懐疑
「おっし、この石はどうだ!」
「自分で調べれるだろうが。いちいち聞くな。とりあえず割れ」
「お、そうだったな!」
ハイリが石を掌にのせて目を閉じる。
「ほっ」
軽い言葉とは裏腹に、ハイリの掌の石が木っ端みじんに吹き飛ぶ。恐らく風魔術の何かでも使ったのだろう。容赦ないオーバーキルだ。
「専用の道具使えよ」
「えー、めんどい」
「じゃあせめて跡形もなく吹き飛ばすはやめろ」
中身がちゃんと分からなきゃ調査にならないだろうが。
「ったく、しょうがねぇな……」
何がしょうがないんだ、仕事なんだから仕方が……まずいな、こんな事を自然と考えちゃう当たり俺ってけっこう調教されてるんじゃないの? 社畜として。
もしそうならば……となんとなくやりようのないショックを受けていたところ、ハイリはぶつくさ言いながらも腰を下ろし、気だるげに手ごろな石ころを拾っては割って中の鉱質を確かめる作業に入った。今となってはこの仕事が嫌われる理由が分かる。
現在、調査真っ只中。かれこれ数時間は地点ごとの石を拾っては割ってという作業を繰り返している。それをすることによって、もし鉱石を見つけたのならその近くには鉱脈がある可能性が高いと分かる。
だがしかし、そんな石一つも見当たらない。最初こそ道具で黙々と割っていくのが楽しくもあったが、やりすぎたら流石に飽きてため息が出る。
「はぁ……」
「何だらしない声を出してるのよ? しっかりしなさいよね」
手に持つ石ころから目を離しミアが手見ると、ミアがこちらをのぞき込んでいた。
「監視役さんがこの班に付きっきりでもいいんですかね……」
今は二班に分かれている。俺の班は全新入隊員及びハイリ、副隊長のクリンゲさん、現金横領の先輩と上司を殴った先輩という構成になっている。バリクさんの班は少し魔物の強い地点に行くという事で新入隊員が固められる形となった。
「バリクさんなら問題ないに決まってるでしょ? お父様もそう仰ってるわ」
お父様……そうか、この騎士団ってグレンジャー家が統括してるらしいもんな。ミアの父親がきっと頭首なんだろう。しかし最高意思決定機関にまで認められるバリクさんの信用度ってほんと凄いな。ちょっと憧れる。
「ま、バリクさんだもんな……」
尊敬と憧憬から自然とそんな言葉が口をついた。
「あー、ミア様。ちょっとよろしいですかい?」
「どうしたのクリンゲさん?」
行ってくるわと言い残し、ミアが場を離れる。
「ほんとにだいじょぶかなぁ?」
唐突に届いたのはファルクの声だ。いつものうざったらしい感じとほとんど変わらないが、心なしかその笑みは少し違うような気もした。
「どういう意味だ?」
「ほら、人って何思ってるかとか分からないっしょ? 案外心に闇とか抱えてたりするんじゃないかなぁって」
「いやまさか……」
バリクさんに限ってそんな事は無いだろう。
「ま、そっか。あれだけお人好しじゃ、あるわけないかー」
それだけ言ってファルクはぐっと腕を伸ばし腑抜けた欠伸をすると、どこかへ歩き出そうとする。
「おいファルク、まだサボるつもりか?」
「あ、ばれちった?」
「やっぱそうか」
さっきからほとんど姿を見てなかったからな。
ティミーもスーザンもちょっと向こうで一生懸命ワーキングしてるってのに。
「あ、もしかして今カマかけた!? アキちん性格わっるー! 恥を知って穴を見つけたら入ってそこから一生でてくるなー」
「言い回しがくどい」
「アキちんは存在がくどーい」
存在がくどいってマジそのまんまお前の事だよな?
