私の愛する街とコーヒー
……私がこの街で喫茶店を開いたのは、もう何年前になるだろうか。相当の年月が経っているような気もするし、ついこの間だったような気もする。
その間、街ではさまざまな事件があった。世界的な金融恐慌にやられて自動車工場が閉鎖、街が失業者であふれかえったこともあったし、地元のフットボールチームが何十年かぶりにファイナルを制し、三日三晩のお祭り騒ぎだったこともある。過ぎてしまえばすべて懐かしい思い出だ。
――昼下がり。私は唯一の客――若いカップルにコスタリカとダージリンを出し終え、カウンターの中に戻った。もうやるべき仕事はない。愛用のイスに腰を降ろし、パイプをくゆらせながらローカル紙を拡げる。
昨日もいろいろな事件があったらしい。トップニュースは地元マフィアの抗争事件。分裂した一派が本家のオフィスに手榴弾を投げ込み、五人が死傷したそうだ。
ページをめくれば素晴らしいニュースもある。ニュータウンの三番通りで起こった火事では、若い消防士の活躍で小さな命が助けられたらしい。写真には、赤ん坊を腕に抱いて優しくほほえむ彼の勇姿が写っている。ヒーローに賞賛の拍手を送りたい。
ニュースは他にもある。
かねて市長が呼びかけていた街の文化遺産保護に、とある大物ロックミュージシャンが資金援助を申し出たとか、地元のベースボールチームは連敗記録を塗り替えたとか、小学生がボランティアを頑張っているなんてほほえましい記事もあった。
良いことも悪いことも、すべて人々が暮らしのうちに生み出していくもの。一つ一つの意思が、この街をたしかに呼吸させている。街は生きているのだ。
……そんなこの街を、私は愛している。
新聞を読み終えた私が静かに目を閉じようとしたとき、不意に小気味よい音が店内に響き渡った。
続いてカウベルの音。顔を上げれば、ドアを叩き開けて店を去る彼女の怒り肩と、頬を押さえて呆然としている彼の姿がある。
どうやら、こんなちっぽけな店にも事件は起こるらしい。私は席を立ち、うなだれる彼のためにブレンドを淹れ始めた。
……苦みも美味もあるコーヒーに、この街を重ねあわせつつ。