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消えた歴史

 静寂の中、キアラが話し始める。


「怪術師っていうのはね、弥国でも一握りしかいなかったんだって」

「一握りしかいなかった、過去形なんだな」

「そう。今では一握りもいない」


 一握りもいない? って事はもう存在しない、あるいはひとつまみという事だろうか。


「今からだいたい百二十年くらい前だよね、弥国が発見されたのは」

「え、まぁそうだな」


 それについては何かの本で読んだ。


「発見されるまで、弥国には魔術が存在しなかったのは知ってる?」

「ああ、それも知ってるな」


 そもそも魔術というのは千年以上前の古代、魔力といういわば物質のような物の存在を認知したこの大陸の学者が、その物質が様々な事象に変換できる事を発見したことから始まる。

 そして世界は長い間、このウィンクルム王国がある大陸が全てであると思われ続け、海の向こうに未知の大陸があるという考えなどは無く、誰も海の向こうに興味を示してはいなかった。


 つまり言い換えれば、この大陸内で発見された事はこの大陸内でしか存在を知られず、大陸外に行けば魔術すら存在しない可能性もあるという事になる。当時、縁もゆかりも無い弥国に魔術が無くても頷けると言うものだ。


「そっかー。でも、ここからはアキも知らないと思うよぉ?」

「ほう」


 これまでけっこう本読んでこの世界についてはかなり把握してるからな?

 挑発的な口調に少しだけ挑戦的な態度をとってみる。


「元々弥国って怪術師に統一されて、それ以降そのまま治められてたんだって」


 なるほど知らない。

 でも少しだけ心当たりはある。


 機会が無く、結局少しだけしか読めていない『弥国伝』。この物語は弥国統一までの話だと冒頭に書いてあった。もう一つ、主人公の青年が不思議な能力を持っていることもまた記されていた。


 そして恐らくその不思議な能力こそが怪術。


 ……となると、弥国伝ちゃんと読んでいれば怪術師の事が分かったかもしれないって事なんだよな。俺としたことがなんという失態。これだから読みかけた本は最後まで読むを貫くべきなんだよ。まぁ今更どうこう言っても仕方が無い、そのうち探してみよう。


「フッフ……どうやら知らなかったようですなぁ?」


 キアラがニヤニヤしながら視線を送ってくる。


「はいはい知らなかったですよ……」


 てかなんで知識量張ってんだよこいつは。

 なんとなく悔しい気もしたが潔く負けを認めてやると、キアラは少しご満悦した様子でまた話し始める。


「それでここからが本番。弥国が発見されて少しして、弥国内で闘争が起きたんだよ」


 それもまた初耳だ。


「まずこの闘争の背景には持ちし者と持たざる者との闘争……っていうよりは、持ちし者と()持たざる者っていう方が正しいかな? この両者の戦いになるんだよねー」


 持ちし者と()持たざる者。何故あえてキアラは言い直したのか。

 ……なるほど、だいたい見えてきた。


「流石はアキ。だいたい把握したみたいだね」


 ある程度理解したのが顔に出てたのか、キアラがそんな事を言ってくる。


「まあ、だいたいはな」

「それでは回答をどうぞ!」

「え、あ、あぁ……。た、たぶんだけど、大陸外からやってきた魔術師と怪術師と敵対した、ってところか?」

「ご名答!」

「ふう……」


 いきなり振るもんだから挙動不審になっちゃっただろ。キアラに限ってそんな事は無いだろうけど、もしキモイとか思われてたらどうしよう。俺がドエムなら歓喜でむせび泣いてるところだったぜ!


