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異変

 意外と深くまで潜っていたせいか、もしくは念のため走りながら行ったせいか、宵の明星も目立たなく、いや既に見えなくなってるのかもしれない、森を出て上を見ればすっかり夜の星空だった。


「意外とかかったな……」


 まぁ、まだ今頃の季節だと七時くらいになれば暗くなるか。今が仮に七時と仮定すればスーザンがいなくなってもう四時間くらいになるのか。……絶望的だ。


「早くハイリさん……だっけ? 連絡連絡!」

「ああ、そうだったな」


 キアラが慌てた様子で促してくる。こうも急いでるのはミアの事もあるからだろう。移動途中、キアラにはここまでに至った経緯は話しておいたのだ。

 ミアは王都に残っていたはずだ、どこまで今回の作戦に参加してるのかは知らない、ただ作戦失敗となれば王都はセキガンの手に落ちた事になる。そうなればミアの身も決して安全とは言えないだろう。

 ハイリの結晶をはめた疎通石を取り出し、魔力を流し込む。

 ……反応は無い。


「出ない」

「え、嘘!? 何かあったって事!?」

「どうだろうな……」


 やっぱり王都は危険な状態だったか、あるいは森で入れ違ったか……。


「まぁけっこう森にいた時間が長かったからな、入れ違いくらい起きてもおかしくない」

「え、でも……」

「仮にもし何かあってもハイリなら大丈夫だ」


 言霊(ことだま)、というものが本当に存在するかは分からないものの、とりあえず言いきっておく。まぁ実際は、こうでもしなければ精神的に厳しいからというのが大半の理由だったりする。


「アキがそう言うならいいけど……」

「行くぞ」


 キアラは少し浮かない表情をしていたが、今は早い所王都に行っておきたいので深くはつっこまない。

 平原を走り、街道に出る。

 今一度周りを確認。怪しい人影はいない。奇妙なくらい静かだ。まるで何も起こってないかのように。

 この広さなら奇襲をかけられる事はないだろう、とにかく街道を進むことにした。


 間もなくして、大きな城壁が見える。城下町に混乱してる様子は無い。それどころかきちりと門は閉められているようだ。


 さらに進むと、城壁を取り囲む水堀の上に掛けられた石造りの橋がはっきり見える。その手前には人影が二名ほどおり、その脇では数名の誰かがたき火をしているようだ。テントも張られていてその横には数頭の馬がいる。

 どう考えても警備の光景だ。もしかして騎士団が勝てたのか? 

 とりあえず念には念をという事で、いったん少しだけ離れた平原の段差の下に隠れる。


「そういえばキアラ、学院の生徒手帳とか持ってるか?」

「え、持ってないけど……」

「そうか……じゃあちょっと待っといてくれないか? 生徒手帳があるからいけるってわけじゃなかったけど、無いならなおさら入れないと思う」

「なんでー?」

「なんか警備が復活してるみたいなんだ。もしかしたら騎士団が勝ったのかも」

「え、ほんと!?」

「まだ分からない、だからちょっと見てくる」


 それだけ伝え、人影に近づいていく。

 あちらもこちらに気付いたようで、何人かが剣を構えてきた。

 夜だからよく見えないだけかと思っていたけど違うみたいだ。簡素な鎧の下の服の色は黒らしい。あれは確か……王国軍の制服だったか。だとすれば妙だな、なんで軍の人間が警備を? 騎士団の仕事のはずじゃないのか?

 まぁとにかく、今は騎士団であることを知らせて敵じゃない事を分かってもらうのが先だな。

 

「ウィンクルム騎士団三番隊下位騎士、アキヒサ・テンデルです、王都の状況が知りたのですが」


 騎士団の証明である指輪を見せつつ男たちに近づいていく。

 しかし剣は向けられたままだ。


「聞いたかお前ら! 逆賊の方から姿を現したぞ! あのお方からはその場で斬る事を許可している! かかれ!」

「何を……」


 声が勝手に漏れる。

 突如、男が剣を振りかざした。

 咄嗟に後方へ跳躍。振り下ろされた刃をどうにか()ける。しかし安心したのも束の間、それが合図になったか、数名の男たちが迫って来ていた。

 視界に入るのは三つの煌き。月明りに照らされたそれは、敵の刃。

 事態が危険と脊髄が認識。半ば自動的に自らの剣を抜くと、三本の斬撃は途端、光を失う。

 複数の金属が地面に落ちる音が聞こえた。


「な、なんて剣だ!」


 男のうち一人が後ずさり、恐怖が混じったような声音で叫ぶ。

 どうなってんだこの状況は、まぁ確かにこの農業に使われてたこの剣の切れ味は尋常じゃないとは思うよ。


「うろたえるな! 見てみろ、そいつはボロボロだ!」

「そ、そうだ! 俺らの方が数も上なんだ!」

 

 後方にいた恐らく上司と見受けられる男が檄を飛ばすと、それに答えるように誰かが叫ぶ。


「だから自分は敵では……!」


 再度伝えるも意味が無かったようだ、前にいた三名は懐から短剣を取り出した。

 すぐさま敵から刺突が放たれる。しかし相手はウィンクルム側の人間のはずなので反撃する事は出来ない。


 クソッ、なんでこんな攻撃されなきゃならない、可能性を考えろ、洗脳か偽物か誤解か裏切りか夢かそれ以外か斬り捨ても(いと)うべきではないか!


