お小遣い
今は学院内にある救護室にいる。
無防備にも眠るミアの寝顔はとても無垢で可愛らしい。もし俺が思慮分別の無いロリコンなら間違いなくお持ち帰りしているところだな。
「……ん」
艶めく唇から吐息が漏れ出す。どうやら起きたらしい。
「起きたか?」
声をかけてみるとミアは目をぱちくりとさせた。
「ここは?」
「救護室だ」
「救護室……そっか、私あんたに負けたのね」
そう言うとミアは上半身を起こす。
「まあそうなるな」
「何よそれ。まぁいいわ、そんなことよりもよく分かったわね」
恐らく決闘の事だろう。
「正直確信は無かったけどな」
「たぶん合ってるわ。赤じゃ紺色に間違いなく燃やされる。だから私は質より量で勝負したのよ」
「炎が燃やされて消えるたびにまた新しい炎を呼び出してその時生じる圧で俺の炎を防いでいた、という事でいいよな? あの炎のリボンを消せたのは距離があって火を供給することができなかったから」
「正解よ。でもあんたが最後に使った魔術は私の炎を補てんするスピードを上回るものだったというわけ」
どうやら俺の読みは合っていたらしい、フェルドスフィアを打った時なんか壁に押される感覚があったんだよな。そこを見てみれば確かにミアの炎は消えてたがまたどこから新しい炎がなだれ込む感じだったし。
「ともあれ、アキは私に勝った。だからあの事は許してあげるわ」
「あ、ありがとう」
その言葉にホッとしつつ申し訳なさを感じていると、ふとそこで何やら違和感を覚えた。そういえばミアに名乗ったことなかったよな。
「あれ、俺お前に名前言ったことあったっけ? なんだかんだ言ってなかった気がするんだけど」
違和感を口にしてみると、ミアは急に顔を真っ赤にしてベッドから飛び降りた。
「た、たまたまよ!? ぐ、偶然あんたが知らない女の子と魔法基礎の講義の時に話してたのが聞こえて、その時その女の子があんたの事をアキって呼んでたから知ってただけっ! べ、別にあの時話しかけようとかしてなかったんだからねっ! ほんとに偶然近くに通りかかって……!」
非常に慌てた様子のお嬢様。
魔法基礎って事はキアラと話してた時か。そういえばミアいないなとは思ったんだよな同じ六年のはずなのに。でもそれにしたってそこまで長く言う必要あんの? 通りかかったならそうだと普通に言えばいいのに。
「なるほどな、でもお前すごいよ」
「な、なによ急に……」
「いやさ、火の芸術家って呼ばれてるだけあるなと思って。戦い方も綺麗だったしな」
ミアの火を自在に操るあの戦い方は非常に華麗なもので、まさに火の芸術という印象を抱かされた。しかも紺と渡り合えるほどの量の炎を出すんだから並大抵の人間にはできる事ではないだろう。だてにグレンジャー家名乗ってないんだな。
純粋に褒めると、自信ありげな笑みを浮かべてズビシっと指をさしてくる。
「当然よ! 私を誰だと思ってるの? 由緒あるグレンジャー家の娘なんだからっ」
「そうだな」
例のごとく発せられた言葉に思わず口元が緩むと、ミアは目を伏せ若干頬を赤らめた。
「あ、あと、その……ありがと」
「え、何が?」
感謝されるいわれも無かったので聞き返すとミアはまた顔を真っ赤にさせた。
「と、とにかく、次戦う事があったら絶対に負けないんだから覚えておきなさい!」
ミアは少し前かがみで腰に手を当てて言うと、どこかへ走っていってしまった。
うん、元気になったみたいで何よりだ。
*************
ミアとの戦いから数日経ち、今日も今日とて講義を受けてきた俺は寮に戻ってきていた。
あれから花壇を荒らされたりなど大した事件も無く平穏な学院生活を送っている。
まぁしいて言うなれば火の芸術家を打ち破った者として少し名前をとどろかせてしまったので、まったく見知らぬ人から決闘を申し込まれるようにはなった。ただ面倒くさいのでいつも要求する代価は『二度と俺に決闘を挑まないでください』という内容にしている。というのも一度、俺に十回連続挑みに来た奴がいたせいで、しかもそういう奴に限ってまた弱いことこの上ないのだ。
だったら断ればいい? まぁ確かに決闘の拒否権はちゃんとある。でも後で逃げたとか言われても嫌なんだよ。はい、結局自業自得ですよごめんなさい。
「あ、おかえりアキ!」
「アキおかえり~」
「おかえりなさいアキさん」
寮に入ると、三人の天使たちがロビーで談話しており、笑顔で俺を出迎えてくれた。いやぁなんと恵まれてるのだろう俺は!
