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八月九日(日)―夜


以前、名前だけ出てた『ミキ』の名前を『ユイ』に変更しました。

ややこしい事をして申し訳ございません。






俺には、臆面もなく『尊敬している』と言い切れる友人がいる。

そいつの名前は由井(ゆい)(さとる)。古くからのご近所さんに支持される酒屋さんの二男坊。今では熱心なアルバイターで、クールというより無愛想という言葉がよく似合う、中学時代のクラスメイト。学校での成績はすこぶるよろしくない上、出席日数も危険な低空飛行気味だそうだが、本人曰く『卒業は出来る』との事。


そんな生活態度はともかくとして、性格はかなり真面目な部類に分けられるだろう。ただ、その真面目さを向ける対象が、世間から見るとあらぬ方向へ傾いているだけで。

そんな由井を、俺がこれ以上なく尊敬している理由。

それは、由井のそんな熱心さや真面目さ、例え世間から見て斜め方向でも、真っ直ぐさをたった一つの物へ向け続けられる、揺るぎない情熱だった。



屋根が低く窓が大きい為に、屋根裏部屋のような印象を抱かせる畳部屋に、アコースティックギターの弦を弾く音が響く。一階が酒屋となっている家の二階、四畳ほどの部屋だがあるのは敷きっ放しの布団と積まれた音楽雑誌、それだけやけに立派なコンポと手にしているギターだけなので、それほど狭苦しい印象を受けない。


むしろ、半分身を乗り出すようにして窓に腰かける姿が妙に様に成っていて、その部屋は由井にあつらえたかのように似合っていた。まあ、本人の部屋なので当然と言えば当然なのだが。


「こんな時間にギター弾いて怒られねえの?」


現時刻は午後十一時、ご近所から苦情が来ると思うのが順当だろう。由井はそれにギターから視線を上げずに答えた。ギターは何かメロディーを奏でる事も無く、チューニングでもするように一音一音弾いていく。


「昔馴染みの気の良い人ばかりだから。このくらいなら、零時以降を控えるなら将来ちゃんと成功して町の発展に貢献したら許してやるってさ」

「はぁ、そりゃ有難いな」

「むしろ姉ちゃんの方がうるさい」


由井はただでさえの仏頂面を、更に憮然としたものにする。由井の姉の部屋は隣になるのだが、あんまりハメを外して騒いだり派手にギターを弾いたりすると部屋の壁を叩かれる。それが結構揺れるのだ。普通に顔を合わせればちょっと派手系の綺麗で親切な『お姉さん』といった感じなので、それをやられるとギャップがあってかなり怖い。いやまあ、騒ぐ俺達が悪いのだが。


やはり女兄弟というものはどこも一緒なのか、と外面の良い生意気な妹を思い出して愕然とする。

そこまで考えた所で、その妹がまた今回は凄い爆弾を落としてくれた、と少々気が遠くなった。


「この間の曲、どうだった?」


由井が抑揚のない口調で問いかける。その喋り方に慣れている俺はすぐにあのバラードの事か、と以前目覚まし代わりにかけた曲を思い出す。あれは由井が作詞作曲をしていたのだ。


「んー、まあ、嫌いじゃないけど、個人的な好みならその前のが好きだな。もうちょいハードなやつ」

「アキはロックとかのが好きだから」


納得した様子で由井は呟く。ちなみに、『アキ』というのは中学時代の俺のあだ名である。理由は言わずもがな。高校では三年間絶えず『安芸さん』がいたので、同じ高校組の中では自然と廃れたけれど、違う高校に通う由井は今も俺をそう呼ぶ。


「由井はバンドとかしねえの?」

「………僕はやっぱりエレキよりアコギの方が好きだし、団体行動は向いてない」

「あー…」


俺は苦笑して納得する。

由井は中学の頃からいつも一人でいた。授業もサボりがちだったし、授業中以外の全時間イヤフォンを耳にはめていて、いかにも近寄りがたい奴だった。愛想も悪くて、俺だって偶然が重ならなければ話す機会なんて無かっただろう。本人も一人でいる方が気が楽と思うタイプで、とにかく音楽に触れられる環境なら満足のようだった。


由井は将来ミュージシャンになるらしい。なりたい、ではなく、なる。本人の中では決定事項であり、その夢が破れるなんて事は考えず、ただ自分が望む自分に成る為に惜しみない努力を重ねている。本当は高校にも進学するつもりは無かったようだが、ミュージシャンを目指す上で高校だけは卒業しろ、というのが親父さんから出された交換条件で、現在は卒業出来る程度に高校に通いながらアルバイトをして上京する為の資金を溜めている。

今も高校生活最後の夏だろうが構わず、夏休みは稼ぎ時と言って一日のほとんどをアルバイトにあてて過ごしていた。


その事に俺は素直に凄い、と感嘆する。

俺には出来ない。そんな風に何かに熱中して、それを追う事に気負いも恐れもせず真っ向から向き合う事。将来を見据えて、その為の準備や努力を惜しまない在り方。

俺は飽き性で、行動の大体を惰性でこなす。けれど、それを良しとしている訳ではない。叶うなら、出来るなら、何かを一心に追い掛けて、けして諦めない強さを持って生きたいと俺だって思う。そんな人生は一体どんな風に見えるのだろう、と憧れもする。


