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颶風

 もうここは何度目だったか、地下道を抜け、不帰(かえらず)の森へと到達した。

 相変わらず(もや)がかかり気味が悪い所だが、激戦の後だと懐かしさすら感じる。


「とりあえず出るか……」


 言った矢先だ。至る所から複数の足音が反芻する。

 草を踏みしめ、木々を払いのけて鳴るその音はどんどんとこちらに近づいてきた。


「悪いなミア、ちょっと降ろすぞ。どうやらまだ敵がいたらしい」


 ミアを降ろした時には周りには多くの黒装束の姿があった。剣を逆手に構えるそいつらはシノビの連中だ。

 正直言うときつい。背中から際限なく流れる血もそろそろ限界だ。意識も軽く朦朧としてきた。でもミアはなんとしても守らなきゃならない。幸い怪術の連中とは違ってシノビならまだやりやすい。勝算はある。


「アキ、あんたその傷……」

「見られちゃったか」


 背中の傷は戦士の恥ってよく言うからできるだけ見られたくなかったんだけどな。


「まぁ安心しろ。何があっても俺がお前を守り抜いてタラッタリアまで送り届けてやる。あそこまで行けば完全に安全だ。王都じゃカルロス達が暴れてくれてるみたいだしな」

「でも……」

「このアキヒサ様に敗北の文字は無いさ」


 もはや虚勢にも近しいと自分でも分かりつつ、笑いかけてやる。


「……まぁそうよね。でも私にも少しくらい手伝わせなさい。あんたの剣ならこの魔力枷も壊せるでしょう?」

「でもお前、身体は大丈夫なのか?」

「失礼ね、私を誰だと思ってるの? ほとんど飯を食べて無かろうが、寝て無かろうが、グレンジャー家の娘がそれくらいで戦えないわけないじゃない」


 ミアは挑戦的な笑みを浮かべると、魔力枷のついた腕をこちらに向ける。

 てか飯食べない、寝てない、ってけっこう大変だったんだな……。それはともかく、ここは俺に全部まかせとけ、なんて言えるほど余裕はないし、ミアも戦いたがってるなら少しばかり手伝ってもらおうか。第一、こいつも学院時代は火の芸術家(フエゴ・アルティスタ)なんて呼ばれる才児だもんな。


「分かった。でも無理はするなよ?」

「そのままその言葉を返すわ」

「へいへい……」


 苦い笑みが零れつつも魔力枷を切り裂くと、ミアが軽く手に火の玉を形成した。朦朧とする意識にムチ打ち、根性で視界を安定させる。


「やっぱり魔術が使えるっていうのはいいわね」


 呟くと、ミアはその火の玉をシノビに強打する。それが開戦の合図となったか、一斉にシノビが動き出した。

 シノビの足は速い。あっという間にこちらへ近づき、斬撃を繰り出す。すぐさまザラムソラスでその刀剣を切り裂くと同時に、その胸板を掻っ捌いた。

 しかし一人倒してもまだ敵は多い、すかさず第二撃、第三撃がこちらに襲い掛かる。


「フェルドクリフ」


 咄嗟の詠唱。シノビ達の足を止め、視界を遮る。目の前に形成された紺色の壁を貫くように、ケオ・テンペスタを発動した。火の壁を破る紺色の旋回は、前方の敵を貫き、燃やし尽くす。

 しかし、直線状の敵は一層で来たものの、まだ敵の数は多い。すぐに空間は埋められ、シノビで覆いつくされた。際限なく沸きやがって……。

 ふと、ミアの様子を見てみると、流石芸術家(アルティスタ)、例の火帯でシノビを翻弄している。しかし、ミアに近づこうとしていたシノビ達が、ふと動きを止めた。それは俺の前のシノビも同様だった。


