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エトランゼ


 井戸の水をすくいあげ、顔に叩きつけると、幾分か気分はスッキリとした。吐くに至らなかったのは幸いだ。


「よぉアキ」


 名前を呼ぶ声に振り返ると、ハイリとティミーがどうやら戻って来たらしかった。


「顔色悪いよアキ、大丈夫……?」


 ティミーがこちらをのぞき込むように見やるので大丈夫だと言って笑みを返しておく。


「それより、一応手がかりを得たぞ」

「おお、まさかほんとに聞き出せたのか?」

「まぁな」


 ほへえーと感心したようにハイリが呻る。


「でもいったいどうやって聞き出したんだ?」

「まぁ、腹を割って話し合った……ってところだな」

「おお、そいつぁいいねぇ。男気ってもんはやっぱ人の心を開くんだなぁ、うんうん」

「やっぱりアキ凄いね」


 恐らくハイリが思っている腹が割ったとはかなり違っているだろうが、別に訂正はしない。ティミーは凄いと言ってるくれるが、決して誇れるような手段じゃないからだ。

 にしても男気ってお前女だよな? 別に大きくないけどまさか今更男の娘だったなんてのはやめてくれよ? いやまぁ控えめでもある事にはあるからその線は無いだろう。大丈夫、ちゃんと女の子だ。


「で、その聞き出せた情報ってのを早速教えてくれるか?」

「ああ、分かった。まず、どうやらキアラの向かった方角はここから南西らしい。その方角に跳躍する姿を見ている人が数人いた。それと、あいつは去り際こうつぶやいたらしい。岩? ってな。誰かに尋ねる感じで」

「なるほど……」

「と言う事は次に行くところはあそこかな?」

「たぶんそうだ」


 一通りやりとりを終えると、ハイリがその場所の名前を呟く。


「ロスト・キャニオン、か」


 ロスト・キャニオンは騎士団の入団試験が行われていた場所だ。今は違った方法で入団審査をしているからあの時から一回もそこには足を踏み入れていない。


「それともう一つ」


 言うと、ティミーが静かに口を開く。


「誰かに尋ねる感じ……?」

「そうだ。これが意味する事は何か外的な干渉があるという事だと考えられる。やっぱりあいつの意思で動いているわけじゃなかったんだ」

「良かったぁ……」


 キアラ自身の意思でやった事ではなさそうと言う事が分かり、ティミーと共に軽く安堵していると、ハイリが心なしか深刻そうな表情で口を挟む。


「まだあるぜ」

「何があるんだ?」

「お前らは南側から行ったから知らないかもしれないけど、北側には集落があるんだ。まぁ、地図にものってない小規模集落だけどな」

「えっ……それって……」

「ああ、そこが危ないかもしれない」


 ハイリがきっぱりとした口調で言うと、背中に緊張が走る。


「とりあえず、急いだほうがよさそうだな」

「まぁ、働きづめで休みたいってところだけど、仕方ねぇかぁ……」

「だね」


 俺達は急いで出立の準備をすると、夜闇の中、ロスト・キャニオンに向けて馬を走らせた。


 

 ♢ ♢ ♢



 途中、馬を休ませたり、仮眠をとったりしながら馬を走らせる事十数時間、暗かった空は既に陽の光で明るく照らされている。

 途中、キアラに遭遇できればと思っていたが、とうとうそれは叶わなかった。

 茶色い荒野の中、馬を進めること幾分、ロスト・キャニオンの巨大岩を背に集落があるのを発見したからだ。キアラには遭遇しなかったことから、既に集落は酷い惨状なのだろうかと身構えるが、それは杞憂で済んだ。


「まだ来てない、あるいは通り過ぎたか……ってところか?」


 細い谷間への入口周りに点々と木造りの建物が立ち並ぶ中で人がちらほらと歩いているのを見つつ、ハイリが口を開く。

 

