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廃村にて

 時々魔物が襲ってきたものの、取るに足らない相手だったので幸いだった。

 しばらく馬を走らせると、視線の先に何かの白壁の丸っぽい建物群を確認できるのと同時に、途中から始まる街道が姿を現した。

 ただ街道とは言うものの、草も多く生えており、あまり整備はされていないようだ。

 そのままそのさびれた街道を進むと、先ほど見えた建物群に到達する。


 遠くから見る限りでは誰かいるのかなとも思ったが、どうやら誰もいないようだった。白塗りの小型の建物はすすけ、ところどころ亀裂が走っており、入口と思しきアーチ型の木でできたゲートは既に腐食が進んでいるようだ。


「ここは?」

「リコルド村っていうみたい」

「リコルド村?」


 聞いた事が無い村だ。


「うん、旅をしてたら偶然見つけたんだよねー」


 よっとキアラが馬から飛び降りると、廃村の中へと入っていくのでその後に続く。


「随分と放置されてるみたいだな……」


 中は外から見た光景と同様に、すっかり荒廃しきっていた。建物が崩れた跡も見受けられる。


「二十年くらい前だっけ、どこかの村が強盗団に襲われたって聞いた事があるから、たぶんそれだと思う」

「二十年くらい前か……」


 俺が異世界に来てからまだ六年程、まぁ分からなくてもあり得る話だ。しかしディーベス村色々あったよなぁ。

 昔の頃を思い出しながらいくつかの家を見て回りつつ、手ごろな場所に入る事にした。

 家の中は当然薄暗いが、中央に囲炉裏があり、周りには散らかったわらがあるという事くらいは確認できた。


「でも入ったはいいけど、ここって安全なのか?」

「それについては問題ないよー。何回か使わせてもらったことあるけど、聖粉の効果は薄れてないっぽいから」

「それなら安心できそうか」


 村や街にはめったに魔物が入ってこないのは聖粉が撒かれているかららしい。

 実際どんなものかは見た事ないけど、聖粉ってけっこう効果長持ちなんだな。


「はいこれー」


 キアラが俺に何かを差し出した。どうやらランプらしい。

 火をつけろってか。まったく、人使いが荒い奴だな。まぁ別に、ランプの火をつける事は何の苦労も無いからいいんだけども。


「ほれ」

「よきにはからえっ」

「殿様かよ」


 などとどうでもいいやり取りをしつつ中に座る。


「さて、これからどうするー?」


 切り出したのはキアラだ。


「とりあえず、王都についての情報は欲しいよな」

「確かに、話を聞く限りじゃなんでウィンクルム軍がいるのか見当つかないもんねぇ」


 キアラの言う通り、魔物騒動、王都にセキガンが襲来、奪還作戦を決行、失敗、怪術師の追撃、何が起きたのかさっぱりだ。ただ、俺は王都からけっこう時間を離れている。その間に何かしら動きがあったんだろう。例えば軍が話を聞いて駆け付けたとか。それにしては早すぎる気もするけど……。


「情報収集、か」


 今俺達に必要な要素はこれだろう。ただしその方法が見当たらない。


「関所、突破してみる……?」


 唐突に、キアラがそんな事を提案してきた。

 関所突破か……。確かにメルム関所の方を破れば先にはメールタットがある。あそこは国間での貿易の拠点と同時に、自治都市のような形態だ、大きく王国側は介入できないはず。情報も豊富だろうし、比較的身の安全も確保できて一石二鳥だろう。

 ただやっぱり関所突破は流石に危険すぎる気もする。


「わざわざそんなリスクを冒すくらいなら教会の方に回った方がよくないか?」


 王都にいったん近づかなくてはならないとは言え入るわけではない。多少迂回すればそもそも見つからない可能性もある。教会でも王都の現状は分かるはずだ。


「まぁそれだと確かにいったんはいいかもしれないけど、そのうち教会にも捜査が入ると思うんだよねぇ」


 ああ確かに。鋭い意見だ。

 あの様子だと王都内では騎士団あるいは俺は指名手配扱いされてる可能性がある。逆賊だとかなんとか言われたからな。たぶん捜索隊も駆り出されるはずだ。そしてその捜索範囲は恐らく今の段階では関所内になるだろう、となると自ずと教会の方に足を向けられる。