相手をするのも馬鹿らしいのでどこかへ行けと手を振ってあしらうと、うざったらしいウィンクを残してどこか見えない所へと行ってしまった。
にしても心の闇、か。
確かに人間なら誰しも何かしら闇を抱えてるものなのかもしれない。だがそれはほとんどの場合は他者に言わせてみれば一言でその全てを一蹴できてしまうようななんてことないものだったりする。生きていくうち、大抵の人はいつかそれに気づき闇とはいつの間にかに目に見えないほどにまで薄れていくものだ。
だが、気付く機会を得られず、あるいは自らその機会を絶ち、悩み、苦しみ、自らを傷つけ追い詰めてしまう人間もまたいる。かつておごり高ぶり、不必要な自尊心に身を固め、人生の全てを捻じ曲げてしまった愚かな若者もまたその一人であった。
バリクさんもまた闇を抱え、あの爽やかな笑みの奥に何か冷たいもの潜んでいるとするのなら、それは果たして一体どんな存在なのか。ただ、俺とはまた異なっている気がする。
俺、あるいは最強を自称し続けていたカルロスでもいいだろう。バリクさんが言葉で一蹴できるような軽い闇など持つとは思えない。そんな小物ではないはずだ。もし仮に、本当に存在するというのならもっと大きな……。
いや、そもそも闇がある前提がおかしいな。我ながら何をファルクの言葉ごときでそんなに思慮していたのか……。
バリクさんは爽やかなイケメンで、部下からも好かれる頼りがいのある良き隊長だ。
※※※※※
さて、何か所目かの調査対象の場所についた。辺りを見てみるとどうにも見覚えがある。
「おいおいどういう事? 明らか戦闘の形跡じゃないの?」
岩肌を見ればところどころ焦げており、何かがぶつかったかのように岸壁が砕けへこんでいる。
どうすると問いたげに微笑むハイリと視線がぶつかった。とりあえず隠す必要も無いだろうと頷いておく。
「もしかしてシノビの連中か? 念のため隊長に報告……」
「あーいやいいぞ副隊長、その必要は無い」
ハイリがクリンゲさんの呟きに対して口を挟む。
「いやいや、報告しないとまずいでしょ……いくらなんでも怒られちゃうって」
「違ぇよ! 別にサボりたいとかそんなじゃないぞ!」
一見テキトーそうな男に見えるが仕事はちゃんとこなす人らしい。いや、というよりも今のはハイリと言えばサボリという固定観念か。いや事実なんだけどね? ちなみにファルクも大概サボっていたが、ハイリのおかげでまだ認知はされてなさそうだ。でもまぁ気付かれるのも時間の問題だろう。
別にそこまで必死になる必要も無いだろうが、ハイリはかくかくしかじかと身体を使って説明する。
「おいおい、そりゃマジか?」
「マジだぜ、俺もあの時はびっくりしたよ、まさかあの小さいのが強盗団を……」
ここの状況の説明をしていたはずだが、何を間違えたのかいつの間にか俺の過去話になっていた。
恥ずかしいからやめてくれませんかね?
「あのお二人方、話もいいですがそろそろ調査した方がいいじゃないですか?」
「おっとそうだった。にしても凄いじゃないのアキヒサ君。おじさん感動しちゃったよ」
「いやいや、偶然が重なっただけでして」
「またまたぁ? 深層魔術って言ったら並大抵の人間が持てるものじゃ無いんじゃないの?」
深層魔術か……思い出せばお世話になったよあの力には。というあの力が無かったらティミー助からなかったかもしれないし。
「まぁそれについてはよく分かってませんけど、深層魔術がどんな存在であれ、今は持ってないので同じですよ」
「いやアキヒサ君は謙虚だねぇ。ま、そういう姿勢も嫌いじゃないさ」
クリンゲさんは肩にぽんぽんと手を置いてくると、始めますかねと気の抜けた号令をかけた。
さてやるかと適当な場所を探すと、ハイリが話しかけてくる。
「なぁアキ、なんだったかあれ、なんちゃら祠」
「ああ、養霊の祠か」
そうか、ここがあの時の場所なら祠も近くだよな。確か丸石の向こうをちょっと行けば着くはずだ。
「調査がてらに行ってみるか……」
ここら一帯が調査対象だから別にサボるわけじゃない。
「おお、マジか! 俺も行く!」
「サボリ目的じゃないだろうな?」
「おいおい、俺を侮るなよ? サボリに決まってんだろ!」
「ぶれないな……」
いちいち注意するのも面倒なので好きにさせてやることにする。
「見たらすぐ戻るからな」
養霊の祠に向かうため足を動かそうとすると「あれ?」と言ってハイリは辺りをきょろきょろとしだす。
「どうしたんだ? やっぱちゃんと仕事するか?」
「いやしない。そんな事よりほら、周りを見てみろよ」
いやしないって何断言しちゃってんの?
もはや怒りなど起ころうはずもなくただただ呆れつつも一応言われた通りにしてみると、ハイリが言わんとしてる事を把握することが出来た。
「丸石が、無いな」
昔祠に行く時に目印にした、大きな丸石の姿がどこにも見当たらないのだ。




