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イミテーションリリー  作者: 緒明トキ
体育祭編
8/28

八つ当たりと普通の女の子

 黒歴史時代からいささか大人になったあたしは、素直に歩き出す。少し後ろを歩いていた不良ちゃんが、ふと横に並んで来て、こちらを見ないまま言った。


「……悪かったよ、八つ当たりして」

「え、あ、ああ……まあそういう時もあるよね。でもきみ――」

「榊涼子」


 ぶっきらぼうに名乗って、涼子ちゃんはすぐに口を閉じた。シャイか。

 気を取り直して、あたしはもう一度話しかける。


「あ、涼子ちゃんね。涼子ちゃん、喧嘩結構慣れてるでしょ。普通の女の子はあんな回し蹴りくらったら怪我しちゃうからね」

「ふん」


 残念ながらあたしも喧嘩慣れしている部類だ。中学のころは「鬼女蒲原」として界隈に名を馳せていた。全く嘆かわしい。

 苦い記憶に遠い目をしながら言うと、涼子ちゃんはぐっと眉間にしわを寄せた。だが可愛い子はむっとした顔をしても可愛いのである。


「普通の女の子、じゃねーだろ、こんなとこにいるなんて」

「え?」

「……なんだよ、すっとぼけてんじゃねーよ」


 すっとぼけるも何も。

 心当たりを手繰り寄せてみても、どうもしっくりこない。とりあえず、困惑しながらも口を開く。


「いや、確かにあたしは中学までちょっとすれてたけど……まあ、今は普通の女の子してるつもりなんだけどね」

「……は?まさかあんた、本気で知らねーのか?」

「え、何が?」

「何が、って……」


 ふと顔を曇らせた涼子ちゃんは、伺うようにあたしの顔を見上げた。お互いに困り切ってしまって無言になる。黙ったまま角を曲がると、突然強い日差しがあたしを射抜いた。


「え、ちょ、おい!?」

「っあ、や、やべ……!」


 一瞬目の前が真っ白になり、地面が歪む感覚に足を踏ん張る。ライン引きにもたれるように傾いた体を、小さな体が抱きしめるようにして支える。じっとしていると、段々と視界の揺れが収まってくる。


「あ、あんた、大丈夫なのかよ」

「……ごめん、もうちょっとこのままでいさせて……」

「え」

「立ちくらみ、ぽいから……」


 涼子ちゃんの方に手をついて目を閉じる。ゆっくりと息を吐いてから瞼を押し上げて、いつも通りの景色に安堵しながら体を離す。


「いやー、ごめんね。急に明るいとこに出たからびっくりしちゃったみたい」

「お、おう……つうか、体調わりーなら休んでりゃいいんじゃねーのか」

「うーん、多分お昼ご飯食べれば落ち着くと思うんだけど……でもありがとうね、やばかったら休むわ」


 あたしの腕をとって心配そうに覗き込んでくる涼子ちゃん。胸あたってるよ、なんて言ったらまた蹴られそうだから黙っておく。案外面倒見がいいんだな。

 まあ大丈夫でしょ、と笑って肩を軽く叩くと、ふと首をかしげた涼子ちゃんがあたしの真っ青なTシャツ(クラスのもので、今回は美術部の子がデザインした)を引っ張る。なんだろうと背を屈めると、首筋に顔をうずめられた。え、なにこれ、可愛い。いやしかし今のあたしは汗臭いと思うので離れていただきたい、んだが


「……なんだ、この匂い。香水か?」

「あああごめんね汗臭くて!って、香水?」

「じゃ、ねえのか?なんかあんた、いい匂いする」

「そう?」


 あ、もしや例のアリアールか。いや、フアーフアだったか。まあよく覚えていないが。


「そういやよく言われんだよね。多分柔軟剤じゃないかと思うんだけど」

「柔軟剤?」

「うん」


 至近距離で目が合う。涼子ちゃん、黒目でかいな。

 わあ、目に映る自分と目が合う、なんて思いながら黙って見つめていると、涼子ちゃんがみるみる頬を染めていった。ふふん、近距離戦は慣れているのだよ、アンリちゃんでな。


「ばっ……!」

「うわ」

「ち、ちっけーんだよ!離れろ馬鹿!」

「え、ご、ごめん」

「謝んなよ!近づいたのはおれだろーがよ!謝ればいいと思ってんじゃねーよ!」


 なんだ、理不尽なことを言っている自覚はあるのか。きっと思わず言ってしまったことを一人で悶々と後悔しているんだろうなあと思うと、真っ赤な顔をして睨みつけてくる涼子ちゃんがますます可愛く見えてくる。


「いや、ごめんね。涼子ちゃん、ほんといい子だね」

「はあ!?ガキ扱いしてんじゃねえよ!」

「ごめ……ちょ、やめて!足技は勘弁して!」


 近距離で蹴りをかまされそうになって慌てて体をよじると、涼子ちゃんは上げた右足をゆっくり下げて、何だよその動き、と小さく笑った。

なにこの子、デレた時の笑顔超かわいい。ちょっと高慢な感じに眉をきゅっと寄せるのがたまらない。カメラ、と慌ててポケットをまさぐるが、小銭入れしかない。あっ、そうだ、肉体労働前に絵里子ちゃんに預けてるんだ。うわあああ、あたしの馬鹿!


 結局本部まで線引きを運んでもらって、涼子ちゃんとは別れた。借り物競争に出ると言うと、それは種目に出るとは言えねーけど無理すんなよ、と馬鹿にされつつ心配された。そういや、あの子の方が一個年下じゃなかったか、しっかり者め。苦笑しながらその背を見送って、あたしは昼休憩のためにクラスのテントへと向かった。


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