 教会とて権力には逆らえない。

 もしそのタイミングで教会に俺たちが滞在していたら恐らく突き出されてジエンドだろう。それは逆にリスクが高くなるという事だ。


「キアラにしては上出来だな」

「むっ、なにそれー?」


 このー! とキアラが掴みかかってくる。


「ちょ、やめ!」


 制止させようと抵抗すると、ランプが倒れ、火が消えてしまった。

 そのまま勢い余って俺自身も倒れさせられてしまう。

 目の前には薄明るい月に照らされたキアラの顔。さっぱりとした短い髪が頬をくすぐり、動悸が若干乱れるのを感じる。


 何秒経っただろう、少なくとも五秒以上は目線をぶつけ合っていたと思う。

 キアラの方から視線を逸らし、身体をどける。その頬は少し赤く染まっている気がした。

 しばしの沈黙。顔が熱い。キアラの事をまともに見る事が出来ない。

 気を紛らわすべくランプに火をつけいじりながら時間を潰す。

 これはよく冒険とかで使われそうな感じだなぁ、キャンドルランプという奴だったか、この火種には軽く魔力が籠ってるようだ、かなりの時間連続で照らし続けられるだろう。こっちの世界とは少し構造が違うかもなこれ……。


「ゴッホン」


 咳払いが聞こえるので恐る恐る見てみると、キアラもまた同様、若干視線を外していた。

 しかし間もなく、こちらを向くと、何やらいやらしい笑みを浮かべ始めた。


「さて、これからの方針も決まった事だし、とりあえずティミーとの猥談でも聞かせてもらいやしょうかねぇ?」

「はっ!? 何言ってんのお前!?」


 思わず声を荒げてしまった。

 ティミーとはそんなんじゃないから! 何を馬鹿な事を言ってるんだこの女は!


「おや、その様子はまさか……」

「待て誤解だ! そんな話は一切ない! そもそも俺とティミーはそんなんじゃない! 同じ屋根の下だけどそういう事とか無い!」

「本当かなぁ?」

 

 ほれほれ~とキアラは肘でつついてくる。


「そんな事より、アルドとアリシアにも会ったぞ! あいつら魔術研究所にいったんだってな!」

「え、ほんと!? あ、でも話を逸らしましたね!? これはクロ確定……!」

「だから違うって言ってるだろうが!」


 しばらくこんなやり取りを続けさせられ、ようやく飽きてくれたか、普通の話題にシフトチェンジしてくれた。

 散々もてあそばれたものの、いつものキアラらしいからかい方に、どことなく安心している自分もいるのだった。



***********



「あれ……」


 いつの間にか寝ていたらしい。ランプの光が無防備に眠るキアラの顔を照らしていた。

 まったく、警戒心薄いなぁこいつは。

 でももう起きてしまった以上、精神衛生上よくない。見張りでもしておきますかね。


 若干寝るには冷えていたので騎士団のコートをかけてやり、外に出る。まだまだ夜は深そうだ。

 周囲を見渡す。やはり聖粉の効果はちゃんとあったようで、村の外は特に変わった様子も無く、とても静かだ。

 時折風が吹くと、草木のざわめきが耳を通り抜ける。おおむね清々しい。


 何をするでもなく村内を適当に歩き回る。

 ふと地面に目を落とすと、手帳のようなものを発見した。

 砂が被り汚れていたのでそれを払うと、表紙の右下に何かの文字が書かれているのを見つける。

 ア…ンバ……? 鞍馬? なわけないか。ボロボロになっているせいでよく読めない。


「これは……」


 暇つぶしがてらに開いてみると、中には丁寧なウィンクルムの文字が書かれていたので読んみる。


 おとうさんとおかあさんがはたけでしごとをしていたので、ぼくもてつだうとよろこんでくれてうれしかった。


 誰かの日記か何かだろうか? なんとなく文の様子的に子供が書いたものみたいだ。他も読んでみる。


 もりではじめてまものをいっぴきたおした。うぃんくるむきしだんにはいれるかな?


 まぁ日記だろう。にしてもこの子は騎士団に憧れてたみたいだな……。なんか俺が騎士団なだけに嬉しいな。

 しばらくパラパラと読んでみると、同じような日記が綴られている中、途中から急に文字の羅列が崩れ、殴り書きのようになっていたので思わず手を止める。

 とりあえず先に手前の部分を見ると、何やら今までのは少し違いそうな事が書かれていた。


 あのおじさんたちはだれだろう? みたことがない。


 嫌な予感がする。

 少し心の準備をし、殴り書きされた方のページへと移る。


 こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。


 乱雑にそう書かれていた。どうやらまだ続きはあるらしい、次のページを開く。


 やめて! ころさないで! こわさないで!


 不穏ななワードが目に飛び込む。日付は無い。恐らく前ページと同じ日だろう。


 ああよろいのおじさんがこっちにくる! ぼくはしぬんだしぬんだ! 


 そこで日記は終わっていた。なんとなく後味が悪い。

 これはたぶん強盗団が村に襲われた時の事を綴ったものだ。この手帳の持ち主は恐らく子供、ひどく怖かったに違いない。でもわめけば自分が見つかると聡明にも理解し、でも抑えきれない感情をここに書きなぐって沈めていたのかもしれない。

 そっと手帳を元の場所に置く。冥福を祈りながら。

 人の書き物なんてあまり見るもんじゃなかったよな、反省。

 

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