土遁(どとん)だ!」


 シノビのうちの誰かが叫ぶと、併せて、他のシノビが後方に退散する。どうにも嫌な予感がする。


「逃げたの?」


 ミアが呟いた刹那、地面が揺らいだ。さらに周りに現れる無数の魔方陣。そのうち一つはミアの足元にあった。


「まずいッ!」


 咄嗟にミアへと手を伸ばす。

空を切る(てのひら)はミアの服を掴んだ。そのままこちらへと思い切り引き寄せる。同時、魔方陣から素早く現れる身の丈以上はありそうな、岩柱。

 間一髪だ。あと一瞬遅かったらミアはこの岩にたぶん、骨を砕かれていた。それほど凄まじい勢いでの出現だった。


「そ、その……あ、あり……」


 ミアが何かしら言いたげに口を開くので見てみると、抱き寄せる形になっていたので慌てて離す。


「わ、悪い、これは不可抗力と言うかなんというか……」


 危ない、こんなセクハラまがいの事したら火だるまにされかねない。前科持ちだからなおさらそういうのには気をつけないと……。


「馬鹿……」

「すみません……」


 ミアは軽く俯き小さく罵る。かなり怒ってるかもしれない。

 これは色々と覚悟をしておく必要がありそうだなと考えた時、視界の端に黒い影。

 咄嗟に振り向き、剣を薙ぐと、シノビが華麗に宙を舞い、近くの岩柱の上に着地した。


「なっ……!」


 後ろでミアの声。見ると、ミアがシノビに対して火の壁を形成し、進撃を食い止めていた。さらにその左方、岩柱の影からシノビが現れ、ミアに斬りかかる。死角なのか、ミアは気付いてないらしい。


「クーゲル!」


 すかさず魔力弾をぶつけると、ミアに斬りかかるシノビが動きを止めた。音でようやくミアも気付いたらしい。こちらに驚きの表情を向けている。


「アキ!」

 

 ミアが叫ぶと、その手から火の玉が脇を通り過ぎた。見ると、それを避けたのかシノビが飛翔していた。

 すぐさまミアと背中を合わせる。できるだけ死角を作らないように。


「この岩柱はそういう目的があったみたいね」

「ああ。こういう地形はシノビの得意分野なのかもな」


 俺より一回り大きな岩柱は、人の姿を隠すのに十分だ。さらに跳躍力のあるシノビはその岩柱の上に逃れることが出来る。まさにシノビが得意そうな地形だ。

 岩柱一つ一つに気を配る。どこにシノビが隠れているか分からない上に、岩柱の上に立つ奴らにも注意しないといけない。

 束の間の膠着(こうちゃく)。微かに吹く風が妙に鋭く感じられた。


「かかれ!」


 シノビの誰かが叫ぶ。

 刹那、四方八方、ありとあらゆる場所からシノビがこちらに迫ってきていた。完全に息のあったその進撃は、黒の壁が収縮しながら迫っているかのようだ。逃げ道が完全に無い。いつの間にか全岩陰にシノビが待機していたらしい。


もしかして俺らに対する奇襲もそのための陽動か! クソッ、どうする、今咄嗟に放てる魔術じゃ全員防げない。ならファルクの時のように魔力を放つしかない!


「ッ……!?」


 魔力の放出。しかし大した風圧も起きない。ここにきて魔力切れ、あるいは疲労による集中の限界か。いずれにせよ最悪だ。


「くっ」


 ミアも手詰まりなのか、悔しそうに声を発する。その間にもシノビはもうすぐそばに迫っていて――――


「んなろおおおぉぉぉぉおお!!」


 耳に聞こえる誰かの雄たけび。でもそれは女の声だ。

 刹那、凄まじい颶風(ぐふう)が髪を、騎士団の服を、草を、木々を、さらには地をも、震わす。

 あまりの勢いにシノビはおろか、周りの岩柱までも砕け飛ぶ始末。気付けば目の前には黒髪を荒々しく(なび)かせた女が地面に短剣を突き刺していた。


「待たせたな……」


 女でありながら男らしく言葉を放つそいつは、俺に道を示してくれた恩師でもあり、上司でもあり、そして友達でもある人だった。


 

 

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