二話 「はじまりの日」
一週間に一回も更新できない…。今回も修正あるかもしれません。
鳥が鳴いている。
幸一は見慣れない部屋で目を覚ました。この部屋はそう、昨日この世界で知り合ったリーファというお姉さんポジションの女性。この世界…つまり≪二次元≫では"ナビゲーター"を務めているらしいが、本当のところは詳細不明だ。
ゆっくりと身体を起こし、全身をほぐすように両手足を伸ばす。「ん~!」と気持ちよさげな声を口から漏らすと、それにリーファが反応したのか扉をノックされる。
「あら?起きた?」
「あ、はい。おはようございます」
「うん、おはよう」
≪現実世界≫でもそうだったが、いつもの挨拶は欠かさないのが幸一の長所である。
起きたときは必ず「おはよう」と一言。朝食昼食夕食を食べる前には必ず「いただきます」と一言。面倒だとは最初思ったが、人として当たり前のことをしなさいと両親に教えてもらいながら育ってきたため、挨拶を忘れることは絶対にない。良心的なマナーを持った青年というイメージがすぐに作られる。
挨拶だけだが。
二人して挨拶を済ませると、リーファは悩ましい顔をしていた。「考える人」のようなポーズを取り、低く唸っていた。すると、突然だった。
「何か違和感あると思ったら幸一君敬語なんだね。普通な感じで話してもいいのに」
「ふ、普通な感じ…??」
「そう。敬語じゃなくてね?」
「タメでってことですよね」
「うん」
明らかに目上な感じのお淑やかな女性に対してタメ口……と幸一は少し考えた。だがリーファの言うことだし…と結論付け、従うことにする。
「わかったよリーファさん」
「うんそれでよし。私のことをどうやって呼ぶかは自由でオッケー!」
「はい」
美人だなぁと幸一は妄想を膨らませつつ、朝食が待っているリビングへと歩いて行った。
朝食は豪華だった。
普段幸一の朝食は、パン一枚にイチゴジャムをべっとりとつけたようなモノしか食べてこなかったため、起きた直後にまるでランチかのような定食を頂くことになろうとは思ってもみなかっただろう。
だが気になるのは、味。
「う、うまい…」
「でしょ?私結構自信あるんだ」
≪二次元≫にきて、初めて食べたものとはいえ、美味すぎたのだ。一口食べた後は、もう両腕が止まらない。次々に食べ物を口へ放り込むと、いつの間にか皿の上には何もなかった。
もう食べきってしまったのか―――と幸一自身が驚くくらいのスピードだった。リーファはそんな幸一の姿を微笑ましく見ていた。
「さてと、朝食も済ませたことだし、どうしましょう」
「うーん…この世界のこともよくわかってないし…どうやって≪現実世界≫に帰れるかもよく分かってないし……」
≪現実世界≫という言葉を発した後、幸一はリーファの表情の変化に気づく。
怒りや悲しみや哀れみという感情ではない。また違った…謎の表情をリーファは表に出していた。すると、リーファの方から疑問の言葉が飛んでくる。
「…≪現実世界≫に帰りたいと思ってるの?」
幸一はその言葉に唖然とする。
本当のところ、帰りたいと思っているのか。まだこの世界に来て「一日目」だが、とても楽しい。現実味があったりなかったりで、しかもゲームの世界のような「自由」がある。
「あ、……いえ…本音はここにいたいけど…」
「そう…。あともう一つ言い忘れてたことがあるけど」
「ほぁ…。何ですか?」
一呼吸置くリーファ。だが、その一瞬が幸一にとってとても長く感じた。
「この世界の重要なルールの一つ…≪188日の地獄≫」
その一言。その一言が、まるで空気を裂くような感覚。
≪188日の地獄≫。幸一はとても険しい表情のリーファを見つめていた。普通じゃないルールだということを察したのか、幸一の身体が身震いした。
「な、んですか…それ?」
この場の空気を一変させた≪188日の地獄≫という言葉の響きは、とてもおぞましいものと思える。
リーファはその言葉を再び発することはなく、変わって「そのルールは」という一言からはじまった。
「説明するよりも、実際に見た方がはやいね。ちなみに今日がその日だから」
「その日…?」
リーファの言葉に幸一の頭はもう「?」状態。だが、詳細を訪ねようとしたとき、幸一の脳まで鐘の音が響いてきた。
とてもトーンが低く、神社の鐘の音かと思わせる音色だ。
「な、んだ?!」
「外に行きましょう。この街は一応この近辺の集合地に設定されてるし」
「は、は??」
