都市伝説 鳴り出す、昔の携帯電話
短編 都市伝説 系統。
今後の連載に継続していく、始まりの話。
携帯電話が鳴っている。
私は、ベッドに入り、うとうとし始めたところで、携帯電話の着信音に起こされた。
私の好きな、男性ボーカルの着うたが響いている。
何よ。ちょっと、いやにうるさいじゃないの?
今朝は、勤め先のデパートに、危うく遅刻するところだった。
だから、今日は早めに寝たかった。
なのに、やけに、電話がうるさい。
誰かな?
夜にかけてくるとしたら、優子かな?
彼氏は1年前に別れてから、出来てない。
起き上がり、枕元のスマートフォンを見る。
あら?
これが鳴っているのではない。
クローゼットの中から、携帯の着信音がする。
独身女性で独り暮らしの私は、安いアパート住まいで、大して広い部屋には住んでいない。
そんな稼ぎはない。
狭い部屋のせいか、お気に入りの着うたが、わずらわしいほどうるさい。
部屋の灯りをつけた。
明るくなると、寝ぼけた頭が、はっきりした。
そうだ。
この着うたは、前に使っていた携帯電話にいれていたものだ。
前の携帯電話は、ここ半年は使ってない。
カレンダー機能に、今日の日付で鳴るように設定して、忘れていたとか?
クローゼットの扉を開けた。
確か、クローゼットの中にあるプラスチックの整理箱に、昔使っていた携帯電話が2台ほど入っていたはず…
心配しなくても、これだけうるさければ、すぐにわかった。
今、使っているスマートフォンの前に、使っていたワインレッドの携帯電話が、光を灯して、ぶるぶる震えている。
開くと、見たことのない電話番号からの着信だった。
SIMカードがなくても、着信て、するんだっけ?
そんな疑問が頭をかすめたが、とにかくうるさいので、出てみた。
間違い電話だったら、文句のひとつも言わないと気がすまない。
「はい、もしもし?」
電話の向こうから、明るい女性の声が飛び出してきた。
「あ、猪熊 節子さんでいらっしゃいますか?」
「違いますけど…」
「あ、これは失礼しました。」
私は、頭に浮かんだままに、文句を垂れた。
「こんな時間に、間違い電話ですか?
私、明日、早いんです。
気を付けてもらえませんか。」
相手は、まったく悪びれるふうもなく甲高く明るい声で、謝罪した。
「大変すみません。
もしかして、コスモダ社製の電話をお使いでしたか?」
そういえば、この電話はコスモダ社のものだ。
気にしたことはない。
「そういえばそうですが、それがなにか?」
女性は若いのだろう。私より5つは若そうだ。
若いのは、対応がなってない。
もう少し、申し訳なさそうな話し方が出来ないのだろうか。
イラつくほど明るく、女性は話してくる。
「すみません。
こちら、コスモダ社のユーザーリサーチ窓口でございます。
コスモダの携帯をお使いの方に順次、電話を差し上げていたもので、間違ってそちらにかけてしまったようです。
大変申し訳ありません。」
「まったく、じゃあ、いずれ、私にもかけるつもりだったわけね。」
「まあ、そうなんですが、こんな時間に申し訳ありません。
お詫びといたしまして、迷惑料を振り込ませて頂きますので、平にご容赦をお願いします。」
迷惑料?
はしたがねを入れるってわけね。
私はピーピーしてるけど、そんなに困っちゃいない。
「どうでもいいけど、間違わないでよ。」
「はい、すみません。では失礼しまーす。」
語尾を伸ばすなど、接客業の片隅にも置けないわね。
私は電話を切ると、そのまましまわずに、チェストの上に置いて、ベッドに潜り込んだ。
翌日は予想通り、バタバタした1日だった。
仕事が引けてから、同じ売り場の優子と、居酒屋に行ったときに、その話をした。
優子は、私よりひとつ若い。
妙に気が合い、よくダベってから帰るのだ。
優子は話を聞き終わると、
「みずき、それ、都市伝説の電話みたいだね。」
と、無邪気に笑う。
みずき、というのは、私の名前だ。
しかし、やなこというわね。
「何よ、その都市伝説って。」
優子は、ニタニタしている。
「昔の携帯が鳴って、出てみると、低い男の声で、
頂くものは頂いた、
と、言われると、
誰もいなかった部屋に怪しい人達が
どこからともなく現れて、
つれていかれてしまう、
て、はなし。」
おいおい。
お化けは信じないのが、私の信条なのは知ってるでしょうに。この子は。
だが、怪しい宗教団体とかなら、やりかねない話だ。
「独り暮らしのうら若い娘としては、あまり聞きたい話ではないわね。」
優子はクスクス笑った。
「うら若いって…26歳で、言うわけね。」
悪かったな。
四捨五入で三十路と言いたいのね?
