転生したら猫で、使い魔になりましたがご主人が可愛い
それは全く予期しえない出来事であった。通学途中に猫を庇って死ぬとは。
僕は公立高校に通うごく一般的な高校生だ。趣味も特技も特にない、変わったところといえば猫に好かれるということぐらい。小学校の頃のアダ名が マタタビ となったのは、まぁ当然の帰結である。
「やばい、遅刻ー!!」
朝起きたのは家をでる時間で、急いで支度を終わらせて自転車をとばして間に合うか否かという絶妙な時間だった。
ここでパンを咥えて家を飛び出せばラブコメのはじまりじゃないかとも一瞬考えたが、猛スピードの自転車でぶつかられた相手は恋に落ちるどころか命を落とすかもしれないと考え直した。
幸いにも通学路は見晴らしがよく、人通りが極端に少ない田舎の道路なので飛び出しの心配はまったくない。はずだったのだ。
「ん?ここはどこだろう」
僕が今いる場所は川があって船がある河川敷?向こう岸で誰かがこちらを呼んでいるような。
「「すまん少年!!」」
後ろに振り向くと二人?が並んで地面に頭を付けていた、所謂土下座である。
黒いマントを着た辛気臭い感じのするおじいさんと、輝くような白い毛並みを持った美しい猫がいた。
おじいさんの方は死神で、白猫の猫又という妖怪らしい。この二人が追いかけっこしていたところに巻き込まれて僕は死んでしまったと。
「この猫が、この猫が悪いんじゃ、天寿を過ぎても逃げ回るようなことをして。今回こそはと追いかけていたら、異世界に転移して儂も急いで転移したがそこで猛スピードで突っ込んでくる少年がおったのでついつい……」
「なるほど、それでその大鎌でザックリ殺ってしまったと、なるほど概ね理解しました。これから僕どうなるんでしょう、もう死んだってことですよね」
「……すまんのう」
「少年少年、名前は何ていうのにゃ?この度は吾輩を庇って死んでしまうなんてすごくすごく申し訳ないにゃ」
「いや、庇ったつもりは全然ないんだけどなぁ」
「少年はなんて謙虚なんだにゃ、やばい素敵だにゃ!」
なぜか白猫の好感度が高くて、すごくキラキラした目で僕を見つめてくる。
猫がしゃべるなんて面白い夢だ、違和感がすごいんだけど。というか、いつ終わるんだろうかこの夢。
白猫との雑談を小一時間していたら、ボソリと死神が呟いた。
「そろそろ時間じゃ。すまないが早く君をあの世に送らないと、悪霊となってしまう。そうしたらもう輪廻の輪には戻れなくなるし、それは儂も心苦しい。本当にすまない」
おじいさんは苦い顔をして頭を深く深く下げた。僕はおじさんの苦しそうな気持ちが痛いくらいに伝わってきて、これってもしかして夢じゃないんじゃないという思いがようやくわいてきたのだった。
「待つにゃ!!我輩に考えがあるにゃ」
白猫が大声をあげた。猫の表情はよく分からないはずの僕でも、なんだか真剣な表情をしているように見えた。
自身の体は死んでいたので僕の魂が白猫の体に宿り、白猫のふるさとである異世界へと渡ることになった。そうして、僕は三途の川を渡る白猫と死神の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
最後にした白猫との会話は、自己紹介と
「きっとまた会えるにゃ、バイバイ」
再会の約束だった。
新しい世界には、エルフやドワーフや獣人なんて人種はいなかったけど魔法があった。魔法を使うには、使い魔と契約をする必要がある。そして使い魔といえば猫、僕はかわいい魔女の使い魔となった。
「シロ〜、うりゃうりゃ〜!」
僕をご主人はシロと呼ぶ、今は猫じゃらしで遊んでいる最中である。こうやって魔法使いは使い魔との親密度を高めて、より強い魔法を使うことが出来るようになるのだ。
「もう!シロがクールぶって遊んでくれない、ひどい!」
ご主人が拗ねたので、まぁ仕方なく遊ばれてやるとする。
……
「えーまだやるの?私もう疲れたよシロ」
全くだらしない、もっと鍛えてやらないと駄目だな。別に遊んでほしいとかじゃない、これはご主人のためのトレーニングなのだ。
『ご主人起きる時間だ』
朝はご主人を起こすことから始まる。そうしないと朝ごはんにありつけないからだ。
「シロ、おはようー」
ご主人は体を起こし、僕を持ち上げた。ご主人は寮暮らしである、食堂にはそこかしこに寝間着姿でうろついている女生徒がいる。
「秋おはよう!」
「夏おはようございます」
