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カレス~ニューヨーク聖爵血戦~  作者: 心之助
一日目「群雄割拠」
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第六章『敗者はただ去るのみ』

「主? おい主よ! 無事か!? 返事ぐらいせぬかぁ!!」


 馬の下敷きになっていたユダは急いで起き上がり周囲を確認するが、蒸発した水で視界が遮られてしまい、ユダは事の決着がどうなったのか判断できなかった。


 急いで湖の底を覗き込むと――。


「…………………ダ……ヴー……」


「…………………………………」


 マトフェイのマタイの主である女の首筋から多大な血が流れ、ダヴーが刃を振り下ろした形で止まっている。


「……主?」


 見えない。ユダの主の姿が見えない。


 そのせいで、ダヴーが自身の主に刃を振るったように見えるが、現実的に考えてそれは有り得ない。


 では、ダヴーの主に傷を負わせたのは彼のはず、なのに、何故姿が見えない?


 だが、次第に霧のように視界を覆っていた水蒸気がある程度晴れると、ダヴーの足下にうつ伏せのまま倒れている彼がいた。が、


「ある………じ?」


 目を疑った。ダヴーの足下に倒れてる主の首が、切断されていることに、


「そ、そんな……では……相討ち……か……?」


 不滅の呪い、どんなものからも体を護ってくれる呪い。だが、残念な事に、ダヴーの渾身の一撃に耐えうる事は出来なかったらしい。


「……ダ……ヴー」


「……すまないな主よ。貴殿を護る事は叶わなかった」


 数秒前まで理性を失っていたダヴーが正気に戻っている。やはり、決着がついたのだ。


「……ダヴー……ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」


「ッ!?」


 ダヴーの主が首から血を流しながら断末魔のような怒号を上げ、それがセントラルパークの芝生エリア全体に響き渡った。


 まさに怨恨に満ちた獣の咆哮だ。


「おいダヴーッッ!! お前は不敗の英雄じゃなかったのかよぉ!? なんで、なんで私すら護れないのよッッ!! この役立たず! 国を生涯護ったあの逸話は嘘かだったの!? あぁ!? お前なんか『不敗のダヴー』じゃないわ! この『偽物』め! 本物の不敗のダヴーを連れてこいッッ!! このクソの役にも立たない出来損ないがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 自分の死期を悟ったせいなのか、心の奥底に溜まりに溜まった怨嗟を口から次々と吐き出す。


