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綻び

 辺りは相変わらず(もや)がかかり気味が悪い。不帰(かえらず)の森、なるほど、王都近くで人が寄り付かないこの場所は隠し通路の隠し場所に最適だ。


 バリクさんが自らこの大事な役を申し出た時、隊員は意外だという様子だったが、少しだけ嬉しそうでもあった。恐らく、今まで嫌な役回りしかした事が無かったからだろう。しかし今回は一国を揺るがすような、オーバーに言えば歴史的な出来事のパーツの一部になれるわけだ。嬉しく感じるのも当然と言えば当然だ。


「セキガン……」


 ティミーがぽつりと呟く。


 一度俺は怪術師を瀕死まで追い詰めた。ただそれは皆の力があってこそで、さらには運が良かったから勝っただけともとれる。

 あの時、目の前で騎士団の人がやられてるのを見た。それはここにいる心強い先輩方と同じくらい強い人達なのだ。セキガンとはそんな先輩たちでも一瞬で倒してしまう相手。

 果たして、俺はそんな怪術師を前にしてちゃんと剣を振るう事はできるのだろうか……。


「あの大樹から西へ……となるとこの辺りのはずなんだけど」


 バリクさんが奇怪な形をした木の一つをさすりつつ呟く。


「まぁ適当に探していこうぜー」

「そうだね。皆も手伝ってくれるかい?」


 バリクさんが言うと、隊員の先輩方が周辺を歩き回りだす。さて、俺も探すとしますか。


「アキ……」


 ふと控えめな声と共に服の裾を掴まれる。

 見ればティミーの少しだけ潤んだ瞳がこちらを見上げていた。

 やれやれ仕方が無いなぁ、前来た時みたいに腕に抱き着いてくれもいいんだぞー?


「魔物が出てもここにはいっぱいいるし、大丈夫だって」

「で、でも……」


 無論、俺の腕に抱き着けなど言えばただの変態というか身の程知らずも甚だしいのでもちろん言わないけども!


「そこのお二人さんよぉ? イチャイチャしてないでちゃんと仕事しろよぉー?」


 いつの間に近くにいたのか、ハイリが俺の傍でニヤニヤとそんな事を言ってきた。

 反射的にティミーの方を見やると、顔を真っ赤にしてフリーズしていた。だから駄目なんだって女の子にそういうちょっかいは。


「今からちゃんとする」

「お、今からってことは今までは仕事をサボってにティミーとラブラブしてたって事でいいんだな?」

「なんでそうなるんだよ!?」


 くっそ、このファザコン女めが……。


「怠慢で名高いハイリ殿にまでそんな事言われるとは、フッ、恋は盲目とはこういう事なのかねぇ? まぁでも、おじさんは応援してるから、二人は森の奥であんな事やこんな事、しちゃっててもいいんだよ?」

「あ、あんな事やこんな事……?」

「聞かなくていいからティミー! あのしませんからね!? てかクリンゲさんまでなんなんですか!」


 副隊長のくせにクリンゲさんまでそんな事を言い出す始末とは。まったく、ティミーと俺は別にそういうんじゃなくて……なんだ? 友達? 親子? うーん、後者がしっくりくるな。つまり親子みたいなもんなんだよ! 法律で親子のあーだこーだは禁止されてます!


「ん? もしかして実はもう……」

「ちょっとクリンゲさん? ほんとそれ以上言ったらもうただの変態親父以外の何者でもないですよ!? ちょっとイケてるおじさまでもそれ言えばただの変態親父ですからね!?」


 ほんとマジで洒落にならないからね。


「隊長! 恐らくここじゃないですか!」


 アホみたいなやり取りの中、左方の少し先から手を挙げている隊員を確認した。

 すぐさまバリクさんは向かうと、やがてこちらを見て頷いた。


「……さて、どうやらここからはふざけてはられないみたいかな」

「だな」


 二人の上司は先ほどの穏やかの様子から一転、張り詰めた様子でバリクさんの方を見やる。

 なるほど、あえて俺をダシにしたふざけたやり取りして自分たちの緊張をほぐしてたわけか……とは言え、俺もさっきのやり取りのおかげで少しでも緊張が和らいだから責める事はできないか。


