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関所突破

 リコルド村跡からしばらく馬を走らせ、関所近くに差し掛かったところで街道を逸れ、林の中から近づいていく。

 もうじき岩山の間にある堅牢な門が待ち構えてるんだろう。

 しかし実際は違った。目の前に広がるのは予想外な光景。


「どういう事だ……?」


 キアラの方を見ると、虚を突かれたという具合に目をぱちくりしていた。


「ちょっと、様子聞いてくる。私なら顔もばれてないと思うから」


 それだけ言い残し、白いローブを脱いで近くの枝にかけると、林の中から街道の方へと慎重に走っていた。


 その背中を見送る先、壊れているのは関所の門だ。かつて厳かに道を塞いでいたであろうそれは、誰かにけ破られたかのように木の刃を尖らせていた。

 紛れも無く人為的に破壊された跡だ。


 間もなくしてキアラが戻ってくると、これ使ってとどこから見繕ったのか、身体を隠せるほどのぼろきれを放り投げてきた。

 その表情はどこか複雑な感じである。


「どうだったんだ?」


 布を受け取りながら問うと、キアラは少し言いにくそうにしながらも口を開いた。


「騎士団だって」

「え?」

「これ、騎士団が壊したって」

「は?」


 騎士団が関所を壊したって事か?


「昨日夕方くらいかな? 騎士団の人達がこの関所を破ったらしいよ」

「マジかよ……」


 でも少しだけ合点がいくことはあった。


「……それで逆賊呼ばわりってことか」

「可能性はあるよねー」


 まぁでも、とキアラが付け加える。


「見張り側に死者はいないらしいし、何か理由があったんじゃない? 本当に騎士団だったかも怪しいと思うし」

「だといいけどな」


 にしても、もしこれが騎士団だったとしてわざわざ汚名を被ってまで突破した理由が分からない。一体何がやりたいんだ騎士団は。

 とは言え、今回のこの情報には少し希望も持てる。関所突破した理由はもちろん分からないが、もしそれが本当に騎士団だというのなら、少なからず騎士団の生き残りがいるという事。そしてその中にはスーザンやハイリ、ミアもいるかもしれない。


「で、どうするー?」

「何が」


 キアラが唐突にそんな事を言うので何のこと分からず聞き返す。


「さっき聞いてみて確認できたけど、私別に手配も何もされてなさそうだったから」


 なるほど、キアラはつまりこう言いたいんだろう、私が聞きに言ってあげるから別に関所なんて突破しなくても大丈夫になったと。


「いやいいよ。本来俺が一人で片づけなきゃならない問題からな、キアラに頼ってばかりじゃいられない」

「おお、アキが男前な事言ってる!?」

「普段男前じゃなくて悪かったな」

「いやいや~少なくとも一人からはそう思われてるんじゃないの~? ねぇどうですの?」

「だからそういうのマジでいいから!」


 どこぞの貴婦人よろしく頬に手の甲を当てて身体を寄せてくるキアラを全力で押しのける。

 まったく、こいつは俺とティミーにどうしてもらいたいんだよ。いや別に俺はどうしたいとか無いからね? まぁしいて言うなら成長を見守ってやりたいって感じだな!


「で、そんな事はどうでもいいんだ。仮に騎士団がここを突破したとして、どこに向かってると思う?」


 とにかく言及を避けるため、話題を逸らしにかかると、照れ屋さんだなぁ、などとほざきながらも一応答えてくれる。


「まぁそうだね、メールタットかタラッタリア? 少なくともダスクレーステじゃないと思う」

「妥当な線だな」


 タラッタリアと言えばメールタットとは逆の位置に存在するグレンジャー直轄の都市。同じく海上貿易が盛んだ。メールタットと違う事と言えばある程度自治化してるか否か、もう一つ、相手にする国の違いくらいのものだろう。


「あれ、じゃあタラッタリアに向かった方がよくない?」

「いや遠い」


 メールタットは比較的王都の近くにあるからかかっても一日、対してタラッタリアまで行くとなると数日はかかってしまうだろう。確かにタラッタリアには王都七番隊とは別の、副団長率いる隊が十数名いたはず。確かに安全度で言えばタラッタリアかもしれない。とは言えやっぱり時間は惜しい。


「それに、どうせいい機会だ、コリンにでも会ってやれよ」


 キアラは何にも言わずに旅に出ていた。コリンは割とよくあったから大丈夫だとか言ってたものの、やっぱり寂しいとも言っていたから是非とも顔を合わせてもらいたかったし、両親の方も心配じゃないわけがない。

 キアラもキアラで戻る気は無いつもりだったかもしれないけど、会いたくないわけは無いと思うんだよ。


 しばらく黙っていたキアラだが、やがて口を開いた。


「ありがとう」

 