 ……見るに耐えん。魔術師とは他者との交流が少ないせいで、かなり傲慢な性格になってしまっている者が多いらしいが、


 例えそうであっても、その身、その命一つで戦った臣下に対して、『偽物』呼ばわりするなんて、


 物ってことは、やはりこの女、過去の英雄の事を『使い魔』。最低でも『道具』としか認識していなかったようだ。


「……ッッ!! 貴様恥を知れ! その身一つで貴殿を護ろうとした臣下に対して、なんたる口の聞き方だッッ!! それでも主君かッッ!!」


「だまれぇぇぇぇぇぇッッ!!」


 あまりの醜さにユダは叱責するも、それを耳に入れたくない女は怒りの咆哮でそれを遮った。


 すると、女は覚束無い足取りでダヴーに歩み寄り、ダヴーの腹部に開いた穴に手を突っ込み、中の臓物を次々と外に引きずり出す猟奇的な奇行に及び始めた。


「あ、あぁ、うわあああッッ!! 消えろぉ! お前なんか、早く視界から消えろぉぉぉぉ!!」


「止さぬか愚か者ッッ! ――ッ!?」


 敵とは言え、雌雄を決した英雄が、あまりにも酷い所業に晒されている事に怒りを覚えたユダ。


 『不敗の英雄』のこんな姿を晒してはならない。女に止めを刺そうとユダは弓を構えるが、ダヴーは左手を横に突き出して「来るな」と、ユダに己の意思を示した。


「わた、しは、わたしの、『家』が、こんな、ところで、終わる、わけ、に――――――――は……!?」


 驚きの光景であった。ダヴーは右手に持った手斧サイズのハルバードの槍の部分で、女の喉を串刺しにしたのだ。


「……ダ……ヴー……?」


「不謹慎であるぞ主よ! 貴様の敗けだ! 我々は敗けたのだ! ならば恨み一つ残さず戦場を去るのがせめてもの礼儀であろうッッ!!」


「……あ……ぅ……?」


「それでもなお、醜く恨みを残して去るのであれば、貴様は我が主ではない!! 貴様こそ偽の主君である! 早々に立ち去るがよいッ!!」


 ダヴーが説教をする。あんな状態でも、まだそんな気力があることに驚きを禁じ得なかった。


 すると、女は全身を激しく痙攣し始め、目や耳や口からも血を流し始める。


「あ、あぁ……うぐ、がぁ、………あ、ぁああああ!!?」


 女の体の傷口を含めた全身の穴と言う穴から大量の血が溢れ出て、それが下ではなく、重力に逆らう形で上空に昇っていく。


 その光景は、まるで天を目指す血で出来た竜のようだ。


「これが……カレスに血を捧げる呪いか? ……なんとおぞましいものよ」


 ユダはただ一人、欲にまみれた穢れし血が、天に昇る光景を見た感想を漏らすのであった。


 まさに血戦と呼ぶに相応しい光景。だが、これが本当にキリストの聖戦なのかと言われたら、正直怪しい。怪しいくらいに、『気味が悪い』。


「あ………ご……………」


 抜け殻となった女は、ユダの主のような骨と皮、いや、彼よりも酷い、干からびたミイラのようになってしまい、ダヴーはそのままハルバードごと主の抜け殻を地面に投げ棄てるのであった。


「……勝利王よ」


 主の最期を看取った後、ダヴーは振り返らずにユダに呼び掛ける。


「此度の決闘。誠に楽しかった。だが忘れるな、私は貴様に敗けたとは思っておらん」


「……ほほぅ、そうなのか?」


「当然である。私はまだ立っている。それに、純粋な一対一では、貴様の敗けは眼に見えていたであろう」


「かか! ぬかしおる……だが否定できぬ。我が主が居なければ、貴様の凶刃の下に我が首、落とされていたであろう。誠に恐ろしきよな『不敗のダヴー』。次はかつての主君に値する主と巡り会える事を願おう」


「……ははははは!! そんな者なぞ、この時代にいるわけがなかろう! 実に不謹慎な発言なり! ……だが、もし会えたなら。もう一度貴様と対峙してみたいな。勝利王よ――」

















 ――そうだな、次があるなら。我が主君『ナポレオン』と共に、貴様と色々と語らってみたいものだな勝利の王よ。

 ――この私にそんな想いを抱かせるとは、実に不謹慎極まりない小娘だ。














 こうして、不敗のダヴーは消滅した。その体が黄金の光となって離散し、此度の血戦から退場するのであった。


 正直、勝負には勝ったが、一騎討ちにおいては、あの猛将に勝った気がしないのは事実。


 ある意味、この戦いにおいても『不敗』を貫いた。規律を重んじる誇り高き名将であった。


 それでもユダは光となって消えた無敵の将軍の最期を見届けると、とても満足気な表情を空に向けて浮かべるのであった。


「……くは、実に面白い男であった。貴様の主君とも、同じ王として一度は語らってみたいものだな……さて、吾もそろそろ退場かのぉ」


 ユダはその場で腰を下ろし、首を切断された彼の遺体に目を向ける。


「いくら不滅の肉体とは言え、あの猛将の一撃を受けたのだ。さすがにその命も断たれてしまったであろう……汝を死なせてしまったことは吾とて心苦しいが、短い間とは言え、汝との時間は楽し――」


「……なぁ、勝手に殺さないでくれ」


「んな!?」


 感傷的になっていたのに、何故か彼の声が聞こえる。


「…………………………あ、あぁ! なるほど、なるほど、幻聴であるな! 吾も主を失った衝撃で幻聴まで聞こえるとは――」


「……いや、まだ生きてるよ?」


「ほわ!?」


 あまりにも唐突な展開に、ユダはその場で飛び上がって彼の首に目を向ける。すると、彼の生首が、瞬きしてる、眼球を動かしてる、口を動かしてる、声を発している!?


