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奪還

 城内を三階まで駆け上がり、監視塔の中へ。その地下に牢がある。 

 地下牢までは早かった。既に城の兵のほとんどを排除してしまったのかもしれない。それでもあまりにスムーズに行き過ぎている気もする。

 

 石造りに厳かな獄、空気はヒンヤリとしている。タラッタリアの方は湿度がそれなりにあったせいか、こちらの方がいくらか心地が良い。


「ミア、いるか!」


 ここの地下牢はタラッタリアとは違い、かなりの広さがある。声が広く反響すると、俺の声とは別の女の子の声が返ってきた。


「まさか、アキ!?」

「ミア、無事だったか! すぐ行く」


 声の方向と思われる場所へと急ぐ。

 やがて、石造りの牢屋の一角にたどり着いた。その鉄格子の先には布きれを一枚しか着ておらず、泥に汚れたミアの姿。それだけでどういう扱いを受けていたのか分かり、怒りがふつふつと沸いてくる。

 ただ、死なず、こうして無事にいてくれたのは本当にうれしい。


「アキ……!」

「すぐ開ける。フェルドスフィア」


 手に紺色に燃え滾る火の玉が形成。鍵穴へと打ち込むと、軽い爆発と共に施錠が砕け散った。

 ケオ・テンペスタを使ってしまうとミアにまで被害が及ぶ可能性があったからスフィアにしてみたけど、壊すことができてよかった。


 安堵に胸をなでおろしていると、突如牢屋の扉が開いた。同時に軽い衝撃。まさかの不意打ちに床に倒れこんでしまった。手傷を負わされていた背中に激痛が走る。

 どうやらミアが飛びついてきたらしい。


「おま……」

「ありがとう、アキ、ありがとう……」


 ミアはこちらを上目に見上げると、また俺の胸元に顔をうずめる。ミアは、泣いていた。

 恨み言を一つや二つ言ってやろうと思ったがその気はまったく失せてしまった。しばらく体制をそのままに、ミアの背中をさすってやる。

 その(かん)、胸に生まれた黒点がさらに大きく、広がっていく。

 ミアをここまで弱らせたマルテルが憎い、動こうとしなかった騎士団も、また憎い。

 破壊衝動が脳髄を満たす、満たして、満たして、満たして、それはもう破裂しそうなほどに。


「アキ、誰か来る……」


 狂いそうな思考を停止させたのは、ミアの声だった。まだ目元は若干赤かったものの、涙は止まってくれたようだ。

 耳を傾けると、確かに複数の足音が壁に反響して聞こえてきた。どうやらこちらに近づいてくるらしい。

 時を移さずして、音はすぐそばまで来た。

 咄嗟にその方向を見ると、視界の先の角からは複数の黒いローブに身をまとった怪術師達が現れる。

 右からヒスケ、ヒカル、ジュウゾウ、テツ、サキョウ、あとは知らない怪術師と思われる人間が二人。

 ただ一つ言えることは、いずれも髪の毛は黒だった。


「随分と暴れてくれましたね」


 『恐』の怪術師サキョウが口を開く。そのいけ好かない自己愛の塊のような声に、脳裏であの時の光景が再生される。


「リーダーがアキヒサをあんなに警戒する理由がちょーっと分かったかなー」

「うむ、吾輩は一度目に物を食わされたからな。最初から我が頭領のいう事は信じておったぞ」

「そりゃあテツは丸焦げにされてたもんねぇ? 今見ても笑える」

「おいジュウゾウ、そういうお前もアキヒサにやられかけてただろー?」

「うっせぇヒスケ。今なら余裕だし」

「お兄ちゃんは強くなった」


 怪術師達が口々に会話を始める。揺るがない勝利を確信してるかのようだ。完全に油断しきっている。

 今動けば勝てるか、と言っても打つ手が見つからない。怪術師三人ですら死にかけたのにこの人数でどう戦う? 一人や二人、多くても三人ならまだ算段もあった、ただ七人なんて想定外だ。勝てる気がしない。

 ミアが背中にいるってのになんて情けない。


 いやでも、やるしかないだろう。ここまで来てくたばるなんかごめんだ。俺にはまだやらなきゃならない事がある。

 とにもかくにも油断している今こそチャンスだ。一瞬ですべて決めれば問題ない。たぶんこいつらはファルクほどの速さは無い、だとすれば怪術にかかっても最悪、魔力の放出で押し切ればいい。

