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失念

 どれくらい走っただろう。地図が無いので苦労しながらも、なんとか不帰(かえらず)の森にたどり着いた。

 ずっと走りっぱなしだったのでかなり息苦しい。ふとティミーとハイリを見れば二人も肩で息をしている。


 恐怖。未だにあの男の顔を浮かべるとその感情が浮き出てくる。

 でも思い知った、この恐怖という感情の驚異を。恐怖の塊である相手を目前にした時、正常な判断なんてまるでできやしなかった。何かもぶち壊して逃げ出したい。とにかくなんでもいいから打破したい。無茶苦茶な願望に囚われていた。


 それをバリクさんはずっと感じてきたというのだろうか、俺たちと接するたびにあんな気色悪い感情に苛まれていたというのか。

 いや、なんとなく違う気がする。だってファルクがやられて気が沈んでた俺をかっこよく慰めてくれたし、何より、鉱脈調査が始まったばかりのあの日、ハイリと話すバリクさんの横顔に本当に楽しそうだった。恐怖を押し殺してあんな表情ができるとは思えない。

 まぁ、思いたくないだけかもしれないけど。


「クッソ!」


 突如、ハイリが捻じれた不気味な木に拳をぶつけた。やけに重々しい音が辺りに鳴り響く。


「ハイリ……」


 やはり悔しいのだろう、クリンゲさんの事か、散った仲間たちの事か、バリクさんの事か。いや、全てか。特にバリクさんの事についてはハイリにとってかなり辛いに違いない。


 俺だって悔しいし辛い。あの怪術師を何とかできなかったのか、バリクさんの事を止める事はできなかったのか、思い返せば後悔しか生まれない。


――――復讐だ。


 声が聞こえる。それは他でもない自分の声。


――――殺せ。憎き相手を。


 情けない、今になってようやくこれだ。あの時すぐにこの感情の方が勝っていたのならもしかしたら状況は変わったかもしれない。ただ今からでも、間に合うんじゃないだろうか……。


「ふうー」


 ふと、ハイリが息を吐いた。うつむいていた顔はいつの間にか上を向いている。


「アキ、ティミー」


 名前を呼ぶ声に先ほどの激しい感情は見受けられない。むしろ明るいくらいだ。


「疎通石使えるか確認してくれないか?」

「え、ああ……」


 急だったので、一瞬別の石を取り出しそうになりつつも、なんとか疎通石を探り当て魔力を流し込んでみる。しかし光は帯びない。

 本来ならここで疎通石は光りだし、その時相手の魔力の籠った結晶をはめ込めばその相手と遠い所でも話ができるようになるはずだ。

 一応魔力の結晶をはめてみるもやはり反応は無い。


「ティミーはどうだ?」

「……駄目みたい」


 やっぱりかーとハイリは額の辺りを押さえる。


「まぁここらへんは魔力の磁場が狂ってるからなー。まぁだからこそ不帰の森なんだけどさ」


 軽い様子のハイリはあまりにいつも通りの調子だ。こんな時なのにどうしてそうも普通でいられるんだろう。


「なぁハイリ、悔しくは無いのか?」


 俺たちは敗走しかできなかった。一匹の怪術師如きに副隊長まで置き去りにして逃げたんだ。


「私は、悔しいかな……」


 うつむき加減ながらティミーも賛同してくれる。

 それを見たハイリは少し穏やかな表情で口を開いた。


「そりゃさ、悔しいし腹も立ってる決まってんだろ? だから大声で叫んで木を殴ってやったんだ」

「……は?」


 腹立って木を殴るってそりゃただの八つ当たりじゃないですかね……。


「まぁさ、後悔するのも分かるぜ? 俺だってそれくらいの一つや二つはしちまう」


 伸びをしつつもハイリは続ける。


「だけどな、もう過ぎちまったらしょうがないって割り切るしかないんだよ。過去なんて変えれるもんじゃないからな。今立つ事が出来てる俺らは、とにかく少しでも未来をマシな方向へと持って行くのに努力するしかない」


 ハイリの言葉に水をかけられたような錯覚に陥る。

 ……ああそうだった。また俺は失念してたらしい。まったく、俺は森羅万象を司ることが出来る神じゃない。何度言い聞かせたら分かるんだよ。


「悪い、愚問だったな」


 俺の言葉にハイリは笑みで応じてくれた。

 

