閑話『吾輩は文豪である』
一息入れる為に書いたであーる。
「お前はバーカであるか?」
と、文豪は言った。
「なんで吾輩をこんなのに喚んだであーるか?」
と、年代物の椅子に腰掛け、木製の机の上にある山積みとなった原稿用紙に向かって筆を走らせている文豪は呟いた。
「何を仰います。僕は『先生』をこの時代に御喚びできて誠に光栄に思っております」
「何が光栄か。我輩は文豪である。歴戦の英雄のように戦える訳がなかろうが、本当に貴様はバーカであるな」
「恐れ入ります」
文豪に馬鹿にされているのに、その文豪の後ろに立っているタキシード姿の眼鏡を掛けた好青年は礼儀正しく、微笑みながら頭を垂れるのであった。
「僕は先生のファンです。子供の頃に読んだ先生の作品には大変心が打たれました。なのでこうして直接お会い出来て嬉しく思っております」
「は~? 欧米人に喜ばれても嬉しくないであ~る。せめて英国人に喜ばれたいわ~」
「恐縮です」
そこは何処かの図書館の書斎。その書斎に文豪と青年が会話をしていた。
「まったく、吾輩は戦えないであるぞ? あの胡散臭い神父から貴様が吾輩を喚んだ経緯を聞いたであ~るぞ?」
「はい、ファール神父は複数の英霊触媒を保持しております。此度の聖爵血戦の参加者の大半が魔術とは関係のない者達が占めています」
そう、今回の聖爵血戦において、魔術師ではない参加者。
魔術師であっても英雄を喚び出す為の触媒を持たない者。
要は英雄召喚に必要な材料と知識と準備がない参加者には、ファール神父が直接召喚の準備と手配をしてくれているのである。
「んで、お前は神父から触媒を受け取らず、自分が所有していた触媒で吾輩を喚んだそうだな…………………………バーカであるか貴様!?」
文豪は座っていた椅子が倒れる程の勢いで立ち上がって、背後の青年に対して向き合った。
「なんで英雄でも戦士でもない吾輩を喚んだの!? え? バカなの? ねぇバカだよねお前ッ!!」
そう、今回の聖爵血戦は、各々の参加者が過去の英雄を喚んで殺し合うバトルロワイヤル。
この青年も聖爵血戦の13人の参加者の内の一人だ。
他の参加者は歴史に名だたる英雄を喚んでいるのに対し、この青年はあろうことか、英雄でも戦士でもなければ、史実においても戦とは関係ない人生を送ってきた一人の『文豪』を喚んだのだ。
「吾輩痛い思いなんてしたくないであるよ!?」
「ご安心を、今回の血戦で先生が戦場に立つ必要はありません。『僕が直接戦いますから』。ですから先生は安心して新作を書いてください。僕は先生の作品が読みたくてしょうがないのです」
「知るかー!! 全然安心できないわー!! お前みたいな小僧が過去の英雄と戦えるかー!! 英雄嘗めんなー!! 巻き添えで吾輩も痛い思いするのは嫌であーる!! あの世に帰りたーい!!」
結構憤慨している。と言うか被害妄想が激しすぎるような文豪だ。
生前はさぞや神経質な生き方をしただろう。
でも確かに、こんな青年が過去の英雄と戦える気が全くしない。戦闘に自信があろうと、それは現代人としてだ。
現代人は、然程戦う必要がない。なんせ約70年前に戦争は終わったのだから。
でも過去の英雄は違う、日々が命懸けの戦いの中で生きて来たのだから。
そんな英雄と現代人が、マトモに戦える筈がない。
「……いいえ、戦えます。なんせ、先生が書いてくれたこの『シナリオ』通りに動けば、我々に敗北の――」
「二文字もあるわー!!」
以外と息がぴったりな二人だ。
「吾輩を過大評価するなー!! 吾輩文豪であって軍師では――」
「勝てます」
「っ!?」
憤慨する文豪に面と向かって青年は宣言した。
――勝てると。
「~~~ッ!! ………………………あーそうであるかー、別にお前が負けようが吾輩には関係ないのだー、吾輩はただ筆を走らせるだけであーる、お前は好きなように頭悪く戦えばよろしいであーる」
「はい、僕と先生が手を結べばこの戦いに負けはあり得ません」
かなりの自信だ。青年のあまりにも根拠がない自信に呆れ果ててしまった文豪の怒りは、一気に冷めてしまい、倒れた椅子を起こして再び机に向かって筆を原稿に走らせる作業に戻るのであった。
「それで、我が愚かでバーカな主『メイデー・ホラ 』よ。汝のカレスに叶えてもらいたい望みはなんだ?」
「僕の……望み……それはですねぇ……『人々の人生の改変』。人はそれぞれ運命と言うシナリオ通りに動いて生きています。僕はそれを覆したい、人々が自分の想い描いた通りの人生を生きて欲しい。それを可能とした世界を創りたい。そうすれば、誰も苦しまずに生きられるでしょ?」
それが、聖爵血戦の参加者『メイデー・ホラ』の願いであった。
一見聞こえが良さそうだが、その願いは間違っている。
すべての人間が思い通りに生きてしまうと、そこには秩序も法が存在しない、混沌とした世界が待っているであろう。
「…………………はぁ~~~、吾輩をこんな戦に喚ぶぐらいのバーカだ。その望みもバーカであったか……だが面白いであーるッッ!!」
さっきまで自分を喚んだ主に対して憤慨していたにも関わらず、文豪は今度は嬉しそうに筆を走らせる速度を早め、次々と原稿を仕上げていく。
「実に馬鹿馬鹿しい願い! こんな勝算が薄い状況でありながら、吾輩のバーカな主は勝つつもりであるぞ! 面白すぎて筆が止まらんッッッ!!」
物凄い速さで原稿を次々と仕上げていく、その枚数は十秒で100枚を仕上げてしまう程であった。
「どー考えてもお前の望みは叶わん! だが見届けてやる! お前の物語を! それを吾輩はあの世に帰って、本にして出版してやろうではないかッ!!」
「はい、僕も楽しみにしております……あの世に逝けたらの話ですが」
メイデーは、文豪が仕上げた原稿の束を封筒に入れて、書斎を出て行こうとする。
それに合わせて作業を終えた文豪は椅子から立ち上がって、メイデーの後を付いていくのであった。
「先程僕の使い魔から伝令がありました。『イスカリオテのユダ』と『マトフェイのマタイ』がセントラルパークで交戦中だそうです。これは好機だ、きっと他の参加者もこの戦いに釣られて集まるはず」
「然り! 吾輩は戦どころか地元のチンピラとも縁がなかった生き方をしてきたが、此度の血戦はなんだかんだで面白そうである! 吾輩は戦士としてではなく、『観客』として出向いてやろう!」
「はい、先生は僕が守ります。では行きましょう『アルフェイのヤコブ』先生」
メイデーは戦士として、ヤコブは観客として、明らかに立場が逆な奇妙なコンビが向かう。
最初の激戦区である『セントラルパーク』へ、
――吾輩は今から観てくるであーる。過去の英雄が戦う夢のような舞台を観に。
…………………あ、これ絶対に本にしたら売れるであーるよ!?
それと同時期、メイデーを含めた五人の参加者が、セントラルパークに向かっているのであった。
To be continue……
他の参加者も紹介するであーる。