「ただいま、何話してたんだ?」
「そうそう、今それについて話してたんだけどね!? この学院って月一でお小遣いくれるらしいよ!?」
キアラが興奮気味にそんな事を言いだした。
なにお小遣い? 一体どういう事だ。
「正確には学業交付金ですアキさん。この学院が私たち生徒の勉学のための補助手当ですよ。今日はその配布日になっているんです」
「なるほどそういう事……」
アリシアが補足説明をしてくれる。補足というか間違いを正してくれたって感じだな。
でもなぁ、どうせその金って学費に含まれてるんだよな……なんか申し訳ないんだけどヘレナさんに。実際どれだけ払ってんのかな。
「まぁまぁ、自由に使えるお金だからもうお小遣いでいいじゃん!」
「ですが本などを買うためのですね」
「気にしない気にしないっ」
キアラさんはあくまでその手当を私用に使うつもりのようだ。あっけらかんと笑うキアラにアリシアはこめかみの辺りを押さえて呆れかえった様子だ。
「ねぇアキー?」
「なんだ?」
「明日一緒にお買い物行こ?」
そういえば明日は休日だったな。交付金の使い道はさておき、このウィンクルム王国の城下町もちゃんと見れてないからいい機会かもしれない。
「そうだな行くか」
「やった、キアラちゃんとアリシアちゃんはどうする?」
「行く行く!」
「い、いえ私は……」
陽気に言うキアラに対してアリシアはどこか遠慮してるようだ。
「何か用事でもあったか?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
「じゃあ行こうぜ、人がいた方が楽しいって」
「そうだよアリシアちゃん」
ティミーにも言われしばらく考える様子を見せたアリシアだったが、やがて小さく頷いた。
「えっと、じゃあ……はい」
一瞬無理をさせたかと思ったが、アリシアの口元は少し綻んでいたように見えたのでその心配はなさそうだ。
「よーっし、役者はそろった! 明日が楽しみだねみんなっ」
「ちょうどいいところにいたよ」
そこへワードさんが歩いてきた。
「ほれ、あんたらのだよ」
そう言って手渡してきたのは巾着袋。中には何やら紙切れが八枚入っていた。なんというか貨幣っぽい?
「おお! 8000エルも入ってるじゃん!」
「六年は8000エル、四年は6000エルだよ」
エルというのはこの世界の通貨単位らしい。この世界に来てから二年経つのでそれくらいの事は知識として入っている。相場の事は把握してないがたぶん日本のとそう変わらないだろう。
「ふへへ……8000エルあればいろいろ……」
「キアラちゃん……」
「キアラさん……」
おいキアラ、笑い方がはしたないぞ……。ティミーもアリシアも若干引いてるっぽいんですけど。
……ともあれ、こいつの反応を見る限りでは割と自由に使えそうだ。何か良い魔術本でもあったら買ってみるか? いやでも魔術読本あるからいらないな。まぁ貯蓄も視野にいれつつてきとうに見て決めようかね。
その後晩飯を済ませると、明日の休みに少し胸を躍らせながら床についた。
何か忘れてる気がするけどまぁいいよな。




