魔法の終わりと始まらないカーテンコール
真っ暗な視界の中で、ひんやりとしたものが顔をかすめた。ドライアイスだ。色とりどりのライトが舞うように瞼に浮かぶのがわかる。
魔法が、とける。
――いずみ王子、すみません。元の姿に戻ろうにも、戻れそうにありません。
そんな謝罪を放り投げて、あたしは生まれて初めてのキスに集中した。
いや、したかったのだが。
「……え、戻った?」
「おい、戻ってるぞ!」
「戻った!」
「おい見ろ、元に戻ってる!」
ざわざわと観客席から上がり始めた女の子らしからぬ声に、目を閉じたまま眉をひそめる。いや、聞き間違いではない。まぎれもない男の声がする。
ここ男子禁制だろ!というかどうやって入ってきたんだ!と、混乱しながらも瞼を上げると、ほとんど同じタイミングで体を離した薫さんと目が合った。
そう、薫さんと。
あたしの天使、学園の花、美少女ナンバーワンの、美園薫さん、と。
「……え?」
「……戻ってる……!」
「え、ちょ、え……?」
目の前にいるのは、薫さんかと思いきや薫さんじゃない。というか、何というか、つまり――。
「お、男……?」
「……あ」
長い黒髪の美青年が、あたしに覆いかぶさっていた。あまりの事態に頭が働かない。愛しの薫さんはどこか。きつそうに村娘仕様のドレスを纏った薫さんもどきの男じゃなくて、あの華奢でサラサラで桜色のほっぺをした、あたしの大好きな薫さんはどこへ!
「――っ、ナツキ、ありがとう!あなたが僕たちにかけられた魔法をといてくれた!!」
「え、ええ!?おいちょっ、これはどういう」
言いかけたところを、喜色満面の美青年に強く抱きしめられ、唇を塞がれた。柔らかい感触と甘い香りに頭がくらくらする。薫さんとのファーストの次はこんなことになるなんて、意味が分からない。あたしは今まさに、あこがれ続けた先輩(女)とキスで結ばれるのではなかったのか。
しかも厄介なことに、この男が薫さんにやたらと似ているせいで、無理に引きはがそうという気持ちが起こらない。目を覚ませあたし、こいつ男だから!
「ふっざけんな!!いいとこ取りすぎだろ!離れろ!」
「うわっ」
「――っ、え」
あたしと美青年を引きはがしたのは、こちらは日本人離れした容姿のイケメンだった。薄茶色の、猫のような目をしたそいつは、服が小さいのかやたらと前を肌蹴ている。きつめの服が流行っているのか、それこそふざけんな。
しかし、こちらもなんとなく見覚えがある気がする。いや、そんなことは断じてありえないわけだが。寧ろあってはならない。
「着ぐるみになっちゃんが入ってるなんて聞いてなかったんだけど!てか二回もキスすんな!先輩だからっていつまでも黙ってると思ったら大間違いだぞ!ほらなっちゃん、立って!いきなりちゅーするような変態の側にいたらだめだよ、アンリのとこにおいで!」
「アンリ?アンリちゃん!?いや違う!てめーはあたしが知ってるアンリちゃんじゃねえ!!」
「なっちゃんが知ってる菊野アンリちゃんだよ!元の姿に戻っただけで、中身は色違いの学ラン着てツーショット撮ったアンリちゃんだよ!」
「はああああ!?」
混乱して言語回路が四年前に直結してしまったようだが、それどころではない。「元の姿」ってなんだ。客席はざわつき、舞台裏も騒がしい。そもそも舞台上で女装美男子と露出狂と着ぐるみ女が揉めている時点でおかしいのだが。
必死に訴えてくるアンリとやらと、どこか傷ついたような顔でこちらを見つめてくる美青年。あたしが悪いことをしているような気になってくるが、男は苦手だし、そもそも女人禁制の学園都市に入ってくる時点でけしからん。いや、それ以前にほんと薫さんはどこに行ってしまったのか。
「おい、薫さんどこやった。なんかしてたらただじゃ」
「僕だよ、ナツキ」
美青年が口を開く。お前もか。それと、んなわけあるか。
「……いや、じゃなくて、あたしの先輩で美女役の美園薫さんのことなんだけど」
「だから、僕だよ。僕が三年一組二十八番の美園薫」
「は?意味がわからん」
「あのさ、なっちゃん、これは――」
アンリとやらが口を開こうとしたとき、体育館内のざわめきに負けないくらいの音量で放送がかかった。




