猫のオンガエシ
にゃーにゃー
学校からの帰り道、僕は猫の鳴き声を聞いた。
にゃーにゃー
見つけた。
古そうな本ばかりの本屋さん。
その少し先の橋の下。
段ボールの中に茶毛の子猫が一匹。
ダメだと分かっているけれど、
『子猫がかわいそうだ』
そう口に出して連れ帰る。
にゃーにゃー
家に着いて、玄関の中。
子猫が小さく声を出す。
『ただいま』
って言った僕にお母さんが、
『おかえり』
って返したすぐ後だった。
お母さんが、静かに言った。
『ランドセルの中、少し見せなさい』
僕はおとなしく見せた。
お母さんが、
『はぁ……』
とため息をつき、僕に言う。
『なんで拾ってきちゃったの?』
僕は答える。
『だって、かわいそうだったから。ねぇ、お母さん。子猫、育てちゃダメ?』
お母さんを困らせると分かっているけど、言ってみる。
思った通り、お母さんは困った顔をして、聞いてくる。
『ちゃんとお世話できるの?』
『うん』
僕はすぐに答えた。
『なら、飼ってもいいわよ。お父さんにも、自分の口から言うのよ』
『うん、お母さん、ありがと』
そう言って、僕は自分の部屋に向かう。
お母さんは、お父さんに電話してるみたいだった。
にゃーにゃー
『この猫かぁ……。いいぞ、ご飯は父さんが買ってきてあげるから、毎日ちゃんとあげるんだぞ。トイレの世話や、毛づくろいも忘れずにな』
『うん』
お父さんも飼ってもいいって言ってくれた。
『よかったね、コマ。これで一緒にいれるね』
僕はこの子にコマと名付けた。
にゃーにゃー
僕とコマの共同生活が始まった。
毎朝ご飯をあげて、汚れたトイレを掃除する。
夜になったら、毛づくろいもする。
毎日毎日忙しいけれど、コマとの生活は楽しい。
おもちゃを必死に触ろうとするコマが可愛い。
眠くなって、ウトウトしているコマは面白い。
僕が毛づくろいして抱えたときに、手やホッペを舐めてくるコマが愛おしい。
だから僕らはずっと一緒だった。
お母さんたちに内緒で、時々一緒に寝たりもした。
お風呂嫌いなコマも、僕と一緒なら、大人しく入ってくれた。
コマと僕は一心同体で、大切な友達だった。
にゃーにゃー
ある日、幼稚園からの友達が家に来た時、彼をコマが引っ掻いた。
彼は泣いて帰って行った。
次の日、彼のお母さんが、彼と一緒に僕の家に来た。
彼のお母さんが、猫のしつけを~、とか、どう責任を~、とか言っている。
お母さんも、時々コマを睨みながら、すみませんすみませんと謝り続けてる。
僕は知っている。
コマが彼を引っ掻いたのは、彼が突然コマのしっぽを握ったからだと。
お母さんが、僕に謝るように言ってきた。
そのとき、僕はコマが引っ掻いた理由を話したけれど、彼がそれを嘘だと言った。
もちろん、その後は、彼のお母さんが僕を嘘つき呼ばわりして、お母さんに子供のしつけすらできないのかと食ってかかり、お母さんはただただ謝り続けた。
彼のお母さんが帰った後、お母さんは僕に、
『部屋にいなさい』
とだけ言い、誰かに電話をかけていた。
たぶん、お父さん。
今日の夜は、きっと怒られる。
何があっても、僕がコマを守らないと……。
…………。
予想が外れて、夜に怒られることもなく、いつも通りにコマの世話をしたりして布団に入った。
ただ、やっぱりいつもより、晩御飯の時は静かだった……。
……。
やっぱりいつも通りの朝を迎えて、僕は学校に行く。
今日は、保健所について習った。
犬や猫を殺す場所らしい。
コマがそんな目に遭うのを想像してしまい、気分が悪くなる。
その後も、保健所のことや、他の施設についていろいろ言っていたらしいけど、気分が悪くなった僕は保健室で休んでいたから、何を話してたのかは知らない。
僕が学校から帰った時、コマの姿が見当たらなかった。
家中探してもどこにもいない。
夜になっても帰ってこない。
いつもなら、毛づくろいの時間には、居間のクッションで寝転がってるのに、今日に限ってその時間になっても姿を見せない。
僕はソファでテレビを見ていたお母さんに、コマを見てないか聞いてみた。
すると、お母さんはこう答えた。
『コマは今日の昼に、コマを捨てた人が、家に来て引き取って行ったよ』
一瞬、目の前が真っ暗になった。
そんな、そんな偶然があるわけがない!