「……主? 本当に主なのか?」


「あ、ああ、自分でも驚いてるよ。まさか首を落とされてもまだ死ねないことに……」


 なんと、彼は生きていた。首だけになっても、まだ彼は死んでいなかった。


 不滅の呪い、どんな事があっても、その肉体から魂が抜け落ちないタチの悪い呪い。


 本当に驚きを隠せない。彼にこんな呪いを与えた魔術師は、さぞや高位に位置する魔術師なのであろう。


「あ、あ……」


「?」


 ユダが彼の無事(?)を確認するや否や、勢いよく湖の底へと飛び降り、彼の首を拾って力強く抱き締めて、その場で狂喜乱舞を始めた。


「主よぉぉぉぉ!! 心配したではないかぁ! 吾を不安にさせるとは何事かぁぁぁぁ、この愚か者! 生きてて嬉しいではないかぁ!!」


「ちょ、痛い! 鎧が当たって痛い !」


 ユダは嬉しさのあまり加減を知らずに力の有る限り彼の頭を抱き締めた。


 彼が生きている事実に対して、喜びの感情の歯止めが効かなくなったらしく、更には度を越して、彼を抱いたままその場で寝転んで、体をゴロゴロと転がり始めた。


「ま、ぶ、わか、ユダ、口に、泥、が」


「ぬははははは!! 今宵はもう離さぬぞぉ!!」


 どんだけ嬉しいんだよ。ユダはダヴーの事を『狂戦士』と言っていたが、ユダもある意味『狂戦士』だな。と、思った。


 それから数分間にも渡り喜びを爆発させていると、ユダは急に冷めたように冷静さを取り戻すのであった。


「ハッ!? い、いかん! こんな事をしてる場合ではなかった!」


「……うん、そうだね」


 ユダが冷静になる頃には、ユダと彼は泥だらけになってしまった。自分はともかく、年頃の女の子であるユダが泥だらけになるのは良くない気がすると思った。


 しかし、泥だらけになろうと気にも止めず、ユダの表情は、今度は物々しい表情へと変化させた。


「主よ。早急にこの場から離れるぞ! 先の戦いに釣られて他の参加者が集まるやもしれぬ! もしダヴー程の英雄が現れ連戦となれば、さすがに吾でも厳しい、一度体勢を――」


「その必要はありません」


「ッッ!!」


 その場に、自分達が危惧していた第三者の声が聞こえ、その声がする方向にユダは彼の頭を脇に抱えたまま、弓を構えた。


「何者だッ!!」


 声の方向には、一人の褐色肌の青年が立っていた。まるで僧侶のような佇まいでありながら、とても綺麗な装飾をあちこちに散らばめた青年が湖の淵からこちらを見下ろしている。


「弓をお納め下さい勝利王よ。私は貴女と対話をしたく参上した次第です」


「対話だと!?」


 すると、その褐色肌の青年は、ユダ達がいる湖の底に飛び降りて、ユダに静かに歩み寄ると、とても優しく、ユダの弓を構える手を軽く押さえて、とても丁寧に弓を下げさせた。


「……」


 あまりにも優しく、誠実で、敵意もない行動に、ユダは抵抗することなく弓を下ろした。


 それでもユダは青年に睨みを効かせながら顔を近付けて問うた。


「……汝は何者なるや?」


「हाँ(はい)、私は『ディディモのトマス』。真名を『ユディシュティラ』と申します」


「ッッ!!?」


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