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ダンス・マカブル

 幸いにして、斬られた肩はまだ動かせるほどので軽傷だった。ただ一歩遅れていたら腕ごと吹っ飛んでいて可能性もある。


「キアラ……?」


 名を呼んでみるも無反応。

 見ればかつて汚れがなかった白いローブには赤黒い模様が大量にこびりついていた。

 先ほどの攻撃でフードがとれたキアラの目から感情は読み取ることが出来ない。しいて言うなら悲哀だろうか? しかしそれも核心には至らない。


 姿を眺めていると、突如、キアラは大きく飛翔した。

 見上げれば、(あか)の矛先がこちらへと肉迫。咄嗟にザラムソラスを引き抜き、地に槍を受け流す。

 続いて第二撃。天を昇るように繰り出される斬撃を紙一重で回避すると、間合いを取るために、跳躍。

 しかしキアラは俺に一瞬たりとも休ませてはくれない。

 続いて飛んできたのは無数氷塊だった。無詠唱でここまで大量にそれを構築するのは並大抵の人間が出来る事じゃない。


「フェルドクリフ」


 すぐさま紺色の火の壁を構築。氷塊の吹雪を遮るが、壁は引き裂かれるように飛散する。

 キアラの魔槍だった。上向きに斬りこみを入れ、炎を斬り裂いたらしい。天に向け掲げられた紅の刃が俺に向かって、急降下。ザラムソラスでそれを受けると、凄まじい重みが全身にかかり、地を軽く砕いた。

 並外れたキアラの身体能力を直に受け、腕がしびれる。いや、例えキアラの身体能力が凄まじいものでもここまでの力は無かったはずだ。


「キアラ、正気を戻せ……」


 声をかけてみるが、やはり反応は無い。

 その間にもザラムソラスと魔槍の間で火花が散っていた。妖美に光るその魔槍は苦し気に震えるザラムソラスをあざ笑っているかのように見える。より重い力がかかると、再度地面に亀裂が生じた。

 この膠着状態では押し切られると判断、魔力をザラムソラスから大量放出する。いつの時だかファルクに使った方法だ。

 凄まじい圧に、流石のキアラも後方に飛び退く。

 

「キャーーーーーーーー!!」


 退いたキアラの後方、恐らくこの集落の人間と思われる女の人が悲鳴を上げる。キアラの注意がそちらに向いた。

 まずい。

 そう思考がよぎった時、既にキアラは宙へと舞っていた。

 夕焼けに反射し、(きらめ)く魔槍は、女の人めがけてキアラと共に突進する。俺は疾走するも、十中八九間に合わない。

 そのまま(くれない)の刺突は女の人の肉体を貫いたかと思われたが、そうはならなかった。

 地面に到達したキアラの傍でなびくのは、黒髪。


 ハイリだった。すんでところで槍の軌道をダガーで逸らしたらしい。

 しかし咄嗟の動作だったのか、ハイリの体制は今にも崩れそうなほど危うい。そこに隙有りと、すかさず紅の槍線がハイリめがけて、猛進。その間に悲鳴を上げていた女の人は場から逃れる。

 鋭く突き出された魔槍はハイリの脇腹を深く引き裂いていた。苦し気に顔を歪ませるハイリは風を乱雑に、暴発。自らの身体ごと吹き飛ばし、間合いを取った。しかし間合いを開けてもすぐに詰めていくのがキアラだ。後を追うように、飛翔。