『コマが彼を引っ掻いたから、お母さんたちがコマを保健所ってところに連れて行ったんだ』
そう思った僕は、お母さんに向かって叫ぶ。
『嘘だッ!!コマがあいつを引っ掻いたから、殺されたんだ!!』
お母さんは驚いた顔をして、すぐ顔を伏せた。
それで理解した僕は、その後自分の部屋に引きこもった。
今、僕は中学一年生だ。
あの後、両親の熱心な説得により、僕はまた学校に行き始めた。
両親のことは、まだ許してない。
許せるはずがない。
でも、いつかは許してあげたいと思う。
だって、コマは僕ら家族が仲良くしてる方が、嬉しいと思うから。
帰る前にトイレに行った僕は、手を洗い終わったちょうどその時、そこでコマが引っ掻いた『アイツ』の声を聞いた。
どうやら、友達と帰るところらしい。
『アイツ』にも、いつか謝らなければいけない。
だって、いくら原因を作ったからといっても、『僕』のコマが怪我をさせちゃったんだから……。
いつかと言わず、今謝ろうと思い、トイレから出て、『アイツ』の後を追う僕。
そこで、『アイツ』が友達と話している声が聞こえた。
「でさぁ、あの糞猫、、俺を引っ掻きやがったんだぜ?ホント、ふざけんなって話だよなぁ……」
ちょうどいいと思い、声をかけようとしたその時、『アイツ』と話してた友達が言った。
「まぁ、お前の母親がその猫を殺してくれたんだろ?だったらいいじゃん。猫とはいえ、殺すなんてヤバい事なんだし、もうその話はしない方がいいと思うぞ」
「あぁ、分かってるよ」
声をかけようとして、僕は止まった。
『アイツ』とその友達は、僕に気付かず、話しながら歩いて行った。
けど、彼らがいなくなった後も、僕は動けずにいた。
『今、アイツらなんて言った?コマをアイツの親が殺した?』
僕が思っていた、保健所で殺されたというのは、間違えだったらしい。
僕はそのことに気付いた後、ふらつきながら、家へと帰った。
その日の夜、僕はボーっとしていた。
母さんにご飯だと呼ばれても、父さんに風呂が沸いたと声をかけられても、空返事。
心配されたけど、今日は早く寝る、とだけ言って、自分の部屋に行く。
そこで、今日聞いたことを考える。
考えて、考えて、考え抜いた結果、直接聞きに行くことにした。
明日の放課後に聞きに行こう。
そう決めて、その日は寝た。
次の日の放課後、『アイツ』の家に行って聞いてみたら、アイツの母親に露骨に嫌そうな顔で、
『猫なんて死んでも大した問題じゃないんだから、今更蒸し返さないでほしいね。はぁ?墓参りしろ?むしろこっちが改めて謝ってほしいくらいだよ!家の子は未だ
に傷が残ってるんだからね!!』
と言われた。
気が付いたら、僕は火の海にいた。
燃えているのはアイツの家。
僕はリビングのようなところにいて、近くに棚が上に乗っている、アイツの母親がいる。
他のアイツの家族がどうなってるかは分からない。
けど、逃げれないように細工をした記憶があるから、完全無事というわけにはいかないだろう。
そろそろ息苦しくなってきた。
「コマ、僕もすぐそっちに行くよ」
そう呟いた直後、
にゃーにゃー
と鳴き声が聞こえた気がした。
『続いてのニュースをお知らせします。
一週間前の火事事件ですが、警察の捜査により、放火の線が濃厚であることが発覚しました。
容疑者と思われる少年は、火の中から救助されましたが、特に外傷はありませんでした。
ですが今も昏睡状態で目覚めないそうです。
警察側は、少年が目覚め次第、事件との関連性を問いただすとのことです』
END