翔子ちゃんと体育委員会
放課後の委員会で、上機嫌だったあたしに訝しげな視線を向けてきたのは、隣のクラスのさわやかスポーツ少女、梨本翔子ちゃんだ。
「ナツキ、ずーっとにこにこしてるけど、なんか企んでんの?」
「いんやあー?ただちょっと昼休みにあたしの天使さまからお手て振られちゃってさあ……もう顔の筋肉が緩む緩む」
「ああ……美園さんか」
「もうほんとに超素敵だったよ、白い肌に小っちゃい顔にぱっちりお目目に白魚のような指に……そもそもあたしのような下賤の者にすら目をかけてくださるお心がすばらしいよね」
にやにやと緩む頬を手で引き上げながらあたしが熱く語ると、翔子ちゃんは困ったように笑った。
「同意を求められても困るけどさ。ていうか普通、初対面であんだけ口説かれたら無視できないって」
「え?口説いたつもりはないんだけどな、そんな恐れ多い」
「ずっと憧れてました、覚えてないかもしれないですけどもう一度お会いしたくて来たんです、好きですほんっと好きです、陰ながら応援してます頑張ってください、今日も素敵ですお美しいですまたお会いできたら嬉しいです、って言ってたよ。一時期噂になってメールも回ってきたくらいだし、あたしも覚えちゃったし」
「う、うわあ……心の声ダダ漏れてる感じだわ、最悪。今度から言う言葉決めて練習しとこうかな」
入学式の数日後に偶然美園さんにお会いした時の醜態を思い出して眉間にしわを寄せると、日に焼けて茶色がかったショートヘアーを揺らして翔子ちゃんは無邪気に笑う。それに合わせて、外はね気味の髪が肩口で踊った。
テニス部エースの彼女は、人懐っこい小型犬のような愛らしさとは裏腹に、かなりストイックな練習メニューを組むと専らの噂だ。あたしより小柄で顔立ちもかわいらしいため、普段は全くそう見えないが、一度ちらりと見た試合ではとても凛々しくて、正直ギャップにくらっときた。たまらない。
「でもさ、ほんとはちょっとうらやましいんだよね。それだけ好きな人がいるっていうのが」
「え?そう?まあでもしょうがないんじゃないかな。ここ、女の子ばっかりだし……あたしが変わってるんじゃない?」
「……ん、そうかも。でもさ、そんなに好きだったり好かれてたりって、なんかいいな」
机の上に伸ばした腕に頭を乗せて、拗ねたように言う翔子ちゃん。なんだこのかわいい生き物は、ぎゅっとしたくなるじゃないか。いや、しかしこんなにかわいい女の子に気安く触れてはならない。かわいい女の子はいつだって優しく包み込まれ、愛されるべきなのだ。男どもをぶん殴って生きてきたあたしなんかが気安く触れていい存在ではないのだ。
あたしはぎゅっと拳を握ってときめきを耐えた。思い出せ、父さんの顔を冴えない顔を。前髪がじりじりと後退してきている頭部を。あ、なんか気分が落ち着いてきた。あたしはちょっと考えてから口を開く。
「きっといつか翔子ちゃんもすっごい好きな人できるよ!ていうかあたしは翔子ちゃん好きだな!」
「え」
「だっていっつもいろんな人のこと考えてるじゃんか、すごいよ!練習のメニューだってそうだし、勉強だってわかりやすく教えてくれるし……みんなが嫌がるような仕事もすぐに立候補するよね、かっこいいよ」
「そ、そんなことないよ。あたしはただ、ちょっと暇だからやってるだけで……」
「翔子ちゃん、そういうのって誰でもできるわけじゃないんだよ。だからあたし、いっつもすごいと思ってるよ」
文武両道を地で行くような頑張り屋さんの翔子ちゃんは、周りからの信頼も厚い。努力に裏付けされているからこそ、ますます素敵に見える。顔が怖いことに加えてちょっとガラも悪いあたしからしたらうらやましい限りだ。あたしの場合、後輩ちゃんたちはまず懐いてくれない。
「……あのさ、ナツキは誰にでもそういうこと言うの」
呆れたような視線を送ってくる翔子ちゃんに、小さく首をかしげてあたしは答える。
「なんで?翔子ちゃんに伝えたいから言ったんだよ。それにほんとに好きじゃなきゃ好きだなんて言わないよ」
「いや、そういうことじゃなくて……いや、やっぱいいや」
ふいに顔を背けた翔子ちゃんの耳がほんのり赤く染まっているのが見えて、あたしはきゅんとする。照れ屋だなんて、ほんっとかわいいなあ。