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イミテーションリリー  作者: 緒明トキ
体育祭編
7/28

煙草と一年生

※未成年の喫煙描写がありますが、あくまでフィクションです。未成年の喫煙を推奨、容認するものではありません。

 もうすぐ昼休み。午前の種目は滞りなく進んで、あとはハードルのみ。午後は借り物競争や障害物走といったお楽しみ種目が続く。応援合戦を真ん中くらいに挟んで、ラストはクラス対抗リレーだ。


「翔子ちゃんもうすぐハードルだね、代わろうか」

「え、あ、ほんとだ!ありがとう!」


 翔子ちゃんが持っていた赤いコーンを受け取って、あたしは体育倉庫へと足を向ける。運動部エースは引っ張りだこだ。翔子ちゃんは委員会があるからと減らしたそうだが、それでも午前中の短距離走とハードル、さらにはラストのリレーと三種目で全力疾走する。それに比べてあたしは借り物競争だけなので、先ほどから仕事に専念している。


 相変わらず腹は痛いが楽しい。雰囲気を味わうだけで、気持ちだけは元気が出る。体育倉庫に赤いコーンをしまって、昼休みのうちにラインを引きなおすための石灰を補充しに行こうかと裏に回ると、嗅ぎなれた匂いが鼻をかすめた。


「……何見てんだよ」

「……や、別に……」


 念のために言っておくと、何見てんだよ、が相手で、別に、が私だ。そろそろ見られるのに慣れてきたあたしはいちいちそんなことは聞かない。

ジャージのラインの色から一年生だとわかった。小柄なその女の子は、豊満な胸に華奢な腰をしている。童顔なのに体つきは完全に大人だなんて、なんというか、ちょっとえろい。いや、そういうことじゃなくて。


「あの、煙草吸うなら屋上とかの方がいいよ。ここ、体育委員が結構来るから」

「はあ?」

「あと、吸い殻はちゃんと始末してね。じゃ」


 正直、ばれないでくれるならそれでいい。あたしは踵を返した。ただでさえてんてこ舞いなのだから、喫煙をしていた生徒をどうするだとか正直面倒くさい。

 なかったことにしたうえ忠告までしたあたしを、よく通る高い声が立ち止まらせた。


「待てよ。何様のつもりなんだよ、あんた」

「体育委員の蒲原ナツキですけど。あー、ほら、今仕事増やされても困るっていうかさ」

「ふざけんじゃねえよ、なんでおれがあんたの都合で動かなきゃなんねえんだよ」


 ぱっちりお目目があたしを射抜く。睨みつけても怖くないというのは、うらやむべき点なのだろうか。


「ふざけんじゃねえよ、こんなとこに入れられてよ。仲良しごっこなんざガラじゃねーんだよ」

「は?それってどういう」

「こっちはストレス溜まってんだよ、煙草ぐらいでぐだぐだ言ってんじゃねえ!」

「うわっ!」


仲良しごっこは多分体育祭だろうけど、こんなとこに入れられて、とはどういうことだろうか。入ろうと思わない限り入れないような学校だし、喫煙のベストスポットを把握していないことから持ち上がり組でもないようだ。首をかしげると同時に不良ちゃんに太もものあたりを豪快に蹴られた。不意打ちだったこともあり、案外しっかり入って悶絶。かわいい外見に惑わされちゃだめだってことか。


「いでででで……」

「なんだよ、言いてーことあんなら黙らしてみろよ!」

「あぁ?こんなの二度はくらわねえよ」

「~~っ、舐めてんじゃねえ!」


 もう一度襲ってきた足をつかんで止めると、不良ちゃんが驚いたようにこちらを見た。いや、黒歴史時代に伊達に男ども相手に喧嘩してないからね。この程度は朝飯前だ。


「二度はくらわねえっつってんだろ、芸がねえ」

「なっ……!?」

「かわいいからって何してもいいと思うなよ、まして暴力とか絶対すんな」

「ふ、ふざけんな!なんだよ偉そうに、むかつくんだよ!おれの気持ちなんて知りもしない癖に!」

「そりゃわかんねーけど……だからって人を蹴っていいわけねーじゃん、わかってんだろ。余計なこと言ったのは謝るよ、ごめんなさい」

「――っ!!は、放せよ!」


 おとなしく手を放すと、不良ちゃんは毛先に向かって色が明るくなっている茶色い髪をぐしゃりとかき上げた。少し痛んでいるのか、ところどころもつれている。適当に伸ばしているのだろうか、せっかく真っ直ぐなのに。もったいない。


とりあえず本来の目的を果たそうと、裏の小さな小屋に立てかけてあるライン引きを二つ持つ。前に進むたびに蹴られた太ももがぴりぴりと痛んで、思わず眉をひそめた。不良ちゃんは、あたしが側を通るたびに毛を逆立てる猫のように眉を吊り上げて、あたしを睨んでくる。


「じゃああたし行かなきゃいけないから。あんまり変なことしちゃだめだよ」

「っ、ま、待てよ!」

「え、なに」


 いきなり大声を出されて、驚いて振り返ると、あたしから視線をそらしながら不良ちゃんが手を差し出していた。本当になんだろう。


「……なに?」

「い、いっこ持ってやるよ……」

「ええ!?」


 どういう風の吹き回しだろうかと思わずまじまじと彼女を見つめると、舌打ちをしてあたしを睨みつける。


「よこせよ、ほら!」

「わ、あ、ありがとう……」

「さ、さっさと歩けよ!どこ行けばいいかわかんねーだろ!」


 口調は怒っているようなのに、行動はとても親切だ。あたしはなんとなく過去の自分を思い返した。あたしなんかとは比べ物にならないくらいかわいらしい容姿をしているのに、素直じゃない辺りはちょっと似ているようにも思える。彼女にとっては、あたしなんかに似ていることは不名誉にしかならないだろうけど。


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