「そう、アキの言った通り怪術師と魔術師の間で闘争が起きたんだよ」

「でもなんでまた?」


 闘争が起きた理由が分からない。


「うーん、残念ながらそれについては私も聞けてないんだよね。この話って弥国のすごい長生きしてるおじいちゃんから聞いたんだけど、いつの間にか起きてたーって言ってたし、他のおじいちゃんおばあちゃんにも聞いたんだけど、やっぱり皆同じ事言うんだー」


 この情報はそういうルートで入手してたのか。まぁ、現地人のご高齢の方々に聞くのは確かに良い方法だったとは思うけど。

 でも動機が判明してない、か。その時代怪術師と魔術師の間で一体何があったんだろう。


「あ、一応言っとくけど、この闘争についてこの大陸は一切関係無かったみたいだよー。魔術を覚えた弥国人と怪術師だけの戦いらしいんだよね」

「ほう……」


 この闘争はつまり弥国人同士のみの間で起きた、いわば内乱ってわけか。


「まぁ結果は怪術師の敗北。彼らは歴史の表舞台から姿を消されたのでした」

「なるほど」


 怪術師にそんな歴史が……ってあれ、今こいつなんて言った?


「消された(・・・)?」

「そうだよ。怪術師は消された(・・・)


 どうやら俺の耳は正常だったようだ。

 確かに敗北者はどの時代でも自然と消えていく。新しい時代というのは古い時代を否定してやってくるものだ。

 でも消された、という事は意図的な力がかかったという事だ。

 ふとキアラが切り株から立ち上がり、たずねてくる。


「ねぇアキ、どうにもこの世界って怪術について疎すぎない?」

「言われてみれば……」


 かつて一国をまとめあげていたくらいの存在だというのに、目が光るという大きな特徴もあるというのに、騎士団はさも未知の存在が現れたかのような対応だった。直接弥国にまで出向いたらしいというのに得る事のできた情報が少なすぎる気もする。その上、弥国人のハルさんも怪術師についてはかなり抽象的な事しか語らなかった。


 でもそれが、何か意図的な力が働いて怪術師の存在を抹消されようとしてたのなら納得がいく。怪術に関する文献も消えてなくなるんだから。


 ただ、抹消したいとはいえ、それは立派な歴史の一ページだ。消しきれるものでは無かったんだろう。

 怪術師はいつの間にか事実から虚構へ変化していくも、隠しきれなかったわずかなその欠片は神話やおとぎ話と言った形で伝承していった。証拠に、ハルさんは怪術師を鬼の子だとかなんとか言ってたからな。恐らくこの世界でも鬼は空想上の生き物なんだと思う。


「……だから怪術師は魔術師を潰しにかかるってか? 自分たちを滅ぼした魔術師に復讐するために」

「まぁ、可能性の一つとしてはそうなると思う」


 まぁ確かに怪術師は気の毒だろう。一握りもいなくなった上に歴史上から抹消、という事は当時かなりの迫害もあったに違いない。でも。


「許せないな俺は」


 思い出すのは学院の事、そして地下通路での出来事。

 自分がどんな表情をしていたのか分からない、ただ分かる事は体内の魔力の激しい循環。

 一息つき余裕が出た時にこそこの黒い感情は姿を現す。

 過去は過去で今は今なんだ。過去の事で今を捨てる事はどれだけ愚かな事か俺は知ってる。

 だからこそ俺は過去の事で今を捨てられるのが無性に腹が立つ。


 キィィィィイイイイイイン


 突如、高い耳鳴りのような音が思考を遮る。

 自然と顔が向いた方向にはキアラの槍、紅い方の槍があった。


「今のは?」

「うーん、なんかね、この槍たまに変な音出るんだよねー」


 キアラは困ったようにほほ笑みながら、その紅い槍を指で弾く。聞こえるのは微かな短い金属音だけだった。


「何それ怖いんだけど……」


 呪われた武器とかじゃないよね? 初めて呪われたアイテム装備した時いきなりデロデロデロデロ、デーデロリンって鳴って超ビビったわ……。今でも軽くトラウマだよあのゲーム効果音。


