魔法が解けない野獣と中盤の見せ場
一向に魔法が解ける気配がないまま、中盤の見せ場のダンスシーンに来てしまった。
前半の殺陣のシーンを難なくこなし、いずみ王子とハイタッチをしたのが遠い昔のことに思われる。ダンスシーンの直前の、ベルの衣装替えのシーンまであたしは忌まわしき野獣の頭を取れないでいた。ギブミー酸素。
野獣の衣装替えはマントと蝶ネクタイだけなので、いずみ王子が直々に取り付けてくれた。久々に元の頭に戻って深呼吸していると、なんとお褒めの言葉をいただいた。
「ここまではよくできました、だね、野獣くん」
「ま、まじっすか!やった!後半も頑張ります!」
「うんうん、どんどん願掛けのハードルが上がっていくと、ものすんごい奇跡を期待しちゃうね」
「えっ?それってどういう……」
「はい、お水。そういえばさっきから、演技中に美女ちゃんがきょろきょろしてるかもだね。もしかしたら客席の誰かを探してるのかも」
開けておいてくれたペットボトルの水をがぶがぶ飲みながら、薫さんは特等席のあたしを探してくれているのだろうかとぼんやり思った。そうだったらいいのに。あたしはこんなに近くで、誰よりきれいな薫さんを見ている。
「でも、こんなに暗くちゃ見えないですよね」
「そうだね。だからきっと諦めきれずに探しちゃうんだ。さ、頑張ろうか、次はお待ちかねのダンスだよ」
あたしにすっぽりと野獣くんヘッドを被せて、いずみ王子は楽しげに言う。先ほど演じていた獰猛な野獣くんの声色とは全然違う。やはり魔法使いだな、と、マントをひらひらさせながらあたしは思った。
手を取って、体を引き寄せて、くるりと回って、波のように揺れる。
初めて踊るはずなのに息がぴったり合っている感じがするのは、ダンスレッスンに付き合ってくれた桃井さんと、例の魔法使いのおかげだろうか。
もこもこの手で白い小さな手を包むと、それだけですべてを手に入れたような気持ちになる。こんなに近くにいるのだ。今のあたしはあたしじゃないけれど、それでもいいと思えるくらいに幸せだと思った。少なくともあたしの下心からの頑張りは、あたし自身には報いたなと思った。
と、観客側に体を回す一瞬、薫さんが客席の方に目をやった。え、ダンス中によそ見とか、危ないんじゃないんですか。なんて考えが浮かぶのとほぼ同時に、薫さんがドレスの裾を軽く踏んづけてバランスを崩す。
――言わんこっちゃない!
何一つ言っていない気もするが、あたしは咄嗟に腰に回していた手に力を込めて、自分の方に引き寄せた。間一髪、あたしの胸に寄り掛かるような形になった薫さんを、抱きしめたままで一周くるりと回って、何事もなかったかのようにゆったりとしたステップに戻る。
あたしのふわふわの鬣にもたれかかり、ゆらゆらとおとなしく揺られていた薫さんが、驚いたような顔であたしを見上げていた。自業自得ですよ、とそ知らぬふりをして、曲が終わるまで穏やかにリードする。
舞台そでに引っ込んでから、桃井さんにナイスフォロー!とハイタッチされた。さっきまで白い手を包んでいた肉球(人工)からぼふっと音が鳴る。面白そうにこちらを見つめてくるいずみ王子にひやひやしながら衣装を戻してもらうと、ナイスフォロー、と鬣をぐしゃぐしゃなでくり回された。セーフ!
すぐに出番がある薫さんは、あたしが悠々と戻った時すでに袖に待機していたが、出ていく直前まで物言いたげにあたしを見つめていた。お礼なんていいんですよ、あたしはただの野獣なんですから。