 しかし魔槍はハイリの元まで届かなかった。


「ランケ!」


 誰かの詠唱と共に、キアラの身体は地上から飛び出た(つる)で拘束されていたからだ。

 草属性の魔術。これはティミーだ。

 俺は重力に従い落ちゆくハイリを捕捉。後方で炎を破裂させ、勢いと共にその落下地点へと滑り込む。

 地を滑走しながらも、間一髪で意外と軽い身体を受け止めると、傍でティミーが杖を構えていた。


「ごめんねキアラちゃん」


 呟くと、キアラを拘束していた蔓が一斉に魔方陣の中へと引っ込み、その身体を地面へと勢いよく縛り付ける。


「くっそ、しくじったぜ……助かった、アキ」

「しゃべるな。傷口が余計開くぞ」


 ハイリの脇腹から多くの血が流れていく。即死するレベルじゃないが、血があまり流れるのは良くない。


「え?」


 ふと、ティミーが頭上で声を上げる。

 その視線の先を見ると、キアラを縛り付けていた蔓が緑から水色へとその色を変貌させていた。

 イン・テリオーラか! 学院時代闘技大会の優勝賞品、氷属性がそれを使えば触れた魔力の性質を全て氷にする。今ほど闘技大会で俺が勝っておかなかった事に後悔を覚えた事は無い。

 ガラス細工が砕ける音と共に、氷の破片が四方へ散った。拘束するものがなくなり、自由となったキアラの目はこちらを捕捉する。


「ティミー、ハイリの治療を頼む!」

「わ、分かった!」


 それだけ言い残すと、こちらへと迫りくるキアラの元へ、全力疾走。紅い槍を迎え撃つと、重々しい金属音が辺りに響き渡った。

 お互い、後方へと跳ね、一時の間合いを取る。


「おいキアラ!」


 呼びかけても案の定返答は無い。くっそ、完全に乗っ取らてやがるのかッ!?

 しかし心内で悪態をついたところで戦況は好転しない。疾風のごとく突き出されたキアラの刺突が頬を掠める。速すぎて完全に(かわ)しきれなかった。致し方ないと牽制の斬撃を入れるが、素早い動きの魔槍で防がれる。そのまま二合、三合と打ち合うと、あまりの強さに四合目で一瞬、柄を握る手を緩めてしまった。腕を弾かれ、ザラムソラスを飛ばされるまではいなかったものの、懐をがら空きにしてしまう。


 キアラがその隙を逃すわけなかった。縦に入れられた斬撃は俺の胸板を斜めに切り裂く。あの魔槍の前では騎士団の装備も無意味らしかった。まず凄まじい、熱。そして後から襲い来る、激痛。

 このまま地面に伏してしまいそうなのを抑えると、既に魔槍は第二撃へと移っていた。咄嗟にザラムソラスを掲げると、紅の奔流がそれを弾き飛ばし、反動で身体も後方へと弾かれる。


 詰みだ。ザラムソラスも無ければ致命傷にほど近い傷。立っているので精一杯。これで勝ち目があると言うのはただの馬鹿くらいのものだろう。


 でもまぁ、そうだよな……。きっとこれは俺に対する罰だ。堕落し人を傷つけた俺への罰。思えば、俺が心を強く持てばこんな事になってなかったんだろう。きっとキアラもこうはならなかったはずだ。ねじが狂ったのはあそこからなんじゃないかな。俺達が約束したあの日から全部……。俺がしっかりとしていればあの約束、合格したらこれまでよりももっと多くの時間を一緒に共有し、親友よりも深い関係になるというあの約束を果たすことができただろう。にも拘らず俺は失敗したら自暴自棄になり、全てを投げ捨てた。もう一年でいい、頑張ればよかったのに。何浪だろうが合格さえすればよかった。だって約束の条件がそうだったんだから。現にあいつは、まだ寄り添ってくれようとしていた。なのに俺は……。


 そりゃ、怒るよな。怒って当然だ。俺が憎いだろう。そりゃそうだ。馬鹿と俺を盛大に罵りたかっただろう、でもお前はしなかった。だから今、その怒りを全て俺にぶつけてくれ。お前に殺されるのは当然の報いだ。これで許してもらえるなんて思ってない。ただ罰の一環としてそうしてくれ。いや、それこそまた俺はあいつに甘えてる事になるのか。もうこの咎はどうやっても償えない。でも……

 

「俺はやっぱりお前の事が好きなんだよな……」


 これだけは変わらない。身の程知らずなのは分かっていても、結局そこにたどり着く。まったく、どうして俺はこうも駄目なんだろうな……。

 ふと気付けば、紅い槍の矛先が俺の首のすれすれで留まっていた。

 見ると、キアラの瞳は軽く揺らいでいた。

 