秋はご主人の親友でご主人と比べるとかなりのしっかり者だ。既に制服姿でゆったりと紅茶を飲みながら、膝の上にいる黒猫を撫でている。そしてその黒猫と目があった。
彼女の名前はクロ、名前はご主人と秋が一緒に考えたため僕と対になっている。
ご主人たちは来週始まる林間実習について話している。班分けがあってあと1人をどうするかそれが問題らしい。ご主人たちは成績優秀で感じのいい美少女、だから逆に誰を入れるか迷っているらしい。
「夏さん、秋さん」
「あ、春さん。どうかしました?」
「来週の林間実習の班に、よければいれてくれないかな」
「えぇ、私はいいとおもいますよ。夏は?」
「私も歓迎するよ!」
春は学年トップクラスの成績を誇る出来る美少女だ。そして、なんだか草食動物っぽい。
「こっちが私の使い魔。よろしく」
実習当日
「あの班ずるいよな」「学年トップ3で班組むとか」「勝てるわけがないわ」「しかし、おまえらは誰タイプよ」
ざわざわ、と周囲がご主人の班を注視している。まあご主人たちの好感度はかなりいいので、敵意とかは向けられていないみたいだけど。むしろ目の保養だって拝んでいる人までいる。
「シロ、お手おかわり! 三回回ってでんぐり返し、そしてバク転した後ににゃー!」
ササッササッスッスッスッゴロンシュタッ!
『にゃ~!』
「はわぁーすごい! 本当に言葉が分かっているみたい」
「春さん、シロは本当に人間の言葉が分かっているのかもしれませんよ」
「ひどいよー、シロは本当に頭がいいんだよー」
ご主人は僕をこねくり回しながらも、二人にムッとした顔を向けた。
普通の使い魔は人間の言葉がわからないし、お互いなんとなく考えていることが分かる程度なのだ。しかし僕は人語も猫語も完璧にわかるし、多分話そうと思えば人語も話せるはず、まぁやらないけど。
「よーし、いまから今回の実習の説明をするからよーく聞けよ」
引率の教師が今回の説明をしている。要するに、魔物というものがいてそれを討伐するのが目的である。魔物とは、生き物に襲い掛かってくるが特に捕食するわけでもない、よく分からない危険生物のことである。注意点は危なくなったらすぐに応援を呼べということと、集めた魔石によって報酬がでるということだ。
「さてさて、このチームでテッペンとるぞー!」
ご主人がニコニコ顔でスポ根みたいなことを言っている。
「「おー」」
「じゃあ、シロ索敵おねがい!」
『了解』
二股に分かれた尻尾をふりふりご主人の指示を実行する。気配を察知したのでご主人たちをそこへ誘導する。
「シロ君はすごいよね。一体どうなってるんだろう」
「確かにシロはすごいですね。複数の魔法が使用できるんですから」
「ウチのシロは天才なんだよー!」
ご主人のドヤ顔はすごくかわいいな。肉球でぺしぺししたくなる。
使い魔契約ができるのは一体だけで、使える魔法も普通は一つだけだ。
「最近この実習場の魔物はかなり活発らしいので、よく気を付けてくださいね」
「秋、じゃあ私が殿を努めよう後ろは任せろ」
「それじゃあ経験値が手に入らないよ、夏さん」
「大丈夫大丈夫、シロはすごく強いから無問題だよ。ここは二人で倒しちゃって」
「今回だけはお言葉に甘えて、でも次からはちゃんと夏も戦ってくださいね」
「はーい」
そして順調に魔物退治が進んでいく、これはもう一位の座は動かないだろう。
ご主人と秋は、同じ孤児院出身だ。僕はそこでシスターから餌をもらいながら子守をしていたんだ。二人に魔法使いの才能があるとわかったのは、七歳になったときだ。孤児院の子は、年が変わったときに全員で一つ年をとる。この国では魔法使いが学校に通うのは義務で、そこで問題となったのが二人の使い魔をどうするのか。
普通使い魔といえば猫である、そして相性も大事になってくる。シスターはこんな日がいつか来ることを予想して、僕を孤児院で餌付けしていたのかもしれない。
そうして二人の間で僕が取り合いになった話は割愛するとして、その後に秋はクロと出会ったのだ。
『ご主人、すごく嫌な雰囲気がしてきた』
「シロ、なにが起きたの?」
真剣さが伝わり、ご主人はすぐに真面目な表情になる。普段はぽやぽやしているが戦闘時の切り替えは早い。
これは、大気が歪むほどの瘴気をもった魔物がすごいスピードで地表へと登ってくる
『はやくみんな伏せて!』
「みんなすぐに伏せて!」
ご主人の言葉を聞いて、秋は春の腕を抱えて一気に伏せた。使い魔たちも同時に伏せた。
ドゴォォォ!!!