「皆、今頃王都では他の隊が作戦を決行してるところだろう。一刻も早く城内に侵入するよ」

「イエス!」


 これまでで一番気合の入ったイエスだった。

 ただ、バリクさんの表情がどことなくいつもと違う気がしたのはやはり緊張があるからなのだろうか。



*******



 バリクさん先導の元、地下通路に入ってからけっこう時間が経った。地下通路は魔力が込められた消えない松明が道を照らしてくれているので今の所スムーズに進むことが出来ている。思ったより道が広いこの場所は、もし何者かが襲ってきても戦うだけのスペースは十分ありそうだ。

 

「でもけっこう入り組んでるんだな……」


 地下通路の地図があるから大丈夫なものの、分かれ道が頻繁に存在し、仮に裸でここに放り出されたら野垂れ死にしてしまいそうだ。未だ城には到達しないのはその複雑さのせいなんだろうか。


「ここは元は地下水路だった場所に少し手を加えた通路らしいね」

「なるほど、だからこんなにも入り組んで」


 話をしつつも警戒は怠らない。王家と分家の二家しかここの場所の存在は知らないと言われているものの、どこでその情報が洩れだしてるか分からないからな。


「なぁ隊長? そろそろ急いだほうがいいんじゃないのかー? もう二十分は歩いてるぜ?」


 ハイリの言う通り、ここに入ってからもうそれくらい経ってる気がする。一分一秒を争う事態だというのに二十分は多すぎる。


「もう少しだよ」


 バリクさんは後ろを見ずに答える。……なんだろう、この不安感。


「そういえばバリクさん」

「どうしたんだい、アキヒサ君」


 不安感を紛らわすために少し質問する事とする。


「今回、なんでこの役割を受けようと思ったんですか?」


 バリクさんと言えば謙虚で前に出しゃばらないイメージだ。常に自分より他の誰かの事を考え行動する心優しい人で、出世にはまるで興味は無いような。だからこそ今回自らこの役割を買って出たのは少し意外だ。自ら重要な役を志願するのは出世欲のある人間だけだろう。


 今まで俺が見てきたバリクさんは本当に完璧で、俺はかつてはこういう人を目指してたのかもしれないと思ったこともある。本当にこの人はどうしようもなく完璧な人間だ。

 ……それは少し完璧すぎやしないかと思われる程。人間は神では無い不完全な生き物のはずなのに。

 

 聞いてから少し時間が経った気がするが未だに返答は無い。バリクさんは未だ向こうを向きながら歩き続けている。

 何かまずい事でも聞いてしまったかと不安になった時、バリクさんの足が急に止まった。


「騎士魔法【cautirictioカウティリクシオンns】」


 騎士魔法の詠唱。見ればすぐ前、こちらを向いたバリクさんが指輪を光らせている。

 これは、敵の対象を捕虜するための騎士魔法!

 すぐさま後ろを見るが誰か襲ってきた様子は無い。となるとこの騎士魔法の対象は俺達。


 射程から逃れようと思った時は既に遅かった。手首と足首に光の輪がかけられ動きを封じられる。他の隊員も同様のようだった。


「た、隊長?」


 誰かのかすれた声が耳に届く。


「お、おい隊長! これはどういう事だよ!?」


 ハイリが身体をのめらせ叫ぶ。

 かという俺もまったくこの状況を理解できない。何が起きた? バリクさんが俺たちに、攻撃したんだよな? でもなんで……。


「……僕はもう疲れたんだ」


 重々しく開かれたバリクさんの口からはそんな言葉が姿を現す。

 表情こそ穏やかだが、その言葉には果てしない荒野が広がっているような気がした。





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