優子は、小さい口に焼き鳥をくわえながら、顔を上げ、ポカンと私の顔を見る。
何か思いついたようだ。
焼き鳥の串を口から離すと、気づいたことを質問してきた。
「その携帯電話さあ、半年間使ってなかったのに、よく電池があったよね。」
そう言われれば、電池は、とっくに切れているはずだ。
私は首をひねった。
「最近の電池は、使わなければ、もつのかも?」
「えー?そうかなあ。
コスモダ社のでしょ?
あそこの製品て、ナニゲに怪しいって言うじゃない?」
「怪しいって…」
「よく壊れるとか、聞くから。」
「ふうん。」
その日は明日もあるので、早めに引き上げた。
2日後、非番の日に、普段、電話料金を引き落としている口座を見て、私は驚いた。
コスモダ社から、3万円の現金が振り込まれていた。
これが迷惑料だって言うの?
さすがスマートフォン販売で今や飛ぶ鳥を落とす勢いのコスモダ社だわ。
太っ腹!
まあ、これなら、間違い電話の償いとしては充分ね。
その晩は、あらためて、そのコスモダ社の携帯電話を眺めた。
電池は確かに切れている。
電源を入れようにも、まったく反応しない。
おかしいなあ。
その時、それは、鳴り響いた。
明るくLEDの明かりが点いて、ブルブルと、震える。
着うたが、がなりたてる。
私は、電話に出た。
「もしもし?」
「あ、増岡 弘美さんですか?」
あの女の子だ。
「また、間違えたわね。
私の番号は、090-○○○○-○○○○。」
「あ、ああ、そうですね。
どうして間違ってしまうのでしょう?」
いや、私にきかれても。
たぶん、あなたが間抜けなせいかもね。
まあ、そうは、さすがに言えない。
「ところで、何で電池がないのに、かかるの?
この電話。」
その女の子は、何やら難しいことを言ってきた。
「コスモダ社の携帯電話の一部の機種は
特定の電波からレーキを振動させて、電気を起こし、一時的な通話が可能になる装置が内蔵されております。
この場合の電波は、当社からの発信に限り、原理的には短波で電気を送る装置と同様の方法で、同時にユーザー様の周囲に…」
機械音痴の私にそんなこと言われても、さっぱりだ。
「わかったわかった、もういいです。」
電話の相手は、残念そうに、話をやめた。
私は、
「間違い電話の迷惑料を受け取ったのだけど、
ずいぶん高額な支払いですこと。」
と、半分嫌みを混ぜながら、
言ってみた。
お礼をするべきなのだろうが、あの額はやはり異常だ。
女性は恐縮したように答えた。
「いえいえ、ご迷惑をお掛けしましたので…
当社規定にのっとり、今回は間違いの2回目ですので、前回の倍額をお振込致します。」
倍額を?
6万円?
私は、呆れた。
絶句していると、女性はさっさと
「では、すみませんでした。」
電話を切ってしまった。
「痩せたんじゃない?」
その日優子は、朝、職場で顔を会わせるなり、そう切り出した。
「そう?」
私は、別にそうは、思わない。
「痩せたよ。やつれたって感じ。
大丈夫?」
「ぜんぜん調子いいよ。」
「だって…」
私はイラッときた。
「しつこいなあ。大丈夫って私が言うんだから、間違いないの!」
優子は驚いたようだ。
「ご、ごめん。」
私は、仕事の準備を始めた。
携帯電話が鳴った。
まただ。
もう、あれから5回目だ。
また、間違い電話だろう。
私は、乱暴に出た。
「はい?」
「あ、こちら、コスモダ社のサービスですが、鈴置 万里子さんでしょうか?」
「違います。もう、覚えなさいよ。」
とはいえ、内心は、やったと思う。
何せ、毎回、前回の倍々で払われてきた迷惑料が、今回は48万円なのだ。
なにもせずに、ゲットだ。
「あらあ…すみませんでした。
またやっちゃいましたね。」
大して問題なさそうな口調で、例の女性がそう言った。
この女性とは、あまりに間違い電話が多いので、最近は、けっこう世間話的な会話をしてしまう。
「大丈夫なの?
会社をクビになるんじゃないの?
もう、5回目だし。」
「それは困ります。
大丈夫ですけどね。」
のんきな会社だ。
「もうすぐ百万円代にのってしまうよ。」
私はクスクス笑った。
しばらく世間話をして、電話を切った。
ところが、そのあと、かかってこない。
私はイライラを募らせた。
(百万代にのせてやりたいな。)
あんな女性を雇っているくらい余裕があるなら、もっと払ってもらっても、問題ないだろう。
それでも数日、電話はなかった。
もしかすると、本当にクビになったのかもしれない。
気になる。
今日は非番の日だった。
昼過ぎになると、私はたまりかねた。
携帯電話の着信履歴にある、いつも間違い電話をかけてくる電話番号に、こちらからかけてみた。
すると、
「この番号は、現在使われておりません。」
え?
