決意
門は既に開いていたので滞りなく通過することが出来た。傍らには二名の騎士団員が伏していたことから恐らくキアラの仕業だとみられる。
心優しいはずの彼女を何がここまで変貌させたというのか。
考えるだけで言いようのない不快な感覚が心臓の辺りで渦巻く。でも今はとにかくあいつを追って止める。血を浴びるのは俺だけで十分だ。
街道沿いをひたすら突っ切る。ミアがダスクレーステに送還されるのが明後日だというのならもはやどこかで休むことは許されない。ただ、俺の魔力量は多いとは言え、フェルドフルークを使い続ければ確実に枯渇するはずだ。途中で馬を借用するか奪うなりするしかないだろう。
やがて、大河に構える関所が視界に飛び込んだ。俺が捕まえられた場所だ。
しかしどうにも様子が違うのはその門は閉じておらず開け放たれている事だろう。嫌な予感が脳裏を横切る。
「プレステール!」
門まで飛ぶと、凄まじい風が進行を阻んだ。顔を腕で庇いつつも薄目を開けて様子を確認する。
ひどい惨状だった。清楚な白塗りの建物の一部は崩れ、原型が保たれたものでも氷が細菌のようにこびりつき、皮肉にも幻想的な光景を演出していた。
間もなくして吹き荒れる豪風が止んだ。橋の上には二人の少女が対峙している。傷一つないキアラの周りには氷の刃が浮遊し、目の前には氷の壁。槍を構えるスーザンは肩を上下に揺らしつつキアラの方を睨み付けている。
戦力差は一目で分かった。あのスーザン相手にキアラは圧倒的有利な状況にあるらしい。
突如前方の氷の壁が散った。併せて浮遊していた刃の猛進。スーザンはすぐさま応じ、槍を水平に薙いだ。氷の刃の群れは煌びやかに砕け散る。
しかしそれは予測済みだったか、キアラは迷いなく疾走。間合いを詰め、飛翔する。
スーザンが槍を引き絞り何かを放とうとしたようだが、キアラの進撃は早い。スーザンはすかさず槍の持ち方を修正。襲い掛かる紅い縦の奔流を、槍の曲線に滑らせ艶やかに受け流した。まともに受ければ槍ごと切り裂かれる事を理解しての事だろう。
だがキアラの体制は崩れなかった。素早く地面に放物線を描き身体を、反転。槍を引き絞る。
「スーザン!」
咄嗟に叫んでいた。あの筋ではスーザンが確実にやられる。
繰り出されたキアラの刺突。紅い切っ先はスーザンの腰を切り裂いた。俺の声が集中を途切らしたか、槍の軌道がそれ、致命傷は回避したようだ。キアラはこちらを一瞬見ると、即座に手をつきスーザンの腰元へ、回し蹴り。
爆風でも受けたかのようにスーザンの身体は左の壁にたたきつけられた。
キアラがおもむろに槍を投げる。スーザンにではない、天に向かってだ。重力に従い落ちるかとみられた紅い槍だったが、地面近くでふわりと浮くと、横たわった。
その上へとキアラは器用に飛び乗ると、関所の向こうへと追いかける間もなく発進した。
どうやらあの槍は移動手段にも用いることが出来るらしい。ただそんな事よりも今はスーザンだ。
「大丈夫か!?」
駆け寄ると、がれきの中でスーザンが顔を伏せ壁にもたれせき込んでいた。
「アキヒサ……か」
スーザンはうめくように名を呼ぶと、自嘲気味にくつくつよのどを鳴らした。
「守護長である私がこのざまだ。なんとも情けない。私がふがいないせいで皆散ってしまった……」
気配に誘われ、後ろに視線を移す。血を流した亡骸を数体発見した。改めて彼女へと向き直る。
「お前は悪くない。こればかりは仕方ない」
悪いのはキアラでも無い。そこまで変わらせた何かが悪い。
紅く妖美に光るあの槍が脳裏に横切った。
「貴様ならそう言うか」
スーザンは小さく呟く。その言葉の真意ははかりかねた。
「……やはり、行くのか?」
俺の方を見据えると、スーザンが静かに尋ねてくる。その目は少しきつくこちらに向いていた。
「ああ。あいつを止めて、ミアを助ける」
「ミア様を貴様が? 怪術師の力は凄まじいから準備を整えた方がいいのだと言ったのはどこの誰だった?」
「関係ない、失敗しても俺一人が犠牲になるだけだ。何の問題も……」
言いかけて口をつぐむ。
俺にはいるはずだ、友達と言えるような奴らが。半ば強制的に村に送り返してティミーは怒ってるだろうから謝らないといけない。アルドとアリシアにも色々話をしてやらないといけない。ハイリを探さなきゃいけない。カルロスと決着もつけなくちゃならない。俺はこの世界に来て様々な仲間と呼べる存在に出会えた。それは目の前にいるスーザンも例外ではない。そんな相手に自分くらいが消えていいなどと口が裂けても言えるわけが無いだろう。
「いや大ありだな。だから俺は生きて帰る。キアラを止めて、ミアを助けて、また笑って帰ってきてやるよ。怪術師? 知るか、この膨大な魔力とザラムソラスを持った俺が行けばあんな奴ら問題じゃない」
スーザンは少しだけ驚いた表情を見せると、穏やかになった瞳と共に口元を緩めた。
「フッ、ならば問題は無いな。応接間のある建物があっただろう。そこに予備の騎士団着があるから持っていけ。その姿で戦うのはいくらなんでも危険だろう」
まさに浮浪者変装セットへと化した着衣を改めてみると、自ずと口元が緩んでしまう。確かにこの格好をはた目から見れば甚だ滑稽な姿に映るだろう。防御力も皆無だ。
「それとこれを渡しておく」
スーザンが指からそれを抜き、おもむろに差し出す。
紅い宝石の中に刻まれる盾のような紋章。静かに光を放つのは指輪だった。そしてそれは騎士団の証であり、誇りである。
「これは……」
「ミア様を頼んだぞ、アキヒサ・テンデル」
スーザンが挑戦的な笑みを浮かべ鼓舞してくれる。
「ああ、まかせとけ」
指輪を握り、返答すると、言われた場所で騎士団の服へ着替え、指輪を装着し、外に出る。
関所の向こうには馬がいたので拝借し、夜の街道を走った。