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離郷

「ティミー、アキ君、よく聞いて」


 とある日、いつになく真剣な様子のヘレナさんに、横に座るティミーと共にしっかりと耳を傾ける。

 そして放たれたのは意外な一言。


「学校、通ってみない?」


 学校? そういえば俺も行ってたことがあるな……今の今まで平和にこの村の中で過ごしてきたせいで、学校とかいうワードはすっかりと抜け落ちてた。


「が、学校……」


 言葉の意味を咀嚼するようにそのワードを復唱するティミー。


「そう。いろんな子供が集まる場所よ」

「人がいっぱい……?」


 ティミーはそう呟くと顔を真っ赤にさせて机に突っ伏した。

 この子一応人見知りだもんね……。それにしては慣れるのは早いんだけど。


「でもどうしたんですかいきなり?」


 訊くとヘレナさんは少し考える様子を見せると、おもむろに口を開いた。


「二人ともずっとこの村にいるでしょ?」

「はぁ、まぁそうですね」

「だからたぶんほとんど世界の事を知らない」


 言われてみれば少々の知識くらいは入ってるもののこの世界の景色とかはこの村くらいしか知らないな。


「私は二人に世界をもっと知ってもらいたい。そしてその一歩としてまずこの村以外の他の人とも交流してほしいの。あと、アキ君の記憶も何かのはずみで戻るかもしれない」

「なるほど……」

 

 そういえば記憶喪失設定だったな一応……とはいえ俺はヘレナさんの実の子供ではない。勿論、本当の子どものように面倒は見続けてくれているがこの通り居候という身分だ。当然、学校に行くとなれば学費等様々な事も発生するだろうからお世話してもらった上にそれを払ってもらうなんて流石に申し訳なさ過ぎてできない。


「ティミーなら分かりました。でもあいにく俺は居候という身分です。そこまでしてもらうのは流石に気が……。学費とかもかかるんですよね? その他もろもろの経費とかも……」


 そう言うと、ヘレナさんはさも可笑しそうに笑いだす。なにこれ、恥ずかしいんだけど何故か。


「な、なんですか……」

「ふふ、ごめんね、こんな子供が言う言葉とはとても思えなくてついつい」


 実際のところ俺はこんな子供ではないんだけどね。まぁそれはさておき、確かに十二歳の少年があんな事を言うとか違和感があるよな。

 もうちょっと子供らしさを研究した方がいいかなぁなどと思っていると、ヘレナさんは笑うのをやめ、また元の真剣な表情に戻る。


「これはお願いでもあるの。ティミーもいろんな人たちと出会ったほうがちゃんとした子に育つと思う。でもこの子でしょ? 一人じゃ大変だと思うからアキ君が一緒にいてくれれば心強いなって」


 まぁこの子だもんね……確かに危なっかしい。でも学校ってあまり良い印象無いんだよな。中学とかひどいもんだったよ。教室では常に誰かがけなされてさ……高校はそういうこともなくなったとは言え、皆表っ面だけの関係を築いてる感じで常に相手との距離を推し量って窮屈(きゅうくつ)なもんだった。


 で、とりあえず今から通うとすれば中学校みたいな雰囲気の生活になるだろうから、可愛いティミーが他の女子にねたまれていじめを受けたりしたら大変な事になるし、あと可愛いから変なハエが寄ってくるかもしれないし。仕方が無い、お父さんとして見守らないわけにはいかないな!


「わかりました。ティミーのためという事なら」


 最終的にそういう結論に至り、肯定しておいた。


「じゃあアキ君もいることだし、ティミーも学校に行きなさい、ね?」


 先ほどまでずっと机に突っ伏していたティミーだがその頭を上げる。


「う、うん」


 その表情は戸惑いの色がありながらもどこか嬉しそうに見えた。






 今は雪解けの季節三月。ティミーが倒れてから二年近く経っただろうか。俺の肉体は十二歳になっている。あれから村には事件も起こらずとてもずっと平和だった。

 でもあの時の恐怖とも呼べる感情は今でも忘れられない。本当に助かってよかったと思う。ベルナルドさんもティミーが助かったと知った時には泣きながら大騒ぎしていた。村でもティミーの回復を祝い(うたげ)も行われた。


 そして最大に功労者とも言えるダウジェスだが、あれ以来姿を見せなくなった。

 ちゃんとお礼というお礼ができてないからまたひょっこりと現れてくれないかと期待はしたけど未だに現れない。まぁ今頃どっかで放浪の吟遊詩人でもしてるんだろう。


 ちなみにハイリは今でもたまに村に遊びに来ている。その度に胸の発育を確認してはいるが進展と言う進展はない。もうあいつは諦めるべきだな。


 まぁそんな事はさておき、ヘレナさんに学校への入学をすすめられたティミーと俺だが、その学校はルーメリア学院と言うらしく、ウィンクルム王都にあるという事だ。そのため寮生活になるようで村では送別会みたいなものも開かれたりした。


 学校の話があり一週間ほど経った。ついに俺達は出発の時を迎える。



「うぅ……達者でなぁ二人とも」


 情けなく泣きながらベルナルドさんが別れの言葉を言う。


「いってきます」

「学校……学校……」


 ベルナルドさんの姿に半ば呆れながら返事する俺に対して、ティミーはそれどころではないらしくさっきから学校という言葉を連呼している。この子ほんと大丈夫かな……。


「二人とも、もう一回抱かせてくれぃ!」

「もういいです」


 ばっさり切り捨ててやると、ベルナルドさんはさらに泣きわめく。


「そんな事いうんじゃあねぇよぉ! いいじゃねぇかよお!」


 なおも俺らを抱きかかえようとするベルナルドさんを手でぐいぐいと制す。

 いやだってこれで何回目よ? 五回目くらいじゃないの? 流石にもういいわ……。逆に四回もおっさんに抱きかかえられるのを我慢した俺を称賛してほしい。


「アキの野郎めぇ……。く、ティミーちゃんはいいよな? な?」


 息を荒げ、すがるようにティミーへ目を向けるベルナルドさん。ティミーといえば対象は違うかもしれないが怯えた様子だ。これ完全に絵面がアウトなんですけど。


「馬車がきたみたいよ」


 そこへヘレナさんの声がかかった。見ると確かに馬車がここまで向かってきていた。

 犯罪的なベルナルドさんからティミーを守るためにも、すぐさまその手を引いてすぐにヘレナさんの元へと行く。王都までは遠いのでヘレナさんがついていってくれる事になっているのだ。


「気をつけて行けよぉ!」

「気をつけてねぇ」

「ファイトじゃぞぉい」


 村の人達が口々に見送りの言葉を贈ってくれるので俺もちゃんとそれに返答する。


「ありがとうございます!」

「ほら、ティミーも」

「はぅ!?」


 ヘレナさんに言われるとティミーは我に返ったようで可愛らしい声を上げると村の人達にペコペコとお辞儀をした。しばらくこの村ともお別れだ。

 激励の言葉をくれる村の人達を背に俺らは馬車に乗り込んだ。

 

 


王国ってよくよく考えたらディーベス村もじゃないですか……というわけで王都に改稿しました。これより先も改稿していきます。申し訳ありませんm(__)m

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