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『断』

「ハイリ……」


 ミアがその名を呟いた。


「いやぁ、何日ぶりだっけか、随分と久しぶりな気がするぜ」


 懐かしむような呑気な口調でハイリが言う。


「お前、あの時どこいってたんだよ? 待ってても来ないし」


無論、ハイリと再会できたのは嬉しいが、気になる所だったので聞いてみると、ハイリは手を合わせて頭を下げた。


「それに関してはほんとすまん。実はここ数日の間頭がイカれちまってフラフラさまよってたんだ」

「頭がイカれる?」

「ああ、王都に向かう途中いきなり頭痛がしたと思ったら全部の記憶が吹っ飛んでやがった」

「記憶が吹っ飛ぶ……もしかして怪術か?」

「いや違う。俺はあの時何の目も光も見てない」


 ただ、とハイリが付け足す。


「何かの音は聞こえたかもしれない」

「音?」

「ああ、なんの音か思い出せないんだけど、別に不快な音とかそういうんじゃなかった、どっちかっていうと心に響く感じか。まぁそれは一瞬で、すぐに頭痛のせいでゆっくりと耳を傾ける暇は無かったけどよ」


 この世界の事を知り尽くしているわけではないが、音による肉体苦痛魔術は無かった気がする。


「奇妙な事もあるもんだな……でもそれはともかく、どうやって記憶を取り戻したんだよお前」


 今ここにいて、俺と普通に話せてるという事は記憶が戻ったという事だ。


「ああそれだよそれ!」

「どれだよ……」


 なんの文脈も無くいきなり指示語を出されても困るんだけど。

 呆れていると、ハイリの口からは意外な名前が飛び出してきた。


「いやな、記憶とか戻してくれたの、あいつなんだよ! ダウジェス!」

「ダウジェスって……え、あのダウジェスか?」

「ああ。放浪の吟遊詩人だ」

「マジかよ」


 あいつほんとなんなの、神出鬼没すぎるだろ。


「ちょっと、ダウジェスって誰よ?」


 疎外されていたからか、心なしか不機嫌な様子でミアが尋ねてくる。


「話せば長いけど、まぁ一番はやっぱりティミーの命の恩人だな」

「ティミーの?」

「そうだ。まぁ、色々と謎が多い人間だけどな」


 どこからともなく現れては少し話したり何かくれたり。まぁ各地を放浪してるらしいから時々会うのは分かるけど、一番最初とか森から現れたもんな。普段どこ放浪してんだよあいつって感じ。

 ダウジェスについて呆れにも似た感情を抱いていると、だしぬけにハイリから恐ろしい言葉が吐かれた。


「謎が多いってのは確かそうだよな。俺にアキの居場所を教えてくれたのあいつだからなぁ」


 その言葉に軽い寒気が背筋を走る。

 おいおい、なんであいつが俺の場所把握してんだよ、気持ち悪いんだけどいやほんと。


「すごいんだね、シノビ達を一瞬にして倒すなんて。そういう事はアキヒサ君くらいしかできないと思ってたよ」

「ッ……!?」


 突如聞こえる男の声。

 ハイリもミアも黙し、妙な緊張感が辺りを支配する。


「久しぶり、二人とも。ハイリさんについては初めましてだけど」


 森の中から現れた黒ローブを外した茶髪の男は俺の知る人物。

 その好青年な雰囲気は相変わらずか、学院の卒業試験を凄まじい勢いで通り越した化け物、学院を潰した張本人、カイルがそこにはいた。


「おいハイリ、早くミアをタラッタリアへ連れていけ!」


 咄嗟に言葉を紡いでいた。

 こいつの能力は何か分からない。そもそも目が光らないから怪術師なのかも微妙なところだ。もしカイルが怪術師じゃないのだとすれば、こいつができる芸当で一番近いのは瞬間移動。


「いや待て、ここは俺がやる。第一お前、背中に傷が……」

「そんなもん根性でどうにかしてやる! とにかく行け!」

「そ、そこまで言うならいいけどよ……」


 必死だった。恐らく俺の表情を見てマジだと分かったのだろう。ハイリはしぶしぶ頷くとミアを抱える。


「させないよ!」


 刹那、耳元に軽い痺れが起き、ブチリと凄まじい音が鳴った。

 横目で見てみると、どうやら装着したピアスは反応したらしい。

 そして前を見やると、カイルの目が光っていた。なるほど、なんの能力かは知らないけどこいつもちゃんと怪術師だったか。カルロスには改めて感謝だな。

 