 無詠唱でもなんとかなるだろう。とりえあえずピュールヴェレでも……。


「させませんよ」


 突如、恐怖が全身を支配する。冷静にもこちらの動きを読み切られたらしい。あの眼鏡、サキョウの怪術だった。

 目の前の怪術師達が絶対的支配者に見えてならない。あんな奴らに敵うわけが無い、勝てるわけが無い、なんで俺はここに来た? こんな恐ろしい場所に。いや怪術だってのは分かってる、分かっているのに身体が動かない、足がすくむ、腰が引ける、逃げたい、死にたい。


「アキ……?」


 ミアが遠慮がちにこちらをのぞき込む。

 そうか、ミアはあの光を見てないのか。この感情に晒されないなんて羨ましい。ああくそ、ごめん、俺、たぶん無理だ。

 脳内を恐怖の二文字で完全に満たされかけた刹那、突如目の前の壁が轟音と共に爆砕した。

 辺りに砂煙が立ち込める。


「何が……!」


 怪術師の誰かが声を張り上げるのが聞こえた。


「やっとついたか、めんどくせぇ構造しやがってよ」

「壁を破壊していくなんていかれてる……」

「うっせぇな、迷路は飽きちまったんだよ」


 この声は聞き覚えがある。だいたい一週間くらい前か?


「お前ら……」


 やがて煙が晴れると、案の定、メールタットで再会したあの二人がそこにはいた。


「あ? なんでいんだよテメェ」

「それは……こっちの台詞だ。カルロス、カーター」


 恐怖はぬぐいきれないものの、何とか声を絞り出すことができた。


「挨拶は後でいいか? どうやらアキヒサ君はお取込み中だったみたいだぞ」

「あ?」


 カーターの言葉にカルロスが振り返ると、その先にいる怪術師を見据える。


「へっ、やっぱいやがったのか怪術師さんよ。で、アキヒサの後ろにいるのはグレンジャーか?」

「な、なによ……」

「やっぱりか。だいたいは把握したぜ。テメェも無茶すんだなアキヒサよぉ。その様子じゃ怪術食らっちまったんだな? まったく、対策もせずに無策なもんだな、最強が聞いて飽きれる」


 カルロスがそれだけ言うと、その前方に閃光の柱が数百本立ち、稲妻の壁が形成され、怪術師が見えなくなった。


「ったく、腑抜け面しやがってよ」


 振り返るカルロスはそう言いつつ俺の頭に手を乗っけてくる。


「リレアス」


 何かの魔術の詠唱と思われる声と共に、全身に電撃が走った。背中の傷もさらに広がった気がする。


「ちょ、カルロスあんた、こんな時に何を……!」

「怪術を解いてやったんだけだろ? いちいちうっせぇ」

「なっ……」


 カルロスとミアが会話を聞いてるうちに、頭の中の恐怖の二文字がすっと溶けるように消え去る。同時に身体を駆け巡る電流も散ったように失せた。

 ただ相変わらず背中はじんじんするけど、まぁ助かったか。


「怪術ってのはただの電磁的干渉に過ぎねぇ、あの光、すなわち電磁的波長が人体の目を通して被術者の脳へと異常な信号を送って、様々な錯覚を起こさせる。例えばそれは身体的な錯覚であったり、あるいは心に直接働きかける錯覚であったりだな……っつても分かんねぇか」

「いや、だいたい分かった。でもそれだとちょっと分からなくなることがある。俺がジュウゾウと戦って怪術に抗ったことがあったんだ。その時骨が何本かいったらしんだけど、錯覚なら実際あの重みは無かったって事になるよな? なんで俺は骨を折らなきゃならなかった?」

「怪術に抗う、か。まぁ仮定だが脳の信号を無視して錯覚に抗ったんてんならたぶん魔力でその信号ごと弾こうとしたんだろうな? ただそれをすれば多量の負荷が身体にかかる事になるだろうから、たぶんそれで骨がいっちまったんじゃねえのか?」

「なるほど……てかお前、よく怪術の事分かったよな、そもそも怪術の存在も知ってたのか?」


 雷系統が弱点だなんて俺はこいつに言ったことは無い。そもそも怪術師の事までどこで知ったんだ?


