害虫野郎
いやでもしかし、よくあんな事言えるなあいつ。俺だったらあの鬼軍曹に睨まれたら動けなくなる自信がある。ただあんな大声でしゃべられるのは少しばかり騒々しい。聞いてて気持ちの良いもんじゃないしな。
「貴様、二度目は無いぞ?」
「へいへい、わかりましたよっと」
遠目からでも恐縮してしまいそうな鋭い眼光をあのチャラ男に向けると、鬼軍曹はその場を離れていった。
「あっ、もしかしてあれ同いじゃねー?」
その様子を見ていた所、そのチャラ男の顔がこちらに向いてきた。
同い年? 確かに俺とは近そうだけどまぁ俺じゃないだろう。
もし俺に向けた言葉でもあんな野郎は無視に限ると思いつつ、サラダコンニャクを食べていると、そいつはあろうことからこちらに寄ってきた。
「ねぇ無視ー? てかよくそんな気持ち悪いもん食べれるねぇ? 英雄志望ー? それとも救いようのない味オンチー?」
なんだこいつ……初対面でそこまで煽ってくるか? まぁ確かに無視したの悪かったけど、流石にこれにはカチンと来るものがあるな。
「俺に話しかけてきたとは思ってなかったんだよ」
「えーなにぃ? もしかしてひっきー? どう考えても君しかいないっしょー。あ、それかもしかして難聴だったー? ごっめーん!」
俺、これはガキの戯言だ。一応生きた総年数では俺の方が上だからな。あくまで大人の対応をしろ。そもそも引きこもりの経験は確かにあるしね!
「喧嘩したいならよそに行け。あいにく俺は平和主義なんだ」
「喧嘩ー? なにそれうけるわぁ~、もしかして意外と脳筋野郎?」
あごに指を当て、首をかしげるこいつの動作に言いようも無い苛立ちを覚える。
はぁ、流しだけが大人の対応じゃないか……ここまで来ると少し説教が必要だな。
「さっきから何、かまちょなの? だったらその方法はちょっと……あぁそうか、頭が筋肉どころか脂肪の塊なのかお前は。筋肉なら動かせば鍛えられるけど、脂肪は燃焼しちゃうからね。動かしすぎてなくならないようにな?」
あれ? おかしいな、説教のつもりが上手い事煽り返しちゃいました。
「へぇ、言うねぇ……」
しばらくにらみ合い状態が続いていると、ティミーがあたふたしならがら声を発する。
「ア、アキやめよ? そ、その、えと、すみません。アキも反省しているので……」
「あっれー? もしかして君このひっきーの彼女~?」
「へ? な、そ……そ……」
急にこの手の話を振られたからか、ティミーは訳の分からない言葉を発すると、顔を真っ赤にさせてうろたえる。
てか俺ひっきーじゃないし、あくまで元だから! まぁそれはさておき、ティミーのHPがどことなくダメージを受けていそうだから代わりに答えてやろう。
「そんなんじゃない」
「えーそうなのー? じゃあさ……」
どこか含みがあるような笑みを浮かべるチャラ男にどことなく嫌な印象を受ける。いやまぁ元々嫌な印象ではあってけども、もっとこう別の嫌悪感だ。
「僕と付き合ってよ!」
「えっ……?」
「だって今独り身なんでしょー? どう? 楽しい事色々教えるからさ?」
ティミーに顔を近づき事もあろうかこのチャラ男は例のあごクイをしやがった。
これぞ俺が危惧してた害虫だ。守ってやらねば!
「なにティミーに寄ってんだ?」
肩を捉えとりあえずティミーから害虫をひきはがす。
「ティミーっていうのー? かっわいい! 僕と付き合ってよー!」
「断る!」
「なにひっきー君? ティミーちゃんに聞いてるんだけど? あ、もしかして僕と付き合いたい感じー? ホモなのー? きっもちわりぃ!」
「なんでそうなる!?」
「だよねー、じゃあ後は……」
「何がだよ! 何もないから!」
「あ、あの!」
害虫野郎と口論してると、ティミーが口を開いた。
「そ、その、ごめんなさい! 付き合えません」
深々とティミーはお辞儀する。こんな害虫相手にそんなクソ真面目に相手しなくてもいいぞ。
「あっららー振られちったー。まぁ仕方ないかー初対面だもんね。じゃあ友達からなってよ!」
「と、友達なら……」
「いらん! ティミー、こんな奴とつるんだらろくな事が無いぞ、やめとけ!」
「そ、そうかな……」
「ちょっとひっきー君うるさいよ? ティミーちゃんが誰と友達になろうが勝手だよねー?」
「お前は例外だ! とっとと失せろ!」
こいつだけは断じてティミーに近づけるべきではない!
