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自家発電に切り替わった頃には野々原と日向の姿がダイニングルームから消えていた。合田は携帯電話を取り出し、大野に電話する。
「俺だ。犯人が姿を消した。野々原という執事が逃走を手助けしている。今すぐ犯人を追ってくれ」
合田が電話を切った頃、野々原と日向は豪邸内にある森林を走っていた。その間野々原は日向の手を離さない。
「あなたは一体誰なんですか。どうして私を逃がしたのですか。私は逮捕されるつもりだったのに」
日向は走りながら野々原に聞く。だが野々原は質問に対して一言で答える。
「その質問の答えは、僕にとってあなたは大切だからです」
この野々原の言葉を聞き日向は顔を赤くする。
「もしかしてあなたは私の彼氏だったのですか」
この質問に対して野々原は沈黙する。すると森林の奥から光が見えた。その周囲の木々は揺れている。
「見えました。あのヘリコプターです」
野々原が指さした先にはヘリコプターが停まっていた。2人はヘリコプターに乗り込む。
そして2人を乗せたヘリコプターは離陸する。
日向沙織は野々原の隣に座り、車窓を覗き込む。
「大丈夫ですか。警察は私たちを追ってきませんか」
「大丈夫ですよ。警察の方は仲間に任せています。それにこのヘリで逃走していることがバレても、このヘリには武器が搭載されていますから、いざとなったら反撃もできます」
「本当に頼りになりますね。ところでどうして私が真犯人だと思ったのですか」
「あの時あなたは額を触りました。そこで分かったのですよ。僕が知っているあなたは、隠し事があると額を触るクセがあります。お気づきですか。僕はあなたを罠にかけたのですよ。櫟井さんを贖罪の山羊として差し出すと決めた時もあなたは右手で額を触りました。それ自体が贖罪だったのでしょう。あなたは目の前で自分の罪を押しつけられる生贄が生まれようとしたことに罪悪感があったのでしょう」
「でも私は記憶喪失ですよ。あなたが知っているクセが出るとは思えませんが」
「記憶は一つではありません。あなたが失っているのは思い出を司っているエピソード記憶です。クセは体に染みついている手続き記憶。つまり記憶喪失だとしても、クセは残っているのです」
「あなたは誰なんですか」
3回目の質問を受け、野々原は変装マスクを剥がし素顔になる。
「申し遅れました。僕の名前は愛澤春樹です。よろしくおねがいします」
愛澤が自己紹介すると、彼の携帯電話が鳴った。
「もしもし」
『ガブリエルです。変なことをやったでしょう。私と同じ顔のおばさんを保護したとか。これからマスコミが騒ぐようになるよね。田中ナズナのそっくりさんが殺人を犯したって。それをやられると風評被害が出ますよ。もう衆議院議員を辞めた方がいいのかな』
「その方がいいかも知れませんね。因みにこの作戦の目的の一つは、あなたを東日本から追放することです。そうじゃないと別の方法で彼女を保護していますよ。たとえば誘拐とか」
『誘拐の方がよかったな。田中ナズナと間違われて誘拐されたと思ってくれたら迷宮入りの夢じゃないから。そんなに私と会いたくなかったの』
「まだあなたには会いたくありません」
愛澤は電話を切る。2人を乗せたヘリコプターは夜の摩天楼を飛んでいく。




