志望動機とアンリちゃん
「――っていうのが志望動機かな!」
「うわあ、ぶっとんでるなあとは思ってたけど、具体的に聞くとまたさらにひどいね」
「絵里子ちゃんひどい!」
いつもなんとなく眠そうな佐倉絵里子ちゃんは、お弁当の隅のキウイを箸で突き刺しながら笑った。いつも読んでいる少女マンガのように、仲良しの女の子とランチできる日が来るなんて、黒歴史時代のあたしに教えてあげたい。そこに至るまでには、血のにじむような努力があったわけだけれど。
「いやあそれにしても、どこを見ても女の子しかいないっていうのはほんと……天国みたいだわ。うん。来てよかった」
「ナツは試験受けて入ったんだっけ?」
「そうだよ、頭悪いから死ぬ気で勉強したよ!一日睡眠三時間くらいでさ……あっ、生徒会書記の如月さんだ!あああ超かわいい!ちっちゃくてツインテとかほんとかわいい…!」
「超難関の試験受かったくせにこんなんだからな……リリ高ももうちょっと人を選んだ方がいいんじゃないかな」
われらが聖リリウム学園高等部になにやらぼやきながらも、キウイを口いっぱいに頬張った絵里子ちゃんは黙って頬袋を膨らませている。何か言われる前に、あたしは携帯のカメラを起動して、手前にあったペットボトルを撮るふりをしながら如月さんのお姿を写真に収めた。お友達に食堂のメニューを指さして微笑むという素敵な構図に、われながらほれぼれする。眼福だ。
視線だけで見事にドン引きしていますという意思表示をしている絵里子ちゃんを見ないようにしながら、ウサギマークのフォルダに保存する。たまらん。女の子たまらん。
画面を見つめながらうんうん頷いていると、突然背中に衝撃を受けた。
「なーっちゃん」
「うわあ!」
「まーたやってんの?浮気はよくないね。ほら、撮りたいならあたしのこと撮りなよ」
ポーズだってとってあげるよ、と耳元でささやかれて、後ろから抱きつかれた状態のままあたしは凍りついた。覗き込んでくる淡い茶色の目を見返しながら、あたしはからからの口を開く。
「あああアンリちゃんいつからいた?」
「ん?さっき。ペットボトル移動して角度調節してたあたりから」
「かなり最初からじゃん!見て見ぬふりしてよ!」
「ええー?やだよ、なっちゃんいるのに構わないで帰るなんて。友達ぶっちして来たんだよ?」
いたずらっぽく笑いながらあたしのぱさついた茶髪をかき回して、生徒会副会長の菊野アンリちゃんはあたしから携帯を奪い取った。ちなみに副会長は、ふわふわの金髪に碧眼という華やかな容姿をした三年の可愛い系代表格である桃井理恵さんと、焦げ茶色のショートカットに薄茶色の猫のような目をしたかっこいい系のアンリちゃんという、たいへん絵になる二人である。もちろんツーショットも収めてあるが、これがまたいい。異国の王子様とお姫様のようなのだ。
「って、どさくさに紛れて撮らないでよ!」
「ねえこれズームどこ?」
勝手にあたしの携帯で自分を撮り始めたアンリちゃんに慌てて手を伸ばすも、リーチが違いすぎて届かない。くそう、モデル体型め。ちなみに、日本人離れした容姿を持つアンリちゃんのおじいさんはオーストリア人だそうだ。うちのじいさんは生まれも育ちも隣町である。格差社会だ。
「ま、ベストな角度はあたしが一番わかってんだから、任せといてよ」
「いいよ!カメラ目線の写真とか緊張するから!」
「ナツ……いい加減盗撮から脱出しないと逮捕されると思うよ、うちは」
「絵里子ちゃん、しーっ!公共の場でおおっぴらに盗撮とか言わないでよ!」
呆れたような、いや寧ろ蔑むような目でこちらを見てくる絵里子ちゃんに、もう一度人差し指を口元に持って行って黙っててのポーズをすると、大きくため息をつかれた。なんと。
「なんか、すっごく悪い犯罪に加担しろって言われてるみたい。顔怖いし」
「な、普通にしーってやってるだけじゃん!誰が極道の妻たちだ!」
「妻というか極道」
「絵里子ちゃんのいけず!」
「おっけ、なっちゃん。満足した」
「えっ、うわあああどんだけ撮ってんのこの子!」
絵里子ちゃんといつも通り言い合っていると、満面の笑みを浮かべてアンリちゃんが携帯を返してきた。王冠マークのフォルダの中に、二十枚ほど新しく加えられている。なぜこのフォルダがアンリちゃんのものだとわかったんだろうか。わかりやすかったかちくしょう。変えておかねば。