「うるさいぞ貴様ら! 今の時をなんと心得る!」
突如かかった凛とした怒号に振り返ると、いかにも不機嫌そうに眉を吊り上げた女の子がこちらを向いていた。同い年くらいだろうか? あるいは年上のような気もする。
「今は崇高なる騎士団の試験前だぞ。場をわきまえろ」
「えー何様ぁ? でかいのは胸だけにしてくれるー? しきりたがり屋―? うっざー!」
「き、貴様……私を愚弄するか!」
「でかぱいちゃんこそ場をわきまえようよー? 崇高な騎士団の試験前なんでしょ? 胸も声もでかすぎー!」
「貴様……クッ」
最後は悔しそうに害虫から顔を背けると、さっとポニーテールの髪をはためかせ、少し離れたところに歩いて行ってしまった。
この害虫野郎、女でも容赦ないな……。でもさっきのは可哀想だと思う。
「お前、もう少し言葉を考えろよ」
「えっ、何? ひっきー君もしかしてあのでかぱいちゃんに惚れちゃったのー? 身体ー? 身体目当てでしょー?」
「えっ……」
ティミーがどこか驚いたような声を発する。
てか身体目当てとかこいつの思考ルーチンどうなってんだよ。ティミーに変な誤解招くなよ!
「んなわけあるか。確かにまぁ美人だと思うけど、俺にはもう決めた……」
ここまで言って言葉が途切れてしまう。
決めた? 今更俺は何を? 確かにあの時約束したはずだ、でもそれは破られた、自ら破いたんじゃないか? それを今になって果たしたいというのは……いやそもそも俺が今ほんとに――――俺の気持ちは一体どこにある?
「ア、アキ?」
気づけばティミーが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
良くないな、今もしかしてけっこう暗い顔してたりするんじゃないのか? 私情は私情で一人の時にでも考えればいいさ。
「お、悪い悪い。あれだ、俺にはまだ決めた人はいないんだ! まだまだ人生はこれからだからな」
「なにその発言、きっもちわりぃ! 何達観してんの? 自分に酔ってるのー? ナルシストー?」
「なんでそうなんだよ害虫」
また口論が繰り広げられそうになった矢先、地面が揺らぎそうなまでの重くにぶい音が辺りに広がる。
音の出どころへ振り向くと、例の鬼軍曹が大ぶりのハンマーの上に手を乗せていた。恐らく勢いよく突き立てたんだろう。
「注目!」
ハンマー地面に打ち込んだ時点でもう既に全員注目してるんですけど? ただもちろん間違っても口にしたりはしない。怖すぎる。
「そういえばまだ名乗っていなかったな、俺の名は七番隊の隊長、ルイス・イェンセンだ! 試験内容は全員把握しているな!」
試験内容は団長が説明してくれたので把握済みだ。
「では、今から疎通石を配布する! 先刻も団長が仰っていたとは思うが、この疎通石は騎士団全員とすぐつながるようになっている。少しでも危険だと感じればすぐに呼べ。既に多くの団員の人間が配置済みだ。無茶をせずに呼べば安全は保証しよう!」
なるほど、そういえばハイリとかバリクさんもいないな。留守警備、あるいはこのロスト・キャニオンの中に居るんだろう。
数人の騎士団により受験者に石が配られる。さて、そろそろ気合入れないと。
「よし、全員受け取ったな。各自入口の前につけ!」
俺が受け取るのを最後に、全員石が配られたようなので鬼軍曹が号令をかける。
「えと、とにかく魔物をやっつければいんだよね」
「ああ、ここの魔物から出る魔鉱石もちゃんと拾え。入れる袋は?」
「うん、ある」
「よし、くれぐれもとられないようにな。まぁ盗んだところを発見されれば牢獄行きだからそんな事する奴はいないだろうけど」
ティミーと試験内容を確認しすると、入り口の前の配置につく。
「ティミーちゃんがんばろうね!」
嬉々としながら害虫野郎がティミーに声を掛ける。
てか地味に肩に触ってんじゃねえよ変態が!
「は、はい、そうですね……」
「もー硬いよティミーちゃん! お互い頑張ろうねっ!」
人懐っこそうな笑顔ではあるが見ててイライラする。
「行くぞティミー。こんな奴の相手なんかしてたらろくな事にならない」
「ちょっとひっきー君何様ー? 俺の何が分かるのー? 分かったような口たたいて君は僕の何のつもりー? 知ったかとかきっもちわりぃ!」
「知るか、まぁせいぜい俺が犬ならお前が猿なんじゃないか?」
「あっはー! そうかもね! ねぇねぇ、犬猿の仲ついでにちょっと勝負しない?」
「は? 勝負?」
一体何をしようってんだコイツ……。
「ひっきー君さ、その歳でこの場にいるって事はかなりできるよね? たぶん百個なんて余裕でしょ?」
口元こそは笑っているが、その眼は鋭く光っている。
「さぁな。まぁでも、勝負事は嫌いじゃない」
「じゃあ決まりだね! まぁどうせひきこもりの根暗君が僕には敵わないと思うけど!」
「抜かせ」
まぁ確かに六年ほど前は引きこもっていたけどそれは昔の話だ。
ここでちょっと実力を見せつけてぎゃふんと言わせてやる。腐ってもルーメリア学院九年だ。
「じゃあ、僕が勝ったらくるって回ってワンって吠えた後土下座ねー?」
「じゃあ俺が勝てばティミーに金輪際近づくな」
「おっけー!」
よし、賭け成立だ。絶対勝つ。
「準備はできたか貴様ら!」
そこへ、鬼軍曹の声が耳に届く。
「時限は陽が谷底を照らし終えるまでだ! ではこれより、第十九回騎士団入団選抜試験を開始する!」
大きくハンマーの突き立てられる音が場に響くと、いっせいに入団希望者がロストキャニオンの中へと身を投じる。




