麗しの先輩と柔軟剤
アンリちゃんの自撮り写真は全部カメラ目線だった。なんだこれ、まぶしすぎて直視できない。
「どうよ」
「たいへん麗しいわナルシーめ。美人過ぎてちゃんと見てられないじゃんか、どうしてくれるんだ」
「ふふん、でっしょ」
恨めしさを前面に押し出しながら言うと、美貌と騎士道とナルシズムでできている菊野アンリ副会長は満足そうに笑った。なんだけしからん。どんな顔しても美人じゃないか。極悪人面で画面を睨みつけていると、その長い腕で頭のてっぺんをぐしゃぐしゃとやられた。
「……いやあ、かわいいわ、なっちゃん。あたしの写真そんな嬉しい?」
「えっ?べ、つに?アンリちゃんならいつでも撮れるしい?」
「へえ?顔赤いよ、お嬢さん」
「今激怒してっからね!メモリ足りなくなったらどうするんだこの美少女めこんちくしょうって思ってっからね!」
やたらと熱い頬に左手を当てながら早口で言うと、アンリちゃんは大口開けて笑った。
「あー、やっぱ好きだわ、なっちゃん!おもしろいしいい匂いするし」
「あ?匂い?」
「おいガラ悪いぞ元ヤン」
「いやん絵里子ちゃん、それは言わない約束でしょ」
袖口に鼻を当ててみるも、別段変わった匂いはない。洗剤の匂いだろうか。時々あたしからいい匂いがするらしく、なにか香水でもつけているのかとよく言われる。そんな時はたいてい使っている洗剤を紹介するようにしているのだが。
「まだアリアール使ってるよ」
「あたしもアリアールにしたんだけどね、なんか違う感じがするんだよねえ」
「え、じゃあ柔軟剤かな。オレンジのフアーフアを使ってるんだけど」
「それかなあ。とりあえず試してみるわ」
「うん、やってみて」
待たせていた友達が入口あたりで手を振っているのを見て、アンリちゃんはじゃあ、と走って行った。いや待て。
「あ」
遠目からでもわかる。手を振っている女の子の斜め後ろにいるのは、副会長の桃井さんと、あたしの運命を変えた黒髪のお姫さま。
「美園さん……」
声がでかいと有名なあたしらしくない、弱弱しくかすかな声で呟くと、そんなわけはないのに麗しの美園さんがちらりとこちらに目をやったような気がした。というか目が合っているような気がするが、きっと気のせいだ。今日も今日とて吸い込まれそうな瞳をしている。携帯を握りしめて見つめていると、美貌の少女はふっと口元を緩めて微笑んだ。そしてその白魚のような手を顔の横に持ってきて、ひらひらと動かしたのである。頬に熱が集まっていくのを感じた。
「……ナツ?」
放心状態で手を振り返していたあたしを、いぶかしむような絵里子ちゃんの声が引っ張り戻す。気づくと視線の先にはもう誰もいなくなっていた。幻だったならそれでもいい。今夜はいい夢がみられそうだが、今後はこんな白昼夢をみて一人にやにやしないように気を引き締めなくては。
「やっぱ普段からマスクつけておくべきか……」
「スケバンごっこでもするつもり?」
「ちげーよ!じゃない、違うよ!人前でニヤニヤしても大丈夫かと思って……」
「美少女に手ぇ振られたくらいでそんなに舞い上がるもん?」
「当然だろーが!天下の美園さんだぞ?あの麗しの美少女だぞ!?」
乙女としては壊滅的な言葉づかいで反論してから、夢じゃなかったのかと少し安心した。絵里子ちゃんはさっきよりあたしから離れている。失礼な。
しかし放心状態にもほどがあるだろう。お帰りになったことくらいには気づけ、あたし。
大胆不敵にも持参したお弁当を開いていた絵里子ちゃんが箸をしまっているのを見ながら、そういえばとあたしはもう一度右腕に顔をうずめて匂いを嗅いだ。え、わかんないんだけど。
「絵里子ちゃん、あたし何か匂う?」
「んー?」
身を乗り出してあたしの袖口をくんくんと嗅いだ彼女は、首をかしげて言った。
「強いて言うなら生姜焼きの匂いが」
「あ、それランチだわ」
この問題は、今日も迷宮入りである。