「さて、とりあえず森から出てはやいこと団長に報告しないとなー」

「まぁ、それが妥当だろうな」


 この森で疎通石が使えないなら出る必要があるだろう。ハイリの言うように森から出ない事には始まらない。


「じゃあちょちょいと行ってくるかー。俺一人の方が早いからよ。すぐ戻るからちょいと待っといてくれ二人とも」

「え、ああ、おう?」


 言うやいなや、ハイリは身に風を纏いだすと、凄まじい風圧と共に梢の向こう側へと姿を消した。まったく行動の早い奴だ……。

 しかしこれからどうすればいい。作戦が失敗に終わった今、城はセキガンに制圧されたまま。しかも奴らの怪術はとてつもなく手ごわい。何か打開策の一つや二つでも思いつければいいんだけどな。


「……納得できないよ」


 思いがけずティミーが何やら呟く。見ればその顔はまた伏せられていた。


「だって、クリンゲさんは私たちのために地下道に残ったんだよ? 私たちは、見捨てたんだよ……。怖いからって理由だけで……」


 しりすぼみになっていくティミーの声は少し震え気味で、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。


「確かにそうだな。俺たちはクリンゲさんを置き去りにして逃げてきた。なんて薄情な奴らなんだ」

「……うん」

「でもやっぱりハイリの言う事は正しいんだよ。ここで俺らがその事を恥じたとして、後悔したとしてどうする? クリンゲさんの元に戻るか? 俺にはそれこそ薄情で恥だと思う。そんな事したらせっかく頑張ってかっこよく送り出してくれたクリンゲさんの行動が全部無駄になる」

「でも……」

「まぁさ、そう思うのは分かる。ぶっちゃけ俺もまだどっかでそういう気持ちもあるしな。でもハイリの言う通り、やっぱ過去の事しつこく思ってたってしょうがないんだ。他でもない、仲間たちのためにもな。ここで倒れたら誰が三番隊の雄姿を伝えればいい?」


 ようはそういう事なんだ。どんな理不尽な状況に遭っても、時間は勝手に進んでいくわけで、それに伴って自分自身も進むしかない。たぶん時間は巻き戻せないから。


「そっか」


 うんとティミーは呟く。少しは心の整理ができたらしく何よりだ。


「ありがとうアキ」


 見せてくれたのは笑顔。

 思えば久しぶりにこの表情を見せてくれた気がする。まぁ、色々起きすぎたからな、今日は。

しばらく何を思うでもなく森を眺めハイリを待つ。

 どれくらい経っただろうか、ティミーが口を開いた。


「ハイリ遅いね」

「確かに」


 あの速さで行ったのならそろそろ戻ってきてもいい気がする。


「たぶん迷ってるだけじゃ……」


 何か忘れてる気がする。なんだろうこの感じ。

 違和感を吟味しているとふとある事を思い出した。

 スーザンだ。スーザンは本部に姿を現してない。それどころかあいつはバリクさんの班……。確かバリクさんはある事をさせてるからいないと言っていた。でもそのバリクさんはセキガン側にいたとみて間違いない。となるとあれは嘘と考えるべきだろう。だとすれば今どこに……。


「まさか、な」


 迫りくる焦燥に嫌な汗がにじみ出る。こんな所でじっとしてる場合じゃなかった。考える事が多すぎて一番大事な事を失念していた。


「行くぞ」

「え?」

「スーザンだよ。あいつはバリクさんの班だったろ? 本部ではスーザンどころか班員すらいなかった」


 ティミーがはっとした表情になる。


「で、でもハイリはどうしたら……」

「疎通石は森さえ出れば使える。それにどちらにせよ王都には戻らなきゃならなかっただろうからな」

「そっか。じゃあ早くいかないと!」

「あ、ああ……」


 ふと心の中にある疑問が生じる。

 本当にティミーを連れて行ってもいいのだろうか? 


 何せ最悪の場合がある。ティミーは敵の死ですら(いた)む心の優しい子だ。それがもし仲の良い友達が目の前で倒れていたのなら……想像に容易い。

 とは言え、ここに置いていくわけにも行かない。仕方が無い、その時はどうにかして守り抜くしかないか。知らぬが仏という言葉と共に。


 不帰の森を駆け抜ける。



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