「へっ、今回の計画については弟のクソ野郎を捕まえて脅したら全部吐いてくれたのさ。まぁ雷系統の事はだいたい特徴で把握した」

「マジかよ……」


 弟いたなそういえば、あのいけ好かない奴。名前はなんだったか忘れたけど。見た目通り弱かったんだな。というよりカルロスが強すぎるだけか? まぁどうでもいいけど。

 しっかし、怪術の特徴だけで雷系統が得意どころか解き方まで炙り出すってどんだけ頭いいんだよこいつ。いやでもそうだよな、そういえばこいつ学院の加護の穴を見つけて利用したり、それを補てんしてさらに強化したりとかできる天才だもんな……。こんな奴とまた戦うのとか正直嫌なんだけど……。


「ねぇあんたたち、いつの間にそんなに仲良くなったのよ?」


 ふと、そばでミアがこちらに訝し気な目線を送っていた。

 仲良く、か。まぁ確かにそうかもしれないな。なんだかんだカルロスもいい奴……。


「んなわけあるか、テメェごちゃごちゃ言ってっとそのぼろい布きれひっぺがえすぞコラ?」

「な……ッ!」

 

 カルロスの言葉に自分の姿を見たミアの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。


「流石にこれはその発言はどうかと思うよカルロス」


 カーターが冷ややかな目でカルロスを見るので俺も同じような目線を送っておく。


「はぁ!? んだよお前ら! つーかこんなクソガキの裸見て興奮する野郎がいるかよ!」

「カルロスお前……そんな妄想をしてたのか?」


 こいつロリコンだったのか、なんか親近感沸くな! いやでも流石の俺でもそこまでキモくはないか、たぶん!


「はぁ!? なんでそうなんだよ!」

「カルロス、見損なったよ」


 カーターもまた別の言葉で責める。意外とこいつもノリいいんだな。


「……」


 ふと、ミアが俯き、拳をわなわなと震わせている姿を視界の端に捉える。

 まぁそりゃ怒るよな、何げにカルロス、クソガキの裸がどうとか言っちゃってたもんな。


「アキのバカ!」

「え?」


 思わず間抜けな声を上げた時には俺の頬に凄まじい衝撃が襲いかかっていた。

 てかこいつ、グーで殴りやがった、グーは痛いから。いやほんと。背中の傷絶対また開いただろ……。


「……っと」


 カルロスも少なからず心が乱れていたのだろう、壁となっていた稲妻が飛散し、消え失せた。

 怪術師が警戒した面持ちでこちらを見ている。


「てめぇらがうっせぇから魔術切れちまっただろうが、アキヒサ、てめぇの目的はグレンジャーの奪還、でいいよな?」

「あ、ああ」


 ミアに殴られた場所を気にしつつも肯定する。俺としてはミアさえ救えればそれでとりあえず目的達成だ。


「だったらこいつらは俺らにまかせとくんだな。テメェここにいる必要はもうねぇ。俺が来た地下通路でも使って失せるんだな。こっからはマルテルの問題だ。クソ親父の好きにはさせねぇ」


 いや俺も付き合う、なんて言いたいところだけど、生憎いつまで身体が持つかわからない。背中の傷一向に治る気配無いもんな……いやまぁ当たり前か。クソ親父の好きにはさせねぇ、か。どうやら何かしら思う事があるみたいだな。分かったよカルロス。


「追っ手を一人も通さないで貰えると助かる」

「まかせな。あとこれを持っていっとけ。まだ怪術師はたぶんいる、だがもし出くわしたとしてもこれがあれば数回の怪術には耐えられるだろうよ」


 そう言いながら投げてきたのは黄色い宝石のような石が施されたピアスだった。


「なに行かせようとしてんのさぁ?」


 突如、ジュウゾウが口を開く。目から放たれるのは青い光。

 同時、目の前で電気が飛び散った。身体にくるはずの重みは、無い。見ればピアスの石が薄く白い光を放っていた。


「まぁそういう事だ。行くぜカーター」

「了解」


 二人の男が怪術師に飛びかかる。その猛々(たけたけ)しい姿はまさしく竜と虎。


「ありがとうな!」


 怪術師達とカルロス達が激しい攻防をする中、カルロスが破った壁を見やる。

 恐らくここはあの地下通路で間違いないだろう。中にはたぶんまだ亡骸が伏しているに違いない。あるいはもう回収されたか? まぁどちらにせよ、あんまり気持ちのいい場所じゃないよな……。まぁ、あの現場につながってないことを祈る。


「行くぞ、ミア」

「ちょっと、私に指図を……」


 ミアが何か言うのを無視し、身体を横向きにひょいと持ち上げてやる。やっぱり女の子って軽いな。それとも魔力補正のおかげかな。


「は、走るくらい自分で……」


 ミアが顔を紅潮させ、小さく手足をばたつかせる。


「ずっと牢屋にいたんじゃ足もろくに使えてないだろう? 飯とかも満足に食えてないだろうし、軽いから何の問題も無いぞ」


 それだけ言うと、とっとと地下通路の中へと走る。

 もはや何を言っても無駄だろうと悟ってくれたのか、目は合わせてこないものの、頬を若干紅く染めたミアの手が俺の首へと回された。まぁ、少しの辛抱だから我慢してくれ。



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