「アキ大丈夫か!」

「行け!」


 叫ぶと、ハイリは分かったよとだけ残すと、それ以上何も言わずに森の空へとミアを抱えて飛翔した。


「驚いた。怪術が効かないくらいアキヒサ君は強くなったってこともしかして?」

「生憎、そんなチートは持ち合わせてない。カルロスがくれたこいつのおかげだよカイル」


 耳のピアスを見せつけると、カイルは興味深げに顎に当てを当てた。


「なるほど……怪術の構造をある程度理解したうえで造られた物みたいだね。これほどの物を作れるなら文句なしに特S判定をあげるよ」

「今になってもまだ先生気分なのかお前は?」

「まさか。そもそも最初から先生なんて自覚は無かったよ。すべてはマルテルに力を見せつけるためにやっただけだからね」


 何を馬鹿な事を言ってるんだとも言いたげにカイルは肩をすくめる。

 少なからず神経が刺激されるなか、妙に先ほどの言葉が耳につく。


「マルテルに力を……?」

「そうだよ。俺達怪術師とマルテルが組む条件がそれだったんだ。学院を潰す、というね」

「なっ……」


 つまり学院があんな事になったのはマルテルのせいだったっていうのか?


「破門したとはいえ元々マルテルの跡取りを退学に追い込んだ……わけじゃないけど、マルテルにとっちゃそれと同じだったんだろうね。たぶんこの条件には私怨もあったと思うよ」

「お前……だからってあんな事をしても……!」


胸の中にまた黒点が現れた。


「ちょっと待ってよアキヒサ君。俺も鬼じゃない。罪の無い子達を殺すのは流石にはばかられたから生徒は一人も殺さなかったでしょ? だからそんな怒んないでよ。ね?」

「でも傷つけただろうが!!」


 気付けば力いっぱい叫んでいた。学院で起きた事すべてがバチバチと脳裏で点滅する。

 同時に忘れる事ができそうだった感情、怒り、憎しみ、負の感情全てが湧き出る。体内の魔力が荒々しく奔流し身体を駆け巡る。背中の傷からどす黒い液体がドバドバ溢れてきている、気がした。


「やっぱりアキヒサ君はすごいな……だから早めに殺しておきたかったんだよね……」


 耳元でバチリと先ほどと同じような音が起こり、痺れる。カイルの目が妖美に青い光を放っていた。


「でもいつまで持つかな!」


 カイルが暴風のようにこちらへ疾走すると、剣を俺に向けて、叩き込む。

 咄嗟にザラムソラスで防ぐも、相手の剣は折れなかった。


「ふーん、やっぱあの方くれただけあるなこの剣」


 カイルは呟くと、すぐさま距離を開ける。

 バチリ。三度目の耳元の痺れ。カイルの目が青く光っていた。怪術が放たれるたびに激しく呻るピアスは確かに永遠には持たなさそうだ。


「どんどん行くよ!」


 即座に詰められ繰り出される斬撃は、重い。

 カイルは地属性土系統、主に強化系魔術に秀でた奴だ。肉体強化によるものだろう。


「怪術の効果、言っといてあげるよ。簡潔に言うと、数秒ほど時を止める事が出来る怪術なんだ」


 次々と斬撃を打ち付けつつ、カイルは続ける。


「まぁ、魔術学的に言うと脳の信号を光によって遮断、及び身体の硬直を引き起こして疑似的な制止、つまり時間が止まったような空間を作るだけなんだけどね」


 言い終えると、またカイルが後方へと飛躍し、間合いを開けた。


「フェルスティング!」


 カイルの詠唱。突如、足元に光が帯びた。

 咄嗟に回転し、その光から逃れると、元いた場所には鋭利な岩が突き出ていた。さらに逃れた先、またしても円形の、光。

 すかさず疾走すると、後を追うように鋭利な岩柱が次々と突き出してくる。止まれば串刺し

 カイルの方を確認すると、耳に四度目の電気が走る。ピキリと嫌な音が耳に届いた。


「そろそろ限界じゃないのアキヒサ君?」


 走る身体はやけに早い。カイルは余裕か、あるいは焦燥からなのか、未だにしゃべり続けている。でもどちらだとしても俺には関係ない。俺の環境を無茶苦茶にした奴を殺すまで。

 放物線上に駆け抜け岩柱を避ける。その中途、俺は一瞬の方向転換の(のち)、カイルに向かって疾駆。間合いを一気に詰めつつ魔力弾を連発する。

 カイルは剣での対応。数十もの魔力弾を二振りで消し去ると、後方に飛び退き、岩壁を顕現する。


「フェルドスフィア」


 即座に詠唱すると、俺に立ちはだかった壁を手に湛えた紺色の火の玉で、爆砕。

 同時にカイルからの魔力弾がこちらへと突き進んでいた。


「フェルドクリフ・フロッテ」


 前方、詠唱と共に現れるのは紺色の壁。それは迫りくる魔力弾を焼き尽くしながらカイルへと猛進する。俺もまたそれに続きカイルへと前進。


 視界の先、紺の炎壁が破れた。どうやらカイルがザラムソラスでも斬れなかった剣で斬りこんだらしい。紺色の炎までも斬り裂くとはあの方がくれた剣と言うのは相当の業物なのだろう。