重い空気をまるで叩きつけられるような轟音が辺りに響いた。
ご主人たちは、あまりの大音量に耳が聞こえなくなっているようだ。そればかりか、まともに立つことすら出来なさそうだ。油断していた……こういうときに使える魔法だって持っていたのに。
「緊急連絡、緊急連絡。直ちにすべての生徒はここから立ち去りなさい全力で」
発信機から流れるアナウンスは、避難場所の指定もせずにただ逃げろと言っている。おそらく予想外のことに教員も対処が追いついていないのだろう。
『ご主人、ランクSの魔物』
「ランクSって、どうしてこんな所に」
ご主人の胸が早鐘を打つように脈動している
「シロがランクSと言っているのですか!? なら疑う余地はないですよ! 春さん起きて下さい」
秋はようやく立てるようになったのか、春を支えながら立ち上がり周りの状況を確認する。その目付きはいつもの落ち着いたものではなく、戦っているときに稀にみせる真剣な目だ。
ランクSの魔物は、一国の軍隊を動かしたとしても討伐不可能だと言われている、おとぎ話のような存在だ。
『敵補足した』
「はやく逃げよう!シロ案内おねがい」
ご主人たちはなんとか移動できるまで回復した、ここから避難誘導してすぐに離脱しよう。
いや、これはやばい!敵の膨大な瘴気が集中をはじめた、このままではここら一帯が吹き飛ばされるぞ。
畜生、使い魔が主人を放っていくとか。
『ご主人、ごめん!!』
僕はそのときご主人がどんな表情をしているかどうしても見れなかった。一刻も早くあの魔物を止めないと!ご主人たちを置いて僕は全速力で駆ける。
そこは遊覧船に乗れるきれいな湖だった。しかし今は赤黒い溶岩が溢れる地獄の湖だ。
このマグマの海を作り出した主は、その中心で身動ぎもせずにそびえ立っている。それは海蛇リヴァイアサン、雲にも届くほどに巨大で少し動いただけで溶岩の大津波に発生するだろう。しかし、今は瘴気を集中しているためマグマのぐつぐつと弾ける音とは対称的に身じろぎもせずにじっとしている。
ある程度近づくことでわかったが、あまりの瘴気の濃さで大気が歪んでいた。遠くからではぼやけていて何も観測できないだろう。
『短距離転移』
雲の中、うまくリヴァイアサンの鼻先に転移できた。驚いているのか、目を剥いてこちらを凝視している。
『アイスニードル』
両目を潰すことに成功、これで大技の集中を乱せた。しかし今度はその巨体で暴れだそうとする。
『身体強化』『エアダッシュ』
とにかく頭さえ潰せばいい、リヴァイアサンの眼球へとタックルし突き破り脳へ到達した。生暖かさと血生臭さに気持ちが悪くなる。リヴァイアサンの巨体がビクンと跳ねた。ここでダメ押しの
『爆裂』
残り魔力のほぼ全てを出し切る。その結果、リヴァイアサンの脳は爆散した。
『やったか』と心のなかで思ったのがいけなかったのか、リヴァイアサンのグチャグチャになった頭はまるで逆再生かのようにもとに戻っていった。
『ご主人と秋は無事に逃げられるだろうか、今回の猫生はここまで・・か』
【ご主人サイド】
「しっかりして夏、シロはきっと帰ってくるから」
移動中に私を励ます秋だってシロのことが心配なのはバレバレだ。シロが一人で逃げたなんてあり得ない、だってシロは私達が喧嘩したときは必ず仲を取り持ってくれていたし、子供たちが危ないことに巻き込まれたときには体を張って守ってくれていた。孤児院の小さな騎士だったんだ。
「うんありがと秋。それでクロはなんて言っているの?」
「クロはシロがこちら側に避難してと言っていたって、魔物は全然いないから戦闘もなく進めるって」