もう一度かけてみたが、同じだ。
コスモダ社の番号ではない?
コスモダ社の名をかたる誰かに騙されていたとしたら、気味が悪い。
コスモダ社のカスタマーセンターの電話番号を、電話帳で調べてみた。
私が受けている電話番号とは違う。
カスタマーセンターに電話をしてみた。
「コスモダ社カスタマーセンターです。」
落ち着いた声の女性が出た。
「すみませんが、間違い電話が何回も御社のサービス部門から、かかってまして、迷惑料を頂いてる者ですが…
その電話番号にかけ直したら、番号が使われてないってことなんです。
どうなってるのですか?」
「失礼ですが、その電話番号と、お客様のお名前をフルネームでお願いします。」
私は名を告げた。
「番号は○○-○○○○-○○○○、
私は、園山 みずき、です。」
電話のむこうでは、何か調べているようだ。
しばらく待つと、返事がきた。
「お待たせしました。
ご指摘の部署は弊社には、存在しておりません。」
「ええっ?」
私はあまりに驚いてしまったために、うまくつっこめなかった
。
コスモダ社から電話が来ていたことに、まちがいは、ないはずだ。
それとも、コスモダ社をかたる、悪質ないたずら?
それにしては、お金を振り込んでくるなんて…
どういうこと?
その日の夜に、あの携帯電話が、鳴った。
すぐに出た。
「もしもし?」
「こちら、コスモダ社のサービスです。
園山 みずき様でいらっしゃいますか?」
あの女性だ。
今回は、間違い電話ではない。
私の名前で、たずねてきた。
私は、すぐに問い詰めた。
「ちょっと!
この電話番号、コスモダ社と関係ない番号だとわかってるのよ!
あんた、いったい、どこのなんなの?」
電話の相手は、私のことがわかったようだ。
「あ、いつも間違ってかけてしまうあなたでしたか。
私は、コスモダ社の者ですが…
裏方なもので。」
「なにそれ?
意味わかんない!」
相手の女性は、1人で勝手に、嬉しそうに、声を弾ませた。
「今日はあなたにお知らせがあります。」
「だから、正体を明かしなさい!」
私の話を聞いてないのか、無視してるのか、女性は、やや、砕けた口調になった。
「あなたも、これでサヨウナラですよ。
頂くものは頂いた…」
急に…女性の甲高い声が、合成音の声を低くするように、不自然に変調し、低くなっていく。
私は電話がおかしくなったのかと思った。
相手はお構いなしに、話し続ける。
「あなたには、こちらに来てもらいます。
こちらから、あなたの代理が行きますので、ご心配なく、すぐに行きます。
では。」
では、のところでは、完全に男性の声になっていた。
電話は切れた。
頂くものは頂いた…どこかで聞いたフレーズ。
私は、気づいて、背筋に寒気が走った。
優子が言っていた都市伝説だ。
すぐに優子の携帯電話に電話をした。
つながって!
「はい、もしもし?」
優子が出た。
少し安心した。
「あ、優子?私。」
「何よ、慌てて。」
「あの、コスモダ社の電話が…
都市伝説の…」
「え?なに?」
アパートの玄関のドアが開いた音がした。
鍵は閉めておいたはず…
そちらを見ると、
「!」
悲鳴も出なかった。
私がそこにいる。
正確には、私そっくりの私が、玄関で、靴を脱いでいる。
自分の家に帰ってきたように、自然な動作だ。
手にしていた受話器から、優子の声がした。
「どうしたの?
おーい?」
「優子、今…」
そこから話すことはできなかった。
玄関にいたもう一人の私が、いつのまにか私の目の前におり、覆い被さるように、私の首をつかんでいる。
スゴい力で、喉が潰され、声がでない。
優子の声が、手から滑り落ちた受話器から聞こえる。
「みずき?」
もう一人の私が、受話器を取った。
「ああ、ごめん。
飲みすぎた。
また、明日ね。」
電話を切られた。
もう一人の私は、私の首をつかんだまま、顔同士が触れるほど近づいて、話す。
「明日から、私があなた。」
何が何だか、まったく、わからない。
いつの間にか、部屋の中に数人の黒い服の男が上がり込み、私を大きな袋に包み始めた。
声は出ない。
暴れているはずの私の手足は、すでに、だらんとしていることに気がついた。
首をつかむ力が強くなり、視界が次第に狭くなって来た。
私は闇に落ちていった。