けれど俺は、何かと理由を付けて諦める事ばかりが得意になってしまっている。十八年もかけて培ったこの性根は、なかなか改善出来そうも無い。そうやって逃げ道を探しながら生きて来て、いつの間にか何にも興味を持てないようになっていた。最初から興味を持たなければ、諦める必要も無くなるから。諦めたくなくても諦めるという選択肢を選んでしまう俺は、そんな逃げ道を用意してしまったのだ。


そんな自分は酷く格好悪く、情けなくて。しかし、だからこそ、俺は臆面なく由井を尊敬している。夢を抱き続ける、という事はただその熱に浮かされれば良い、という事では無い。夢を抱き続けるには努力が必要だ。前を向く、諦めない為の努力。好きな事を好きでい続ける為の努力。


それが出来る人間は文句なしに格好良い。俺には音楽技術や芸術性やら独創性、なんて細かい事は分からないけれど、それでも由井がそういう人間だと知っているから、俺は由井の夢を応援している。根拠なんて何一つ無いけれど、こいつならやってくれるだろう、と確信している。


思えば、陸上に打ち込む楓を眩しく思っていたのも、生意気なのに美琴に対して強く反論出来ないのも―――ここに並べるのは不本意だが―――活き活きと父親を観察する安芸を好奇心以外の部分で止められないのも、全て俺より強い意思の下で生きているんだ、と分かるからだ。

流されやすい性格は、強い意思の前では無力である。


「それで、何かあった?」


つらつらとそんな事を考えていれば、相変わらずギターに視線を落としたまま由井が問いかける。図星を突かれて、分かりやすく動揺した。


「な、何で分かるんだよ」

「僕がバイト上がって帰ってくるってなるとどうしても十時は過ぎるって知っているのに、わざわざ七時に来て待ってたんだろ?居ても立ってもいられない様な事があって堪らず来たのかな、と」

「あー…あー、まあ、うん……」


由井は音楽を抜きにしても、基本的に真面目な奴だ。そんな奴なのでふざけ合ったりもせず、ダラダラとした話の合間についつい真剣な話が口を滑らせて出てしまう事も間々ある。

俺の方は真面目な話というのはどちらかと言えば苦手なのだが、そんな理由で俺のそういうときのパターンを知っている由井ならばせめて話やすい、とここに来た。他の奴らだと良い笑いのネタにされそうだしなぁ。

だから俺は、項垂れながらも正直に用件を話した。


「……………美琴が……うん、あー…うん。あのさ、俺がその………楓を……………あの……好、き……なんだと、思ってたとか…訳分からん事……言いだして、さ」

「それで?」

「や、それでって…だからな、もしかしてもしかしたらそうだったのか、つかそうだったらどうしよう、と思っておまえに聞いてみたくてな」

「僕はアキじゃないからアキの気持ちなんて分からない」

「いや、まあ、そうなんだろうけど…」


取りつくしまもなく至極あっさりと質問を投げ出され、俺は口ごもる。では、俺が本当に楓を好きだったかどうかはとりあえず置いておくとして。


「由井から見て、俺って楓が好きなように見えた?」

「そう言われてみればそうだったようにも思う。けど、当時は違うと聞いていたから、違うんだろう、と思っていた」

「それじゃ答えになってねえよ」


何の収穫も得られずに、俺はがっくりと肩を落とす。由井と楓も中学二年の時に同じクラスだったので、その当時の自分の様子を聞きたかったのだが。

しばらく由井は変わらずギターの弦を弾いていたが、唐突に顔を上げると眠そうな動作で俺を見る。どこかぼう、とした表情の為か、由井はいつも眠そうに見えるので、実際に眠い訳では無いのだろう。


「僕は、恋愛ってスイッチのようなものだと思ってる」

「スイッチ?」

「僕の予想だけどアキは、僕が、この場合僕じゃなくても良いけど、とにかく毎日毎日『おまえは真野が好きなんだ』って言い続ければ、知らず知らずに真野を好きだって認識すると思う」


……………………悔しいが否定できない。流されやすいという事は主体性が無い、という事で人の意見に左右されやすく洗脳されやすい。だからこそ俺は、美琴の言葉を否定しきれずに今ここにいるのだろう。


「この場合を僕がアキの『スイッチを入れた』と例える。でも、大抵の場合はそのスイッチを自分で入れるんだよ。スイッチを入れてしまった瞬間、どんな相手の挙動も好意的に受け入れてしまう。一目惚れとかはその筆頭。一目惚れって明け透けに言っちゃえば見た目に惚れたって事だ。でも、スイッチが入ってしまえば顔だけでなく性格まで魅力的に見えてしまう。もちろん例外はあるだろうけれど、僕はそういうものだと思ってる」