「途中で行き先を変えたっていう可能性もあるよね?」

「おいおいそりゃきついぜ流石に」


 ティミーの言葉にげんなりとした様子のハイリ。まぁそうなるのも分かる。


「とりあえず聞き込みするぞ。もしかしたら何か手がかりがあるかもしれない」


 必死にここまで馬を走らせたのに無駄足なんて最悪だ。それに、これで何も無かったら全部振り出し、しかも情報のあてになりそうな存在がもう無い。

 と言う事で手当たり次第に話を聞いていくと、一つだけ興味深い事を聞くことが出来た。


「なんかよく分からねぇけどよ、クーパーの野郎……あー、あれだ、酒場の主人が早朝に変なの見たらしいからそいつに話を聞いてみたらどうだ?」


 クーパーとはこの集落に唯一ある小さな酒場の主人の名前らしい。

 もうそこしか頼りが無かったので、半ば緊張しつつもその酒場へとおもむいた。


「失礼します」


 よく西部劇とかで見られそうな扉を開け、中に入る。

 まだ九時くらいで営業してないからか中は薄暗かったが、カウンターの向こうに樽が何個も積んであり、酒が並んでいる事は確認できた。


「誰だこんな朝っぱらから」

「うお」


 急に後ろから声がかかったので振り返ると、そこには粗末な布の服を身に纏った無精ひげをはやしたおっさんがいた。


「言っとくが、閉まってるうちは商品は出さねぇぞ? 色々仕込みとかあるからな。分かったらどいたどいた」


 俺達をのけて奥に行ってしまいそうだったので、慌てて止めに入る。


「あ、いえ、そうじゃなくてですね、少し話を聞きたくてクーパーさんに」

「あ? 俺か? いったい何が聞きてえってんだい」


 立ち止まり振り返るクーパーさんに、先ほど聞いた事を伝える。


「その事か。いやあれはびっくりしたね」

「何があったんですか?」

「ああ、まだ陽もろくに昇ってねぇ早朝だ。小便するために外に出て空をたまたま見たんだよ、そしたらふっといきなり全体が赤く染まりやがったんだ。それが数秒くらい続いたか、一面赤で覆われた空は波が引くようまた元の色、紺色に戻っていったんだ」

「赤い空、ですか?」

「ああ」


 ふむ……赤い空については初耳だな。これまでキアラが引き起こしたとされる一連の事件にもそういう報告は無い。別件か、あるいは新たな情報か、もしくはこの人の見間違えって可能性もあるな。


「他には何か変わった事はありましたか?」

「他? うーん、特にねぇな」

「そうですか……」


 空が赤く染まった、どうにもこれだけじゃなぁ…。


「それはそうとよくみりゃお前さん達騎士団じゃねぇか」

「ああすみません、申し遅れまして」


 制服とは言え、自分たちの立場を提示しなかったのは失礼だったか。


「いやいや、騎士団にはちょいとした恩があるからよ。酒を出さないってのやめだ。どうだい、今からでも飲んでかねぇか?」

「いえ、俺達」

「おお! 酒出してくれんのか!?」


 断ろうとするが、即座にハイリが遮ってくる。


「騎士団のためなら遠慮はいらねぇぞ」

「おおやった!」

「ちょっと待てよハイリ、俺酒飲めないんだけど?」

「私も苦手かも……」


 クーパーさんには聞こえないように配慮しながら言うが、酒の前にハイリを止めることはできない。


「じゃあ今回を機に飲めるようになろうぜ」

「いや飲まないから」

 

 日本人だからまだ未成年の俺は酒に適合できないんだよ。いやまぁいけない事はないかもしれないけど念のためにな?


「あと、今勤務中だぞ? 仕事中に」

「じゃあ頼むぜおやっさん!」


 俺の言葉などもはや耳に届いていないらしい。遮るかのようにハイリが言うと、クーパーさんが威勢よく返事し、ろうそくに火を灯し始めた。

 間もなくして酒場内が明るくなると、クーパーさんはカウンターの席に勧めてくる。


「さぁ、あそこにでも座っといてくれ。集落の連中も呼んでくるから待っててくれよ」

「サンキュ!」


 クーパーさんが出ていくのを確認すると、もう一度ハイリを諭してみる。


「おいハイリ、さっきも言ったけど俺達仕事中だぞ? それをこんなところで飲んだくれるってどうやって報告書かけばいいんだ?」

「だぁいじょうぶだって、報告書なんかいくらでも偽造できるからよ」

「なんだこいつ……」


 仮にもこの子副団長だよね? それがなに、部下になに教えてるの? 騎士道精神もへったくれもない奴だな!


「それに、情報があれだけじゃどうせ動けねぇよ。あと、酒が飲めないならアイスティーでも飲めばいいさ。他にも色々おいてるぜ?」

「そういう問題じゃなくてだな……」


 まぁでも確かにこれだけの情報じゃどう動けばいいのか分からないのもまた事実。どうやら集落の人も集めてくれるみたいだし、もしかしたら何か聞き出せるかもしれない。


「分かったよ……どうせ止めても止められないだろうしな」

「そうこなくっちゃな!」


 心底嬉しそうなハイリに呆れつつも軽く口元が緩んでしまうのだった。

 間もなくしてクーパーさんが戻ってくると、十人くらいの男達がぞろぞろとこちらに入って来た。

 まだ話を聞いてない人もいそ……ってあれ? え?


「え?」


 可愛らしく呟くティミーの方もどうやら見つけてしまったらしい。自由奔放な銀髪野郎の姿が。

 そいつにハイリもまた気づいたらしく、その名前を呼ぶ。


「あんたダウジェスじゃねぇか!」

「おや? ハイリさんに……アキヒサ君とティミーさんじゃないですか。これは懐かしい方々がお揃いで。なんとも奇遇ですね」

「わーお……」


 思わず間抜けな声が出てしまった。というか本当に奇遇なんだろうな? 



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