カルロスの欠片③
暗がりの中、周りに群がる観客と共に、床に頭をつけた男を見下す。
「余計な事してんじゃねぇよ、クソがッ!!」
新たに構築した反加護魔術式。自分含み何人かで確かめてみたが痛覚は本物になるらしい。まさに最強であるからこそ実現した魔術。馬鹿どもには一生かかっても原理は理解できねぇだろうよ。自分にも効果がきちまうのは癪だが、まぁ最強の俺には関係ない事だ。
クーゲルを放つ。何度も、何度も、何度も。そのうち観客の物まで加わった。まぁいい、許可してやるよ。
「うっ……も、もうやめて……」
魔力弾がぶち当たるたびにカーターは呻く、嘆く。その声は俺の事を最強だと称賛しているように聞こえた。
この反加護魔術は痛覚無効の加護のみを無効化するものであり、外的損傷無効の加護は無効化しない。
すなわち今俺が成している事は拷問。それは終わる事のない苦痛、そして強者のみ許される特権でもある。最強、今の俺には似合いすぎる言葉だ。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
しばらくいたぶっていると、カーターはそんな言葉しか吐かなくなった。張り合いがねぇ。
攻撃の手をやめると、カーターは観客を押しのけそのままどこかへ走って行った。流石に少し……。いや、最強である以上当然のことだ。何を思う必要があるってんだ?
あの紺色のガキと会って以来ずっと苛々が収まらない。そんな時ついにカーターが編入生寮の花壇を荒らすなんざクソみてぇな事をしでかして爆発してしまった。俺が無様にさらされた気がしたからだ。
だがなんでだろうな、余計苛々してくんのは……。
チッ、こうなったのも全部あのガキのせいだ。いつかこの手で破壊しつくしてやるよ……。
「クク……」
自然と笑いがこみ上げるのだった。
♢ ♢ ♢
闘技大会。奴を潰すには最高の舞台だ。
あのガキが七年に上がって闘技大会を登録していたのを知ったのはつい先日だ。たまたま見ていた試合にあのガキが出てるのを見た時はついつい口元が緩んだものだ。
あの時、決闘に応じようとしただけあってそれなりに腕は立つらしく、見事九年や八年がひしめく中、決勝トーナメントまで駒を進めてきやがった。
「まぁ、そうでもしてくれなきゃ面白味がねぇわな」
目の前には大きく書かれたトーナメント表がある。アキヒサ・テンデル。それがあのガキの名前だという事は予選の実況で把握した。
勝ち進めば準決勝で当たる事になるらしい。あの感じじゃそれくらいまでならテンデルも余裕だろう。
……そこで徹底的に叩く。
しかもいい案配に、準決勝の前に俺が当たるのはグレンジャーらしい。最近割と仲が良いらしいしなあいつら。丁度いい、グレンジャーも徹底的に痛めつける。そうすれば少なからずテンデルも傷を負う事になるだろう。まぁ俺の魔術に気付けば、の話だが。
トーナメント表から離れる時、ふと疑問が頭をかすめる。
俺は一体何をやってるんだ?
♢ ♢ ♢
ミア・グレンジャーはそれはもう無様なありさまだった。普段偉そうにしてるくせに所詮ガキはガキだったか。火の芸術家なぞと持て囃されてるのも今回で終わりだったりしてなぁ? まぁもとよりあんなガイの事は眼中にねぇ。
どうやらあいつは異変に気付いていたらしく、随分とお怒りの様子で俺と対峙していた。
「あの時のガキじゃねぇか、もう七年生になってるとは意外だな?」
「あの時はどうもお世話になりました」
相変わらずすかしたガキだ。気に食わねぇ。だが感情は表に出さない。そんなもんは雑魚がやる事だ。
「まぁせいぜい楽しませてくれよ?」
「善処しますよ。ところで、花壇の件なんですけど、心当たりありますよね?」
花壇……ああ。うぜぇ。あの時の事を思い出させるな。
「花壇? 何言ってやがる?」
「そうですか……じゃあ話を変えます、さっきの一回戦のあんたの試合、何かやったんだろ?」
やっぱり気付いてやがった。ああ期待通りだよテンデル。律儀に敬語まで外しやがっていちいち腹立たしい奴だ。
「グレンジャーとの試合か……」
「ああそうだ。それともしらを切るかカルロス?」
『さぁ、早速始めましょう。果たしてこのセミファイナル第一ブロック、一体どちらが勝つのでしょうか!』
ふと、頭上から耳障りな声が響いてくる。司会の女か鬱陶しいやつだ。いつか嬲ってやるのも一興かもしれねぇなぁ?
『それではセミファイナル、はっじめ~!』
始まった。
内から何か高ぶるものがこみ上げてくるのを感じる。
ようやくだ、ようやく俺が最強だと証明できるッ!! 俺にたてついた雑魚をねじ伏せられるんだッ!
「しらを切るだと? 安心しろ、聞かれなくても教えてやるからよッ!」
そして俺はテンデルに惨敗した。
まったく、思い出しただけでも情けないぜ。散々いきりたってその結末がこれとはざまぁ無い。
だがおかげで自分を見つめ直す事が出来た。それについてはまぁ感謝に近い感情は抱いているつもりだ。
しかし勘違いしてもらっちゃ困る。俺は今まで通り最強は目指すつもりだ。だってかっこいいだろ? 俺の行く手を遮る奴らをなぎ倒して進むってのは。
ただ、固執するのはやめにした。最強であるに越したことは無いが、最強でなければならないわけじゃない。何せ俺はただの人間だからな。
だからこそ、俺はマルテル家の陰謀を阻止しようと思ったのだ。