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午後11時。合田たちは再び松本叶が暮らす豪邸を訪れた。
「こんな夜分に何事ですか」
野々原が聞くと合田は逮捕状をダイニングルームに集まっている松本彩夏たち6人に見せる。
「松本叶。殺人容疑で逮捕する」
野々原はその言葉を聞き笑う。
「ふざけないでください。証拠がないでしょう。松本叶お嬢様が犯人だという証拠を見せてください」
「指紋だ。一か所だけ指紋が付着していた。岡野の上着に仕舞われた新聞記事から」
「嘘です。遺留品に指紋が残されていたなら、最初の訪問の時に逮捕状が請求されていたはずですよね」
「最初の訪問時点では指紋を入手することはできなかった」
「豪華客船ファンタジア号人質籠城事件の新聞記事にお嬢様の指紋が付着するはずがないでしょう」
この言葉を発した日向沙織は木原たちに注目される。
「なぜ分かりましたか。その新聞記事が豪華客船ファンタジア号人質籠城事件の新聞記事だって」
木原の質問に続くように神津が推測を話す。
「それはあなたが犯人だという証拠だ。因みにその新聞記事が岡野の上着のポケットから発見されたというのは嘘だ。本当の証拠は、あなたの指紋が岡野の上着から検出されたことだ。だから話してくれ。なぜ岡野を殺したのかを」
「刑事さんの言うとおりです。私が岡野さんを殺しました。明確な殺意もあったから事故ではありません。殺人です」
日向沙織の自供を聞き、櫟井たちは驚く。
「嘘だろう。だってこの殺人は松本彩夏お嬢様の殺人じゃないか」
「それは嘘です。お嬢様は犯人ではありません。私を庇っただけです」
「話してくれないか。どうしても動機が分からない」
「昨日の今頃、私は訪問客の岡野さんの接客をしていました。その時に彼はある新聞記事を見せました」
「それが豪華客船ファンタジア号人質籠城事件」
木原が確認すると日向は縦に頷く。
「岡野が39年前に捨てた娘が私。さらに私は豪華客船ファンタジア号人質籠城事件で社会的に死亡した人質の一人。この告白を聞いて私は錯乱しました。私は記憶喪失です。こんなことを聞かされても何ともなかったけれど、岡野さんが最後に言ったあの言葉が許せなかった」
それは岡野が屋敷から帰宅しようとした時に発しられた言葉だった。
「そのメイドさんが欲しい。彼女は私の娘だ。娘を引き取る義務が親にはあるだろう」
「この言葉が許せなかった。39年間もほったらかしにした父親なんかに引き取られたくない。そう考えていたら、殺意が生まれました。そして私は階段から岡野さんを突き飛ばしました」
真犯人の自供を聞き、野々原はポケットに忍ばせたスイッチを押す。すると突然豪邸が停電となった。
野々原は暗闇の中で日向沙織の右腕を掴む。そして彼は日向沙織と共に、ダイニングルームから脱出した。
「籠の鳥」
松本叶が逃走していく野々原と日向の人影を見ながら呟く。その声を合田は聞き逃さなかった