魔法使いと使い魔はある程度の意思疎通が可能だけど、やっぱり猫同士には敵わない。だからシロはクロに私達への伝言をしてどこかへ走っていってしまった。
「シロ君とのパスが繋がっているなら、大丈夫だよ夏さん。使い魔をやめていないってことは戻ってくるってことだって」
春さんは努めて明るくしようと振る舞ってくれる。春さんの気遣いは感じるけどシロが心配で余裕がない。どうしても顔が強張ってしまい、不安を口に出さないように口をギュッと結ぶ。シロのことだから誰かを助けるために無茶をして、戻ってこないんじゃないか。
「え……シロとのパスが切れた。」
喉の奥がカラカラに乾いて血の味がした。
【ご主人サイド終】
最早ここまでか、そう観念した僕は自らご主人とのパスを切った。使い魔契約をしている状態でどちらかが命を落とせば、死んだことが感覚で理解できてしまうため。どこかで生きているだろうという可能性がある、使い魔契約の破棄を思い付いたのだ。僕はご主人の使い魔だけど、実は僕には使い魔がたくさんいる。そのうちの一人が死んだときには、とても悲しくて涙が止まらなかった。そのことを思い出したのだ。
使い魔契約とは、人間からは魔力、使い魔からは魔法式を融通しあうことで、両者が魔法を使えるようになるWIN/WINの関係だ。魔力が電力で魔法式が家電みたいに一方だけでは使えないのだ。
僕は元人間で自前の魔力を持っているし猫と完璧な意思疎通が出来るから、うまく交渉して複数契約という反則も使える。そしてなぜか猫に好かれる体質が魔法の威力を底上げしてくれていたのだ。
『前に挑んだランクAの敵は楽勝だったのになあ』
リヴァイアサンは完全に再生した。傷一つない巨大な二つの眼球が睨みつけてくる、それは痛いくらいの殺意だ。
今にも死んでしまいそうになるほどで、恐怖が体をせり上がって全身が冷たくなっていく足がすくむ。大きな口を開けて、中から熱いマグマのようなものを吹き出そうとしている。
「転移 すまん遅くなったのう少年」
その時、目の前にいきなり転移して現れたのはいつぞやの死神のおじいさんだった。
【ご主人サイド】
「夏、シロとのパスが切れたってもしかして」
秋は顔を真っ青にしている。私も信じたくはないけど、シロは死んだと直感的にわかった。自分の死期を悟った使い魔は、パスを切って急にいなくなることがある。特に猫の使い魔のそういう話は枚挙にいとまがない程だ。
なぜ自分は止めなかったんだろう。なぜ自分はこんな所で逃げているんだろう。何故自分はこんな所にいるんだろう。どんどん目の前の全てのものが色を無くしていく。
「夏!」
秋は私を強く抱きしめた。
「……秋」
秋の温かさだけが、今感じる唯一確かなものだった。
【ご主人サイド終】
『え! どうしておじいさんが、ここに?』
僕は転移してきた死神のおじいさんに尋ねた。
「すまんの、儂は猫語はちゃんと分からんのじゃ」
そう言うと後ろを振り返った。
「ハク、すまんが通訳をしてくれるか」
『久しぶり!会いたかったにゃ、それにしてもかなり猫語上達したにゃ!』
おじいさんの背中から顔を出した声の主は、僕と全く同じ容姿で小さな鎌を背中に差していた。
「積もる話もあるじゃろうが、まずはリヴァイアサンの討伐をするぞ。早い者勝ちじゃハク」
「リヴァイアサンの体力は残り少ないから、すぐ終わるにゃ。新ちょっと待ってて」
二人はリヴァイアサンの周りで転移を繰り返し、大鎌と小鎌で傷をつけていく。ボロボロになったリヴァイアサンは喉が詰まったような悲鳴をあげると特大サイズの魔石となって消えさった。
「改めまして、ひさしぶりにゃ!」
ハクとの再会は、10年振りくらいだ
『え?三途の川を渡って輪廻の輪の中に還ったんじゃなかったの?』