 しかし、間合いは詰まった。カイルの目からは青い光放たれる。

 五度目の痺れ。何かがぶち千切れたような音共に、パリンと甲高い音が鼓膜を揺るがした。

 だが、身体は動いた。俺はザラムソラスの柄を力強く握る。

 薙ぎ払ったザラムソラスの刃は、青白く光る二つの珠へと吸い込まれるかのように(くう)を滑り、光の発生源を引き裂いた。

 青白い光は消え失せると、赤黒くその色を変貌させた。

 カイルが一歩二歩と後ずさり、目があったはずの辺りを手で押さえる。


「うわあああああああああああ! うわあああああああああああぁぁ!!!」


 薄暗い森にこだまする断末魔。

 鳥の大群が一斉に(こずえ)から飛び立ち、五月蠅(うるさ)い羽音を立てた。


「青白い光さえ見なけりゃいいんだろ? だったらそこを潰せれば問題ないよな?」


 地面に伏し、未だ苦悶の声を上げるカイルに、俺の口は吐き捨てると、カイルが言葉を紡ぎ出した。


「あはは……流石だよアキヒサ君は……」


 ふと、叫びを止め、震えながら弱々しい笑い声をあげるカイルは地面に血の涙をしみこませる。


「俺はさ……弥国で生まれてね……」


 カイルが話し出すと、急激に静まる魔力の代わりに、疑問がふつふつと沸いてきた。

 俺はなんで今こうしてカイルを見下しているんだ?


「この能力だから最初のうちはよかったんだよね……光は認知できないから、八歳になる頃までは普通の子供として弥国で育ってきた……。でもある日、旅の法師が言ったんだよ……こいつは怪術師だ、ってね。ああ確かにその通り。俺は自分が怪術師っていうのは気付いてたんだ。だから隠し続けてきたのに……その一言で人生が、狂った。近所の人も、友達も、そして親ですらも、法師のいう事を一切疑おうともせず、俺の事を疎んで、果てには牢屋に閉じ込められて人として扱ってもらえなくなる始末だよ……。両親なんてひどいよ。保身のためにこいつは俺達をだましてたとか言って……そんなわけないじゃん。俺はあんたらの子供だよ。耐えきれなくなった俺は、怪術を使って牢屋を出た。そしてこんな国なんか捨ててやろうって、名前も変えて、髪まで染めて弥国を出たんだ……」


 だからこの人の髪色は怪術師にもかかわらず茶色だったのか。


「そして弥国を出て何年か経った時だったかなぁ、あの方に出会ったのは」


 あの方、そういえば戦いの最中もそんな言葉を聞いた気がする。でもはっきりと思い出せない……?


「あの方は一目で俺を怪術師だって見破って言ったんだ……祖国には未だ怪術師だからと疎まれ苦しむ人がいます、そして見たところあなたは最高位怪術『断』の持ち主。きっとあなたにしかできない事がありますよ、ってね。それを聞いて俺はすぐに弥国へと飛んで、怪術師を助けに行った……。最初は確か、ジュウゾウとヒカルだったかな……。その後にテツ、サキョウ、ヒスケ……そしてやっと今のメンバーが揃った。そしてみんなは口々にこう言ったのさ……。自分たちをこんな目に遭わせた弥国の人間、そして二百年前弥国に渡って来た魔術師が憎いって。だから提案したんだよ、ならば力がある俺達で復讐しよう、ってね……」


 その言葉に何も言う事はできないでいると、カイルは続ける。


「そしてその時またあの方は現れた。そして俺達に策を授けてくれたんだ。内容はマルテルをウィンクルムの王の座につかせて弥国を滅ぼし、さらには他国を攻め落とさせ覇者にした後怪術で殺してしまうというもの。素晴らしい策だとは思わないかい? ……なのにッ!!」


 カイルが突然声を荒げる。


「カルロス、そしてアキヒサ! 君たちのせいで全部水の泡になったんだよ!!」


 咆哮するカイルが急に血だらけの顔を上げると、剣を手に取り、襲い掛かる。憎悪に満ちたその表情に思わず俺はザラムソラスを振るっていた。

 赤黒い液体が宙を舞い、カイルはドサリと倒れ伏す。

 それを確認したと同時、急に景色が暗転した……――……――――…………

 


 

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