 思いついた事を乱雑に脳内で高速展開していると、突然頭上で何かが光った。突き出される短剣をさばきながら視線を少し上にずらす。

 鋭い光が空高くで弾け、散っていた。たぶんこれは閃光(エクレ)の魔法。周りを照らすのにも使えるが、味方に何かしらの合図をする時にも使ったはずだ。増援でも要請されたか。


「アキ!」


 キアラの声だ。

 同時に、男たちの動きを氷の刃が制する。


「これ乗って! いったん逃げよ!」


 声の方を見ると、いつの間に奪ったのか、恐らくテント近くにいた馬だろう、キアラが二頭引き連れつつ街道上でこちらに目を向けていた。

 確かにこんな状態じゃまともに戦えない。増援となれば流石に防戦し続ける自信は無い。ここはキアラの言う通りにするのが得策だろう。


「分かった!」


  すぐさま身体を反転、馬に飛び乗る。

 キアラは頷くと、もう一頭にまたがり、一足先に闇夜の中へ走っていくのでその後に続く。

 ふとテントの方を見やれば、残された馬はじっと動かずにこちらを見つめていた。



*******



 どれくらい走らせただろう、キアラが馬を止まらせる。


「とりあえず逃げ切れたかな?」


 言われたので後ろを確認してみるが、誰もいない。聞こえるのも少し荒い馬の息遣いくらいのものだ。


「大丈夫そうだ」

「よかった、なんとか助かったみたいですなぁ」

「だな」


 ただ状況は依然よろしくない。結局ミアとスーザンの安否についても確認できなかった。いやでも、もしかしたらハイリが途中で気付いてくれて助けてくれてるかもしれない、悲観するのは早いよな。


「でもなんであの人たちは襲ってきたの?」


 微かな希望を抱いているところへキアラがたずねてくる。


「いや分からん。間違いなくウィンクルム軍のはずなんだけど」

「軍? あのマルテルの?」

「ああそうだ」


 肯定すると、キアラはふむぅと何か考え事を始める。

 少しして、何か気付いたかのように口を開いた。


「あれ、でもウィンクルム軍って王都にそんなにいたっけ?」

「いやいなかった」


 キアラの言う通り、ウィンクルム軍といえばほとんど王都では見かけなかった。

 それもそのはず、今この世界、少なくともこの大陸は平和だ。その上、王都は他国と離れたところにあるので警備は騎士団だけで十分事足りる。

 だからこそ普段陸軍が常駐してるのはマルテルの統治下の城塞都市ダスクレーステのはず。あそこは一応隣国と面してる位置だからな。平和条約があるとはいえ、何も起きないとは断定しきれない。


「だよね! 確かえっと……マルテルが統治してるのってダスクレーステだっけ?」

「そうだ。ついでに言えば本来王都警備は騎士団の仕事なんだよ」

「え、じゃあなんで軍の人が警備してたの!?」

「それを考えようとしてたところ」

「お、見た目は子供、頭脳は大人、名探偵アキヒサさんのおでましですかな!?」

「うっせ」


 キアラの茶化しは適当に流しておく。今は整理だ。

 本来城塞都市にいるはずのウィンクルム軍が騎士団の仕事であるはずの警備をしていた。

 俺を見た途端何故か敵意を向けてきた。


 確かあいつらはなんと言ったか、確か俺の事を見て逆賊……だとかなんとか。あとは俺の外見に関する事も言ってたな。確かに色々あったせいで騎士団のこの制服はよごれが目立つ。つまり俺が騎士団であると認識してるという事だ。


 となると、敵意の対象は俺もしくは騎士団。

 うーん、どっちかに断定する事は難しいなぁ。俺もなんか狙われてるみたいだしな、シノビとか、セキガンとかに。いや待てよ、そういえばセキガンはどうした? 王都は陥落したはずだろ? ああ余計分からん。


「ねぇまだー?」

「おい今ので何考えてたか余計こんがらがっただろ!?」

「え、いやぁごめんごめん」


 アハハーと愛想笑いでキアラはごまかそうとする。


「でもさ、あんまり同じとこでじっとするのも良くないと思うし、とりあえずいったん移動しない? とりあえず落ち着ける場所に行って考えようよ」

 

 ふむ、確かにそうすべきかもしれない。今は追ってきてなくてもいつ追ってくるともしれないからな。


「でもどこ行くんだ? この街道を行っても関所にぶち当たるし、引き返して別の道行っても関所がある。あの分だと通れそうも無いだろ。まぁいったん引き返して王都の南側に回って教会まで走るって手もあるけど、さっきの騒ぎで王都周りの警戒を強められてたら見つかって厄介な事になる」

「むむむ……」

「でもここで佇んでるわけにもいかないんだよなぁ……」

 

 まずいな。色々と。


「あー!」


 突如、キアラが声を上げる。


「どうした!?」

「いやいや、いいところあったの思い出してさ~」

「なんだよ……」


 まったく、感情表現豊かなのは結構だけどもうちょっとTPOをわきまえてほしいね。

 いきなり声上げるから追手が来たのかと思って焦っちゃっただろ。


「ぬっ、その反応は無礼ぞアキヒサ!」

「分かったからその場所ってどこなんだよ」


 悪いけど今はあまり茶番に付き合ってられない。


「まったくつれないなーアキヒサさんはー。まぁ仕方ない、私が案内してあげよう!」


 キアラはついてきてと街道をそれ、草原の方に馬を走らせる。


「お、おい! まさかそっち行くのか!?」


 街道は魔物を寄せ付けない特殊な物質が地面に含まれている。聖粉とかいうやつだったか。

 ただ、その街道から逸れれば当然ながら魔物と出くわす可能性は増える。

 至る所に魔物が沸くわけではないものの、やはりリスクは高い。


「早く早く!」


 少し先でキアラが馬を躍らせる。


「まったく……」


 とは言え、できれば同じ国の人間の血を見たくはない、ここはキアラに付いて行くことにする。


 



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