僕は、ハクと再会できるとは本当に夢にも思っていなかった。
「地獄の閻魔大王様に 死神の使い魔 にしてもらったのにゃ、前職は 魔法使いの使い魔 をしていたのですごく役に立ちますと説得したのにゃ」
ハクは身振り手振りを交えて、これまでの経緯を説明してくれた。
「ちなみにハクの前職のパートナーも儂じゃよ」
おじいさんがカカッと明るくわらう
僕との事故で、ハクとおじいさんはまた昔のような関係に戻れたらしい。過去に何があったのかは詳しくは聞かなかったけど、かなり関係はこじれていたらしい。
『この十年間ずっと気にしていたにゃ。ずっと謝りたかったのにゃ。人間に戻す方法も探したけど見つけられなかったにゃ』
『猫生も案外悪くないですよ、猫又の寿命は人よりも長いですし。魔法も使えるようになった、なんだか以前より生き生きしている気がするんですよハク』
『そう言ってもらえると、とても救われるにゃ。それで、一つだけお願いがあるにゃ』
『出来ることなら聞くよ』
『死神はだれかに見られてはいけないにゃ。時々でいいから誰もいない時間を作って吾輩と会ってくれると嬉しいにゃ』
『うん、いいよ。確かに孤児院に十年もいたからなーそんなことだとは知らなかったよ、ごめんね』
『新はなんて優しいんだにゃ、やばい感謝だにゃ!』
ハクの笑顔は少し無理をしているようだったけど、これからの時間がきっと解決してくれるだろう。
あ、ご主人のことをすっかり忘れていた。いまから大急ぎでご主人の下へ戻ろう。
ご主人たちはなんとか仮設の避難所に辿り着くことが出来たみたいだ。仮設のテントの中でご主人と秋は膝立ちで声も出さずに抱き合っている。その横で春はオロオロして、教師陣もどう声をかけて良いものか戸惑っている。
お、クロがこちらに気付いたようだ。それに合わせて顔を上げた秋と目が合う、ポカンとした表情だ。秋のこんな間抜けな顔を見たの初めてかもしれない。とりあえずただいまの挨拶をしよう。
『ご主人、ただいま』
ビクッ!ご主人の肩が動いた。そういえば使い魔契約の破棄をしていたから伝わらないのかと思ったら
「シロ、ただいまじゃないでしょ!いっぱい心配かけて!!」
あれ?しっかりと伝わったみたいだ。
後日談
ご主人は、日課になっている猫じゃらしをしてくれなくなった。それどころか、ご主人の前に立つとプイとそっぽを向く、尻尾をふりふりしても全然反応してくれない。読書の邪魔をしてやれと本の上に乗りゴロゴロしてやると。僕をびろーんと持ち上げてあそんでくれるのかなと思ったら、ジャイアントスイングで庭へと投げ飛ばした。
投げ飛ばされた先には偶然にも秋が居たので、傷心を癒やしてもらうべく膝枕をしてもらうことにした。優しく撫でてくれる秋に心癒され良いことを思い付いた。秋は一度でいいから僕と契約して意思疎通を図りたいと言っていたので、今フリーだし丁度いいから契約してみようかなと思ったのだ。
クロと少々交渉して、秋と契約を結ぶのはとても簡単なことだった。そもそも秋とは仲良しだし、僕は人間の言葉もわかるし、クロもかなり協力的だったのでなにも問題はなかった。
秋もすごく喜んでくれたし、いやー良いことをしたと思っていたら。僕を視界に入れないようにしていたご主人が窓から身を乗り出して、信じられないものを見たといった表情をしていた。
そこに偶然通りがかった春を見付けたご主人は、
「うわーん、シロが秋の家の子になっちゃったー!わたし捨てられたー!」
と泣きついて、春はオロオロとご主人とこちらに視線を彷徨わせていた。
秋を喜ばせようとした気持ちもあったけど、まぁ少し意地悪をしすぎたみたいだ。
僕のご主人はご主人だけだ。