「アキ……」


 ふと、俺の名を呼ぶキアラは背中から赤い何かを噴き出していた。

 前に倒れていくキアラの背後では、緑のひさしを身に着け、ザラムソラスを掲げる、銀の長髪を持つ男、ダウジェスが柔和な笑みを湛えながら立っていた。

 は? 今、何が起こって……。

 どさりと地面にキアラが倒れ伏す。その背中からは際限なく血が溢れ、一目見ただけでも命の灯が消えているのが分かるほどだった。


「あ、あかり……?」


 思わず屈みこみ、向こうの世界の名で彼女の名前を呼ぶ。

 しかし何の反応も無い。あるわけがなかった。だって生きていないのに言葉を話せるわけが無い。


「仕方がありませんでした。どうやらこれは闇魔力の込められた槍、魔槍のようですね。これに意思を完全に乗っ取られ手に負えなくなる前に代わりにこの剣を振らせていただきました」


 見上げる視線の先には例のごとく柔和な笑みを浮かべるダウジェス。視界の中がどんどん真っ赤に染まっていく。


「な、なんで殺したんだよ……」


 体内の魔力が急激に増幅する。全身が火を噴き出したように熱くなる。


「先ほどの言った通りですが……?」


 はて、とすっとぼけるような声を出すダウジェスに凄まじい憎悪で脳内が満たされるのが分かった。


「ふざけるなよ……」

「しかしあのままでは……」

「助かったかもしれないんだぞ! あかりは、キアラは……一瞬自我を取り戻した!!」


 死ぬ間際に見せたあの瞳は従来の虚ろの目ではなく、しっかりと感情の籠った瞳だった。


「そうは言われましても彼女はどのみち助かりませんでしたよ?」

「そんなもん分からねぇだろうが!!!」


 この脈動が傷のせいでは無いのは明確。完全に憤怒からくる鼓動だった。


「困りましたねぇ……ああそういえばお詫びしないといけない事が。実は私、あまりこの手の剣の扱いには慣れていませんで……先ほどうっかりを手を滑らせて彼女たちを斬ってしまいました」

「は?」


 意味の分からない発言に、機械的にダウジェスの目線の先を見やる。

 するとそこには騎士団の制服を着た二人の女の子が血を流し倒れ伏していた。


「いや凄いですねぇ……アキヒサ君、こんな扱いの難しい剣をあつか」

「そんなわけ、ないだろ? は? ふざけてんのか? お前、今なんて……」

「扱いの難しい剣で二人をうっかり斬ってしまいました、と言いましたが。いや本当にすみません」

「は?」


 視界が赤く染まる。もうどうしようもないほど真っ赤にだ。

 腰に携えるザラムソラスの鞘が激しく振動するのを感じる。体内で濁流のごとく巡回する荒々しい魔力を感じる。


「私が憎いですかアキヒサ君? ならばこの剣をとり私を殺してみなさい」

「ああぶっ殺してやるよ!!!!!!!!!!!!」


 差し出されたザラムソラスを手に取った途端、またしても体内で魔力が激しく荒れ狂う。同時に別の魔力が俺の中で際限なく溢れ出し、それを打ち消そうと光魔力が増幅すると、それに負けじとさらに別の魔力、闇魔力が膨張していくのが分かる。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああ」


 苦しい、憎い、妬ましい、悲しい、疎ましい、負の感情と言う感情の全てが体内に流れ込み、闇魔力へと変貌し、それを打ち消そうと光魔力も増える。しかしやがて、あまりの闇の強さに光魔力が覆われるのを感じた。

 それは凄まじい苦痛で、気付けば俺は地面を転げ回っているらしかった。


「アハハハハハハハ素晴らしいですねぇ! なんという魔力量!」


 ダウジェスの高笑いが聞こえる中、絶望という絶望に身体中が蝕まれると、意識がだんだん遠ざかり、ふと、景色が暗転した……――…………――――





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