プロローグ『不滅の放浪者』
これは、作者の妄想が爆発しただけです。過度な期待はしないでください。
――あぁ、約束だ。必ず君の願いを叶えてみせる。
彼はそう言った。何の力もない、何の才能もない彼が、愛する者の目の前で、そう豪語した。
その約束自体が、叶わないと知っていながら。
――彼は探した。愛する者の願いを叶える為に、
――彼は求めた。愛する者を救うために、
――されど辿り着けず、されど願いは叶わず。
それでも彼はその足を止めなかった。平和しか知らなかった彼が、海の向こうの世界に行き、平和の外で今なお繰り返されている戦争、テロ、飢餓、貧困、災害、病、そして大勢の死を見て、経験したとしても、
それを見て何度も彼は折れた。それを見て何度も彼は挫けた。
だが彼は止まらない。その足が、その心が、まだこの世に繋ぎ止められている限り、彼は止まらなかった。いや、止まれなかった。
――それから三年の月日が経とうとしていた。
アメリカ・ニューヨーク。チャイナタウンの片隅。
そこに彼は居た。
「おい兄ちゃん、そこに居られると商売の邪魔だ!」
「止めとけよ。この兄ちゃん、もう一週間もここに座りっぱなしで微動だにしねぇ」
「たく、本当は死んでるんじゃないのか?」
チャイナタウンの片隅、廃棄物が溜め込まれている場所に、彼は居座り続けていた。
かなり変わり果てた姿だ。
髪は伸びきり、体は痩せ細り、水分がない肌は岩のようにゴツゴツし、まるで彼は人の形をした岩のようであった。
「おい、いい加減にしろ!」
岩と化した彼を男は蹴飛ばすが、意外な事に彼は倒れない。そもそも成人男性に蹴られたのに微動だにしない。
本当に地面に突き刺さった岩のように固い。男も、人間ではなく岩を蹴ったような奇妙な感覚を味わってしまう。
「な、なんだこいつ?」
「どうも何をしても動かなくてさ。警察に通報もしたが、8人掛かりでもピクリとも動きやしねぇ。そんなもんで、今は警察も一時的に手を引いたのさ」
「……ふーん。じゃあこれならどうだ?」
そう言って、男は懐から一本のナイフを取り出し、その白銀に輝く刃を彼の目の前でチラ付かせる。
「おい、これが見えるか? 俺達もお前と遊んでる暇はないんだ」
「お、おい、やりすぎじゃ……」
「バーカ。皆こいつに迷惑してんだ。それに本当に刺すわけないだろ?」
「……おけ」
「あ?」
とてもか細い声、渇き切った掠れた声が彼から漏れる。
「……それは……脅しの道具じゃ.......ない」
「……やっと喋ったと思ったらそれかよ。おら、俺もこんなの使いたくないんだ。さっさと、て、おい!?」
岩のように動かなかった彼が、ようやく立ち上がった。そして、男達は彼の全身を見て言葉を失った。
今の彼は骨と皮だけで、筋肉と呼べる肉がなく、完全に骨だけで立っているような状態だ。
こんな枯れ木のような体で、一体どうやって岩のように固まり続けていたのだ?
「お、おい、待て、止まれ!!」
彼は手を伸ばした。本当に弱々しい、軽く触っただけで折れてしまいそうなか弱い細腕。
「お、俺達はただ、お前に……退いて……ひぃ!?」
掴んだ。彼はナイフを素手で掴んだ。男もナイフを彼の手から抜き取ろうとしてもビクともしない。
本当に岩だ。
まるで岩に刺さったナイフを引き抜こうとしているようだ。
「……これを向けた以上……覚悟はできているな?」
「あ、あぁ!」
震えが止まらない。男の膝の震えが止まらない。目の前の彼は、本当に人間なのか?
「く、くそぉ!!」
「……!」
もう一人、ずっと見ていたもう一人の男が彼の脇腹を刺した。
「へ、へへ……!?」
やってしまった。目の前の青年は人間ではない、そう思って刺してしまった。実はこの男は初めて人を刺したのだ、勢いだけで人生初の殺人に手を染めてしまった。その事に少し気が振れて笑いが溢れてしまった。が、
「!? な、ナイフが!?」
折れた。ナイフが折れた。
「……邪魔をした」
そう言い残し、彼は去った。掴んでいたナイフもへし折った後に、
男達は呆然としながら、彼が去るのを見届けることしか出来なかったのであった。
「……な、なんだったんだ? アイツ?」
「ほ、ほっとけ、もうアイツが現れても関わらないでおこう……」