 笑顔で軽く放たれたはずの言葉に何故か重みを感じる。

 なんだろう、この妙な感覚は。


「さてとりあえず、そろそろいかなきゃねー」


 ストレッチするとキアラは白ローブを身に(まと)うので、俺もそれにならい受け取ったぼろきれを纏う。とりあえず騎士団の服だけでも隠しておくためだ。


「キアラ、中の状況はどんな感じだった?」

「けっこう軍の人はいっぱいいたよー? けっこう警戒もしてそうだった」

「そりゃそうか……」


 関所破りをされたんだ、警戒を強めないわけが無いだろう。


「あ、でも騎士団にやられたんだと思うけど、何人か傷を負ってる人もいたみたい。あと全体的に疲れた感じだった?」

「疲れた感じ、か」


 まぁ確かに精神的にきついものはあるか……。


「で、どうする?」


 問いかけるキアラの目に鋭い光が宿る。場合によっては殺すのもいとわないと語り掛けてくるかのような錯覚に陥る。しかし無論キアラにそんなつもりは無いだろう。


「堂々と行くぞ。もちろん殺しはしない」


 現状、もしかしたら本当に騎士団が逆賊の可能性もあるので軍の人たちと血を流すわけにはいかない。


「おお、何か名案が?」

「たぶんこれでいけるはずだ。フードを被ったまま付いて来てくれ」


 馬の手綱を引きつつ街道沿いに出る。できるだけ無表情で。


「おい貴様らは何者だ?」


 破砕した門の傍まで近寄ると、番兵と思しき数名が歩いてきて、そのうち一人が声をかけてきた。

 なるほど、傷こそ無さそうだけど確かに疲れてる感じがする。

 騎士団と実際交戦したのか、それとも徹夜でこの場所までかけつけさせられたかのどっちかだろう。いずれにせよ確かに疲れる事に変わりはない。


「……旅の者ですが?」


 少し間を置き淡々とした口調で告げる。


「通行証を見せろ」

「……」


 間があったからか少し警戒した面持ちで番兵が要求してくるのを、あえて沈黙で返す。


「……無いのか? ならば去れ。通行証無き物を通すわけにはいかん」


 あえて動かずに黙っておく。


「貴様いい加減に……」

「通せ」


 そろそろしびれを切らしたか、口を開こうとするのを即座に遮る。


「なんだと?」


 番兵達の剣がこちらに向けられる。様子を察したか、門の向こうの番兵もこちらに近づいてきた。

 同時にすぐさま自らの剣を抜刀。真っ二つに斬り裂いて見せる。


「なっ……」


 急な出来事だったせいか、番兵達が一歩後ずさる。


「通せと言うのが聞こえなかったのかァ!? それとも俺に歯向かうか? ウノスゾイレ!」


 できるだけ激高したように怒鳴り、さらに重ねて魔術を詠唱。

 俺の右と左からは激しい紺色の焔が噴き出す。


「言っとくがな? 俺はお前らをいつだって殺せるんだこの紺色の炎でなァ!」


 できるだけ大きく、紺色を特に強めに。

 まず武器を斬り裂くだけの装備の存在、そして紺色の炎の使い手であることの強調。

 うまくいったかは分からないけど、とりあえず恐怖を植え付ける事ができたはず。


 ウィンクルム軍はある程度訓練を受けた人間の集まりだが、所詮マルテルの金で雇われる傭兵だ。個々の力は騎士団には到底及ばない上に、義理なんてものはほとんどの人間が持ち合わせてない。その上、色々あって疲れているところにまた命の危機にさらされれば余計戦う気も失せるだろう。


「ひっ」


 一瞬膠着するもの、番兵の一人が情けない声を発し、端によると、次々と番兵達は道を開ける。

 最後に残ったのは最初に声をかけてきた奴だけだ。恐らくこいつがこの軍隊長だったんだろう。

 でもたぶん次でいけるはずだ。


「俺と戦うのか傭兵風情がよ? 死んだら金も使えねぇぞ? 通せば生かしてやるつってんだ!」


 落ちた。

 軍隊長もまたゆっくりと道を開けるのでその中を進ませてもらう。

 礼は言わず、あくまで傲慢に、振り向かず、こちらの立場が上だという事を認識させながら。


 どうやらうまくいったみたいだ。


 軍人の間を抜け、なんとか成功したことに一息ついた刹那、なにか風を切るような嫌な音が耳についた。


「しまッ……!」


 普通敵に背を向けるとかありえないだろ、流石に演技しすぎたッ!

 咄嗟に振り向く。視界の中、一瞬矢を捕捉するも、唐突に何かの障害物によって遮られた。

 視界を遮るそれは、どうやら大きな氷の板のようだ。


「詰めが甘いぞアキヒサ司令官?」


 フードをとったキアラがこちらにウィンクしてきた。


「助かったよ」

 

 もう苦笑いせずにはいられない。

 だってこれ俺一人だったらたぶん死んでたからな……。傭兵だからって甘く見過ぎていた。てか、たぶん俺殺しても褒賞貰えるもんな、騎士団って事がばれてなくても関所破りの時点で罪人だし、そりゃあ隙があれば何か仕掛けてくるよな。


「無詠唱で割と早く消えちゃうと思うから、はやく行っちゃおうっ」

「了解」


 できるだけ急いで馬にまたがり、メールタットへと走る。

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