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異世界

 

 思えば散々な人生だった。

 大学受験に失敗し立ち直ろうともせず引きこもり続けて家族に迷惑をかけ、高校を卒業してからも唯一連絡を交わしていた幼馴染の友達もいつの日かまったく連絡が途絶えた。

 

 まぁそりゃ見捨てられるよな。あいつは何度も俺を励ましてくれたが俺はその度に毒を吐き散らし、あいつの言葉を拒み続けた。


 だがいくら悔やんでも遅い。

 もう目の前だしトラック。

 運転手は居眠り運転でもしてるのか、耳を貫くような甲高(かんだか)いブレーキ音もないしクラクションの音も無い。

 というかどんどん加速してるな。でもなんでまた今日に限って外に出たんだよ俺。ほんとに気まぐれだったんだけど……。ふむ、偶然ではなく必然だったのかもしれないな、今のこの出来事は。



 そして、自分でも不思議なくらい冷静だった俺は一瞬の浮遊感を感じ意識は闇の中に飛んでいこうとする。


 これがこの世界で感じる最後の感覚になるのか。




 気が付くと目の前にこちらをのぞき込んでいる可愛い女の子の顔があった。10歳くらいだろうか。


「ひゃうんっ!?」


 俺が目を開けたのに気付いたか、その子は肩をピクリとさせ、まぁなんとも可愛らしい声を出して少し俺から後ずさり、頬を赤らめる。

 何この子、お持ち帰りしてもいいですかね? お名前聞いちゃおうかな?


「お嬢ちゃん、お名前は?」


 たずねると、その子はまたも肩をピクリとさせ、目を泳がせている。

 あーしまったな、俺としたことがこれじゃあ不審者じゃねえか。


「ごめん、いきなり知らない人に名前をきかれても怖いよね」

「えと、いいの」


 その子はそう言いながら首を横にふると、赤い頭巾の間からしっぽを(のぞ)かせているふわふわとした琥珀色の髪が連動して揺れる。

 あらやだ、なんて可愛い赤ずきんちゃんなんでしょう。



「……」

「……」


 お互い顔を見合わせたまましばらく沈黙する。

 なんとなく気まずいけど何話しても怪しまれそうだしな。


「ティミー」


 何を言おうか考えあぐねていると、赤ずきんちゃんの方から声を発してくれた。

 ティミー……名前かな? DQNネームってわけではなさそうだし、となるとここはどこなんだ? 日本語は通じるようだし日本でいいのかな……いや日本にこんな森とかないよな。となると外国? いやそもそも俺死んだんじゃ? となると残るは……。まぁいいか。


「ティミーっていうのか、可愛い名前だね。ちなみに俺は明久(あきひさ)、よろしく。まぁアキでいいよ」


 一方的に名前を言わせるのは気が引けるのと、不安そうな表情をティミーがしていたので、いったん考えるのをやめ、俺も自分の名前を言う。

 よし、我ながらこの対応はけっこう爽やかな好印象を与えられたんじゃなかろうか。


「アキ……えと、よろし……」

「グオオオォォォオオオ」


 刹那、ティミーの声は、(すさ)まじい獣の咆哮のような音にかき消された。


「ま、魔物、逃げないと!」


 ティミーはすっかり怯えた様子で狼狽(ろうばい)している。しばらく目を白黒させていたティミーだが、意を決したようにこちらを見ると、俺の手をとる。まだ状況がうまく把握できていない俺はなされるがままに手をひかれ森の奥へと走っていく。


「ここをまっすぐいけば村だから安全なはず」

「お、おう」





 ティミーと共に木の根っこなどに足をとられそうになりながらも必死に森の中を駆ける。

 突如、前方の視界が砂煙によって遮られた。

 ほんと、一体何がどうなってやがるんだ! いや、ただ一つだけ分かった。ここは俺の知ってる世界ではない別の世界、異世界だ。


「あ、あぁ……」


 か細い声を出すティミーの目線の先にはギラリと砂煙の中から不気味に浮き上がる二つの光があった。間もなくして砂煙が晴れると、そこには頭に大きな二つの角をはやし、これでもかという程に口角をあげた巨大でおぞましい怪物が立ちふさがっていた。お、いい筋肉もってるじゃないの……とかそんな場合じゃねえ!これはやばい、俺の第六感がそう告げている。


「お母さん……!」


 ティミーは悲痛な声をあげながら、身体をかかえこみ両膝をつく。


「どうすんだよこれ……」


 怪物を見れば今にも襲い掛からんとむき出された牙を光らせている。怯えている少女をしり目にただただ不安と焦燥が(つの)っていく。



 その時だ、俺の脳内には激しく荒れ狂う炎のビジョンが映し出された。



創造(クレアーレ)……」


 無意識に声を出していた。すると目の前には先ほど脳内で映し出されたような激しい青色の業火がその怪物を包みこんでいた。

 もしかして、俺が出したのか?


 炎が消え去るとすっかりその怪物は灰と化していた。


 ふと、傍らに目を向けてみる。

 ティミーは少し赤くなった目をくりくりとさせていた。しばらく茫然と灰と化した怪物を見ていたが、間もなく俺と目線がぶつかった。一難は去ったようなので小さく息をつくと、とりあえずティミーに微笑みかける。


「とりあえず、助かった……」


 みたいだね。ってあれ? 言葉が続かない、身体が重い。ダメだ意識が……。





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