「集合地」。それは最初にリーファの説明を受けたときにチラッとだけ出てきたのを幸一は思い出した。
集会などを開く場合、何らかのアナウンスが必要になる時がとても多く、人が集合する場所を決めなければならない事態が過去何度もあった。
そのため、≪二次元≫というこの世界では、いくつかの街が「集合地」に設定されており、幸一が初めてこの世界に降り立ったこの街。「アルゲイル」もその「集合地」の一つとなっている。
幸一は黙ってリーファの後についていくと、自分が最初にこの地に降り立ったあの場所に人々が集結していた。
その数は、最早数えられるレベルではない。尋常じゃないほどの量の人、人、人。しかし、「アルゲイル」の街としての規模はそう大きくないが、明らかに今この場にいる人々の数は、この街が許容できる人数を圧倒的にオーバーしている。
「な、なんだこれ……」
そして―――。
幸一が不意に空を見上げると、そこにたった一人だけ、何者かが居た。その人物が、口を開く。
『諸君。これより、≪188日の地獄≫を施行させてもらうとする』
低いトーンの声を持つあの男が、その一言を発した瞬間、この場所にいる人たち全員の表情が変化していることに幸一は気づいた。
先ほどまで笑いながら話していた人たちは、一気に険しい表情になり、まるで怯えているかのような感じの人もいた。
それほど、この≪188日の地獄≫は恐ろしいのか。幸一は地獄と名付けられている理由がなんとなくだが分かった気がしていた。この感覚は、まるで「ゲーム」のようだ。
と考えている暇もなく、あの男が次の言葉を発言する。
『「仕分け」を開始する』
「"仕分け"…?」
「それが、この≪188日の地獄≫と呼ばれている理由」
幸一が一人呟いた「仕分け」という言葉に、リーファが補足した。
それが、この≪188日の地獄≫と呼ばれている理由。仕分けという言葉自体にはきっと何の意味もないはずだろう。正しい日本語ならばという話だが。
しかし、明らかにこの世界での「仕分け」というのは、あんまり口に出してはいけない言葉だと幸一は直感的に理解する。
幸一はしばらくあの男の次の言葉を待っていたが、中々口を開かなかった。
我慢することに限界を感じた幸一は、リーファに≪188日の地獄≫と「仕分け」について詳しいことを訪ねようとしたが…。
幸一のすぐ隣にいた老人が一瞬、ほんの一瞬で「消失」してしまった。
「ッ!?」
「…今回で一人…」
リーファが謎の一言を呟いたかと思えば、あの男がついに発言した。
『これにて、「仕分け」を終了する。今回の"犠牲者"はおよそ3名、悲しいことだが…犠牲者が出たのは前々回ぶりだ。そして、今回「仕分け」の対象になった者は、およそ142名だ』
その一言を最後に、あの男はこの場所から消え去っていた。やがて、少しずつアルゲイルから人々が去っていくのが幸一の目に映っていた。
数分経過すれば、もうアルゲイルにはいつもの人々で賑わっていた。あれだけいた人たちは、一体どこから現れたのだろう。外の世界はどこまで広いのだろうと幸一は想像しつつも、ただ一人でアルゲイルの海の景色を眺めていた。
あの男…そして「仕分け」。さらに≪188日の地獄≫。もう訳の分からないことばかりで軽く頭が混乱しかけた幸一は、あの後人ごみの中に紛れてしまってリーファとはぐれ、気づけばこの景色を眺めていたという粗筋だ。
勿論、その後すぐに幸一はリーファと朝食をともにしたあの家に向かったが、中に誰もいなかったことを確認している。
「この世界は…俺が行きたかった場所なのかな」
すっかり弱気な発言を繰り返すようになってしまった。
≪二次元≫とはこんな場所だったのか。今日が"188日目"だという話で、≪188日の地獄≫が起きたという事実は認めざるを得ない。そして、あの場から「犠牲者」が出たことも。
幸一は、あの老人がどうなったのかは分からないが、大体の見当はついていた。どう考えても、一つの結果にしかたどり着かなかったからだ。
「……現実に戻ったんだよな、あれは」
老人まで≪二次元≫に来たいと思ったのかは不明だが、少なくともこの世界からは完全に消失していたのは明らかである。
白い光に包まれたかと思えば、その場にはすでに"存在していなかった"のだから。だが、あまりに簡単すぎるかと幸一は悩んだ。「地獄」と呼ばれている以上、もっと恐ろしい何かがあるはずなんだと。
そして、幸一はこの「世界」で自分がやらなければいけないことが少しずつ、見えた気がしていた。