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淀み

魔力の放出を中断。併せてファルクが間合いを詰めにかかる。


「フェルドクリフ!」


 予想通りの動きだった。おかげでこちらの詠唱のほうが早く、紺色の焔の壁がファルクの行く手を遮った。次は恐らく壁を乗り越えての空中攻撃。


「クーゲル!」


 上空で煙が爆散。どうやら読み通りの動きをしてくれたらしい。

 すぐさま後方へと飛躍、ある程度間合いを取り、第二撃を遂行するため、騎士団の指輪に魔力を紡ぐ。

 前方を見やればファルクが肩に手を当て片膝をついていた。顔に直撃して憎たらしい顔がひしゃげていてくれればさぞかし愉快だっただろうに残念だ。


「いいねぇアキちん……」


 にやけた面を一層際立たせ、ファルクがよろめき立ち上がると、飛翔。

 周辺にある建物から建物へ、高速移動を始めると壁を地面とし鋭く飛びまわる。こいつは隼か。

 魔力弾を放つにも狙いが定まらない。徐々にファルクの事が視認できなくなる。姿がぼやけ、黒い影へと変化した。俺の周りを駆けずり回るのは誰だ?


「ッ……!」


 ファルクが二人いた。ほんの一瞬、まばたきしただけだ。目に痛みが走った。するとファルクが三人になる。

 分身の術。その単語が脳髄をよぎった。


 同時、ファルクのうち一人がこちらに接近。すぐさまにザラムソラスで斬撃を防ぐが時を移さず後方からもう一体のファルク。

 跳ねる心臓に従い、ザラムソラスを振る。二のファルクは身体を反らし、回避。今度は真上に気配を感じた。確認する猶予もない。すぐさま地面を転がり回避する。

 俺のいた場所には案の定、三のファルクの刃が走っていた。


「びっくりしたー?」


 反芻するように聞こえる声は三人のファルクから放たれた言葉だ。


「同じ人間が三人もいるってのは気色悪いな。とくにお前だと尚更な。どうすりゃそうなんだ?」


 騎士団の指輪の様子を軽く窺いつつも言い返してやる。


「残像に魔力を供給する感じー? まぁ、どうでもいいっしょそんな事!」

「……ッ!」


 三人のファルクがこちらに向かって、疾走。直線上の進行だったので、水平斬りでけん制を試みる。

 一のファルク、三のファルクは飛躍、二のファルクは身体を大きく反らし、回避。

 即座に俺の懐に潜りこんだのは二のファルクだ。斬撃が龍の如く昇り迫る。

 まさに紙一重だった。咄嗟に身体を反らすと、逃げ遅れた前髪が数本切断される。前髪邪魔だったんだよなとか言ってる場合じゃない。

 続いて、一のファルクと三のファルクの同時攻撃。左右から繰り出される斬撃ならば旋空斬りで対応できる。

 軸足に力を籠め、解き放つ。身体の回転と共にザラムソラスが迫りくる両刃をはじいた。

 地に足がついた瞬間、二のファルクがすかさず刃を滑り込ませてくる。

 俺は咄嗟に後方へと回避。さらに軽量(リヘラ)の行使により身体の軽量化、もう一度後方へと、大幅に飛躍。ファルクとの距離が大きく開いた。だがこのままでは先ほどのようにすぐに詰められてしまうのだろう。でもそうはさせない。

 ファルク達が腰を据える一瞬の時と同時、今まで騎士団の指輪に集約していた魔力を解き放つ。


「騎士魔法【barrageo(バレージオ)】!」


 詠唱と共にファルク達が地を蹴り間合いを詰める。

 しかし、すぐに三人のファルク達は制止した。さらに二のファルクと三のファルクの消滅と共に、残った恐らく本物であろうファルクが地面に突っ伏す。


「よく、それ使えたねアキちん……」


 傍まで歩くと、ファルクは先ほどの余裕とは種類の違うような笑みを浮かべつつも、苦し気に言葉を紡いだ。


「まぁ、なんとかなった。この指輪を預けてくれたスーザンには感謝だよ」

「へぇ、スーちゃんのなんだ、それ」


 【barrageo(バレージオ)】、制止している敵の魔力の性質を強制変換する【cautirictioカウティリクシオンns】」とは違って、敵の中に自らの魔力を潜り込ませて魔力の性質を自分のものに上書きし、コントロールし、魔力の体内循環をせき止める騎士魔法だ。体内を循環する魔力を止める事によって、被術者の身体を動かすための脳からの伝達を正常に回らないようにする事が出来る。