スイッチを入れた事を自覚するまでの時間に個人差はあるだろうけど、と由井はそう付け加えると結論を下した。


「つまり、アキが真野を好きだと思うならそれはやっぱり真野を好きなのだろうし、違うって言うなら違うんだと思う。スイッチを入れる気が無いって事だから」


俺は由井の言葉を理解しようとしばらくその言葉を舌の上で転がし、一言一言を噛み砕いて納得し、そして脱力した。


「それ、何の解決にもなってねえよ」

「他人が解決して良いような話じゃないだろ」


正論だった。


「アキはすぐに人を頼る」


咎めるような言葉を、しかし由井は興味無さそうに呟く。事実をそのまま口にしただけ、というようないかにも由井らしい素っ気無い言葉だった。


「アキは他人を過大評価するけど、自分の事は過小評価する。だからすぐに人を頼るし、他人の中に答えを見つけようとする。それは怠慢だと、僕は思う」


俺は由井の言葉を脳内でぐるりと回して考えてみたが、どういう意味かよく分からなかった。もしかしたら、深く考えずに分からないフリをしていたいだけかもしれないけど。


「それって、悪い事か?」


だから、返した言葉はこんな単純なもの。善か悪かの二元論は分かりやすくて好きだ。由井はあっさりと首を横に振る。


「悪くはない。人間は群れで生きる生物だから、他人を頼る生き方はある意味で正しいと思う。ただ、僕からしたら羨ましくて妬ましくさえ思ってしまうような能力を持っているのに、それをアキが些細な事のように評価しないから、少しだけ腹立たしく思うときはある」


俺は虚を突かれて目を丸くする。俺からしてみれば、由井の生き方はほとんど理想に近い。そんな由井に羨ましがられるなんて、何だか少し気持ちが悪かった。それは嫌悪では無いけれどこそばゆい感覚で、俺の認識とはあまりに掛け離れた評価が違和感を呼ぶ。


「それでも僕は、アキが思っているよりはアキの事が好きなんだよ。だから、そんなアキが自分を不当に低く評価するのは、僕の好意を踏みにじってるようなものだ。僕に見る目が無いと暗に示しているようなものだ。それは、あんまりだ」

「……………………おまえはこっ恥ずかしくなるような事を平気で言うな」

「僕は自分を取り繕う事が苦手だから。だから、誰とでもすぐに仲良くなって簡単に輪の中で笑えるアキを、羨ましく思うんだ」


由井はそう言うと珍しく微かにだがふっと笑って、またギターの弦を弾いた。作詞も作曲も手掛ける由井は、けれど単純にギターに触れているだけのときが一番満足そうに見えた。由井にとってのギターは、まるで体の一部のようにしっとりとその腕に、その姿によく馴染んでいた。


由井はけして人間嫌いという訳ではない。ただ、どうしようもなく不器用な人間だった。他人が言う『普通』をけして普通の事として受け入れられない性質、自由というイメージは由井から人を遠ざけるに最適な材料で、そのイメージによりただでさえ人との接し方について疎い由井を『普通』からは遠い所に縛り付けた。

それをきちんと自覚していたから中学生だったあの頃、由井はイヤフォンを手放さずにいたのではないかと、今になって思う。最初から馴染めないと解っていたから、せめて過ごしやすい安寧の日々を、イヤフォンという無言の圧力で他人を拒絶し、得ていたのではないかと。


なんて、そんな風に真面目に考えてみたが、音楽さえ身近にあれば満足な由井の事。もしかしたら、本当に単純に音楽を聞いていたいからそうしていただけなのかもしれない…………よくよく考えてみると、そちらの可能性の方が高い気がしてきた。


「だから、たまには自分で自分を評価してみて、きちんと自分で悩んで答えを出すのも悪くないだろ。課題と違って提出期限なんてないんだから」


こういう、いつも通り自分なりの意見を語るときだけ饒舌な由井は、そう締めくくると口を閉ざした。こうなると、もう本気で由井はこれ以上の助言をする気がないのだろう、と五年にわたる付き合いの為に分かってしまう。

結局、俺の悩みは何一つ解決されないまま、何だかうやむやにされてしまったような気分に陥る。答えなんて簡単に出せないから、相談に来たのに。


楓は六歳のときからずっと変わらず気心の知れたお隣さんで、不本意な言い方をすればもう十二年になる、切っても切れない腐れ縁という名の幼馴染。

さっぱりとした性格で、子供の頃から男子に混ざって遊ぶ方が多いくらい活発で、前向きで常に笑顔を忘れない、明るくて気の良い奴。ここ数年で、確かに多少は女性らしいところも出て来たかもしれないが、それでもやっぱり八重歯の覗く笑顔は子供のそれだ。


意思が強くて、唇を噛んで涙を堪える強さを持つ、本人には絶対に聞かせられないが、自慢の幼馴染だ。笑顔がよく似合うから、いつも笑っていて欲しいと思う、大切な幼馴染。

それでもあくまで楓はただの幼馴染だ、とそう思うのに―――――


自分でもそれが本音なのか、それとも自分の中の何かを誤魔化す為に繰り返す言葉なのか、やはり未だ、答えは出せなかった。







読んでいただき、ありがとうございます。


ちなみに、美琴は話だけ聞いている『ユイ』の事を女の子だと思っています。だから初めだけカタカナ表記にしました。




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