「てかそんな槍どこで手に入れたんだよ?」

「なんか銀髪の人が強いからどうぞーってくれたー」

「胡散臭すぎるだろ……」


 銀髪といえばあの吟遊詩人の顔が浮かぶので尚更胡散臭い。


「あ、そうそう、この森に行った方がいいよーって言ったのもその人だよ。ついでに、もう一つの怪術師に関する不確定な方の情報源もその人から」

「何その人、仙人か何かなの?」

「さぁ、どうだろう?」


 キアラは何も分からないと言った風に肩をすくめる。

 まさかその銀髪ダウジェスだったりしないよな……。

 まぁそれはさておこう、怪術師についてまだ情報があるみたいだからな。


「その不確定な情報? 明らか胡散臭いけど教えてくれないか?」

「おっけー、これは簡単な事なんだけどね、怪術師って天属性雷系統に弱いみたいだよ」


 雷系統に弱い? これはちょっと有力かもしれない。

 期待を胸に次に言葉を待つ。が、キアラは微かに笑みを浮かべながらそれ以上語ろうとしない。


「え、それだけ?」

「うん、それだけ」

「了解……」


 雷系統に弱いってだけじゃなぁ……しかも情報源が胡散臭い銀髪。まぁ一番使えそうっちゃ使えそうな情報だったけども。まぁ、いいや。そろそろ行かなきゃならない事だし。


「それじゃ、怪術師達もそろそろどっか行っただろうから俺は王都に戻る。ちょっと知り合いがどうなってるのか気になるからな」

「知り合い? そういえばその服装騎士団だね、お仲間? もしかして任務中か何かだった?」

「仲間だ。任務は……まぁ、終わったんだけど」


 失敗という形に。

 地下通路での出来事が頭をよぎり、胸の辺りが痛くなる。

 バリクさんの裏切りはやはり受け入れがたいものだった。

 ただそれよりも、あの『恐』の文字通り恐ろしい怪術が脳内でフラッシュバックし、めまいを起こす。


「だ、大丈夫?」


 少し身体がふらついていたのか、キアラが心配そうに顔を覗き込んでくる。


「え、ああ。大丈夫、ありがとう。それじゃあ、またどっかでな」


 今度キアラに会えるのはいつだろう。今回たまたま会えたけどまた会えるとは限らなかったよな。そういう意味ではその銀髪の人には感謝すべきだな。

 俺の方は完全にお別れモードに入っていたのだが、キアラがとんでもない事を言い出した。


「ちょっと待った! 王都行くんだよね? 私も行くよっ!」

「はぁ?」

 

 ああでもそうか、キアラはまだ王都に行ってないのか……。って事は何が起きたのかも知らないんだな。


「言い忘れてたけど、今王都はけっこう大変な事になってるんだ。そんな所に民間人をわざわざ連れていくわけにはいかない」


 民間人とか言っちゃうあたり俺って仕事熱心だなぁ。

 まぁ、それ以前にキアラにはもう血なまぐさい現場を見てほしくない。


「ぬ? アキヒサ殿はこれを見てもそう言うのかな?」


 刹那、頬に小さな風を感じると思えば、周りから紙袋がつぶれたような乾いた音がした。

 見れば、それなりに太さのある周りの枝が次々と素早く、テンポよく切り裂かれていった。


「どうだ!」


 ほんの一瞬で戻って来たキアラは誇らしげに胸を張る。

 忘れてた、キアラも立派なルーメリア学院九年生なんだよな。


「でもやっぱりあかりは連れていけない」


 たぶん、王都は酷い惨状だ。そんな様子を進んで見せるわけにはいかない。


「まったくアキはー……あと、私はキアラ。他の人が混乱しちゃうでしょー」

「ああ悪い」


 キアラはぬったりとした視線を向けてくるが、ふと真面目な表情になる。


「本当に、あれから強くなったからから大丈夫だよ」


 その言葉のすぐ後、何かが折れた音がしたと思えば、キアラの背後、不気味な二つの光が迫ってきていた。


「ッ……!」


 真紅の光芒と共に、目の前に広がる黒い液体。


 やがてそれは灰となり、霧消していった。

 獣型の魔物らしかった。キアラがそれを予見してたかのように切り裂いたのだ。

 魔物を斬った後のその目には、鋭利な刃のような眼光が存在した気がする。

 しかしそれはすぐに融解していった。


「やっぱり不帰の森、油断はできないねぇ……」


 でもどう? 強くなったでしょ?


「ほんとにいいんだな?」

「もち!」


 無邪気に語り掛けてきたその目に、王都行きを承諾するしかなかった。


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