 ただ、強力な騎士魔法なだけあって、相当の集中と詠唱までの時間が必要になるので、本来あまり戦闘中には使われないが、今回魔術を放つ時間を与えてくれなかったうえに、そもそもケオ・テンペスタ級の高速度魔術すらも避けきれるファルクにこれを成功させる以外勝てる方法が見つからなかった。効率が良いとは言えないものの、なんとかうまくいったので少し安心した。


「ファルク……」

「殺しなよ、悔しいけど僕の負けだよアキちん」


 どう声をかけるべきか迷っていた所、ファルクが突如そんな事を言いだすが、何も言うことが出来ない。


「きっもちわり……ほんと、アキちんって甘ちゃんだねぇ。僕は敵。分かってる? 最初から騎士団を欺くため、というか騎士団内で誰かを寝返らせるために入っただけだし」

「寝返らせるってまさか……」

「せいかーい。隊長さんをそそのかしたのはこの僕」


 そういえばメールタットでだったか、バリクさんとファルクが一緒にいたところを見た気がする。その時か?


「ま、入った当初から話はしてたけどねー。僕ってさ、一人で生きてきていつの間にか人の闇を見抜くのちょー得意になってたんだよねぇ……。で、あの人は今まで見てきた人間の中で一番分かりやすかった。会って一目でわかったよ。あの乾いた笑みはほんと、素直に尊敬してるアキちんとかただの馬鹿にしか見えなかったね」

「馬鹿で、悪かったな」


 実際、俺はバリクさんの事を心から信用していた。全てをゆだねられる、そんな安心感にも似た感情しか感じていなかった。でもこいつはそうではなく、バリクさんの全てを見破り、まんまと落して見せた。腹は立つ。でも少し悔しい。


「もうだるいし、とっとと殺してくんね? 死んで幽霊になってアキちん呪い殺してあげるからさ?」

「……そんな事言われて殺せると思うのか?」

「思わない。だってアキちんってチキンだもんねぇ? そのうち身体ぶつぶつになるんじゃね?」


 相変わらず口汚い奴だ。でもまぁ、今はそれでいい。


「まぁ、それについては同意しといてやる。俺にお前は殺せない。何せチキンだからな」


 ファルクが静かに息を吐き、少し時間をかけて仰向けになると目を閉じた。

 とりあえずいつまでも【barrageo(バレージオ)】を使ってられないし、とりあえず【cautirictioカウティリクシオンns】で捕まえておくか。


「……うっざ」


 突如、目の前に赤い何かが(ほとばし)った。見ればそれはファルクの手首から発生したらしい。赤く染まったその両手には、汚れた小さな刃が握られていた。


「ファルクお前……!」

「僕、アキちんのそういうとこ、ほんと、無理……なんだよねぇ」


 薄い笑みを浮かべるファルクの目からはどんどん光沢が失われていく気がする。動脈を的確に切ったらしい、ファルクの手首からは際限なく血は流れ続ける。


「おいしゃべるな、今止血してやる!」


 とにかく騎士団服の裾をザラムソサラスで斬り裂き、ファルクの傷口に当てて抑える、青い布切れは一瞬にして赤紫に染まった。

 もう一方の裾を斬り裂こうとした時、ふと、ファルクの血だらけの手が弱々しく俺の手首を掴みそれを制止する。


「バリクさんも、だけど。アキちんも大概だよね……。淀んで…………………」


 弱々しく俺の手首を掴む手の力が完全に抜けた。目に光沢は無く、その顔には一つの笑みも、無い。

 闇の世界で生きてきた男の末路だった。

 悲しくない、と言えば嘘になるだろうか。でも俺にはまだやらなくちゃならない事がある。こんなところで立ち止まるわけにはいかない。


「にしても……」


 俺も大概ってどういう事だ、そもそも淀んでって、何が淀んでるんだ?

 どこか腑に落ちないものを感じつつも、ミアのいるであろう地下牢に急いだ――――



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