害を及ぼすのであった。




