表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

【夏のホラー2026】 作品まとめ 【野井琅世】 

電子音が聞こえた

作者: 野井琅世
掲載日:2026/07/18



 音が聞こえる。

 聞き馴染みのない電子音だった。


「どうしよう……」


 電子音を掻き消す様に、隣に居る友人の里奈(りな)が泣きそうな声で言うのが聞こえた。

 だけど、私もどうしていいのか分からない。


「助けが来るまで隠れていよう」


 そう言うしかなかった。

 電話は(つな)がらない。

 校内に、私達のクラス以外の人間が見当たらない。

 どうしようも無かった。


「何なの? あの人……」


 里奈が声を震わせながら言う。

 里奈が指している人物は、授業中の教室に入って来た存在だ。

 黒いパーカーに白い仮面。

 手には、人が(あつか)えるとは思えない程の大きさの(なた)が握られていた。

 そして、その大鉈で……。


「佐島さん……、死んじゃったよね……?」


 生きている訳がない。

 首を切り落とされて生きている人間など居るはずが無かった。

 でも、その事を口にしたら、今起きている事を認める様で、怖くて口にできない。


「今は、生き残る事を考えよう」


 言ってはみるものの、出入り口はおろか、窓さえも開かなかった。

 何が起きているのか分からないが、普通でない事だけは嫌というほどに分かる。

 校舎内に閉じ込められ、隠れる事しかできないなか、どうやったら生き残れるだろう?


「皆、無事なのかな?」


 里奈が不安そうに呟く。

 佐島さんが首を切られた後、クラスの皆は、教室から飛び出したはずだ。

 あの人物は、皆が逃げるのを黙って見送っていた。

 誰か一人でも学校から逃げ出せれば、助けが来るかもしれない。

 それまで、隠れながら脱出する方法を探さないといけないだろう。

 頼れる人間は居ない。

 担任の上野先生は居たが、真っ先に教室から逃げ出していた。

 頼っても、(ろく)な事にならないのだけは分かる。


「………………」


 無言になる。


 また、電子音が聞こえた。


 ハッキリと聞こえているのに、ここではない何処かで鳴っている感覚。

 (うるさ)く鳴り響いているのではない。規則的に控えめな音で聞こえてくる。


「……何か聞こえない?」


 里奈の言葉にハッとなる。

 耳を澄ませば、何処からか、人の声の様なものが聞こえていた。


「お前が……! ……なれよ!」


 クラスの男子の声だ。

 何時も煩く騒いでいる声なので、聞き間違いのしようがない。


「揉めてる……?」


 里奈と顔を見合わせる。

 正直、この状況で様子を見に行くのは怖い。

 信用できる相手でもなかった。

 それでも、だからこそ、何か良くない事が起きている気がしてならなかった。


「行ってみる?」


 里奈の言葉に立ち上がる。

 状況だけでも知りたかった。


 里奈と二人で、忍び足で声のする方へ向かう。

 声が大きくなる。


「どうせ、お前なんか役に立たないんだから、囮くらいにはなれよ!」


 声の内容がハッキリと聞こえる。

 何か、殴るような音まで聞こえてきた。


 廊下の角から様子を伺う。

 数人の男子が、一人の男子を殴りつけていた。


 怖くて膝が震える。

 どうしていいのか分からない。

 飛び出して行っても無駄だろう。

 私達まで殴られるかもしれない。

 助けられるとは思えなかった。


 里奈を見る。

 蒼白な顔色で、涙を流していた。

 それでも、飛び出して行きそうな様子だった。


 その様子を見て決心する。


 助けよう。


 私だって見捨てたくない。

 あんな連中だけ生き残るなんて考えたくも無かった。

 飛び出して体当たりでもすれば、逃げる隙くらいは作れるかもしれない。


 そう思って、もう一度様子を伺おうとした時だった。


「うわぁぁぁぁっ!」


 悲鳴が上がった。

 先程まで騒いでいた男子の声だった。


 慌てて覗き込む。

 そこに居たのは、仮面の男ではない。

 学校の制服を着た女子。

 その女子生徒が立っていた。

 ただ、普通の姿ではない。


 切り落とされた自分の首を抱きしめる様にして、教室の前に立っている。


 佐島さんだった。

 間違いなく、死んだはずの佐島さんだ。

 佐島さんの首が、泣きながら、何かを叫ぶ様に口を動かしている。

 声は無い。

 それでも、間違いなく口は動いていた。


「逃げろ!」


 男子達が這う様にして逃げていく。

 その場に、殴られていた男子が取り残された。

 廊下に(うずくま)り、逃げようともしていない。


「行こう!」


 そう言って、里奈が駆け出した。

 私も続く。

 逃げる訳じゃなかった。

 蹲った男子の下に走った。


「立って!」


 私と里奈で、蹲った男子の腕を取って立ち上がらせる。

 逃げ去った男子とは逆方向に引く。

 早く逃げ出したい。

 その思いから、力いっぱいに引く。


 その瞬間だった。

 佐島さんが此方を見た。

 目の動きだけで、此方に視線を向けている。


 足が(すく)んだ。

 それでも、手は離さなかった。


「大丈夫」


 腕を掴んでいた男子が言う。

 抑揚(よくよう)のない、平坦な声だった。


「何を……!」


 言いかけたが、言葉が詰まった。

 佐島さんが、逃げ出した男子の方へ向かって行く。

 もう、私達を見ていなかった。


「田部君……?」


 里奈が声を掛けるが、男子……、田部君は何も言わなかった。

 無表情で、佐島さんが去った方向を見ている。


「昇降口に行こう」


 そう言って、田部君が歩き出す。

 その足取りは平静その物で、この状況では、それが何処か不気味だった。


 ついて行って良いものか一瞬悩む。

 私よりも里奈が先に動き出した。

 田部君の後を追う。

 私も、それに続いた。


「昇降口は開かなかったよ」

「大丈夫。開けられるから」


 里奈の言葉に、田部君が、相変わらず抑揚のない言葉で返す。

 意味が分からなかった。

 なら、何で逃げ出していないのか?

 思ったが、口に出せなかった。

 口に出すより先に、田部君が口を開いたからだ。


「俺が虐められてたの知ってるよね?」

「……うん。さっきの男子達だよね?」

「君達以外、クラスの連中は、多かれ少なかれ、俺を虐めてたよ」


 何でもない様に田部君が言う。

 その言葉に、私も、里奈も言葉が出なかった。

 そこまで酷い事になっているとは知らなかった。


「上野先生も、面倒事が嫌みたいで、俺が悪いみたいな事を言って、相手にしてくれなかった」

「………………」

「学校も、虐めが校内であると困るみたいで、対応してくれなかった」


 階段に差し掛かる。

 階段の上から、何かが落ちてくた。

 何かが潰れる様な音をたて、私達の目の前で、その何かが動きを止める。


「あぁぁぁぁぁっ!」


 さっきの男子の一人だった。

 その男子が、呻き声の様な声を上げ、そこに居た。


「ヒッ!」


 声が漏れる。

 男子は腰を斬られ、下半身がなくなっていた。

 腸を撒き散らす様にしながら、必死に藻掻(もが)いている。


 思わず、階段の上を見る。

 人が居た。

 黒いパーカーに白い仮面。手には大鉈を持った男。


 膝が震える。

 男の大鉈からは血が(したた)っていた。


「気にしないで良いよ」


 田部君が言う。

 視線を男に向ける事さえしていなかった。


 仮面の男が降りてくる。

 歯の根が合わなくなった。

 震えが止まらない。


「ついて来るだけだから。放っておいて」


 そうとだけ言って、田部君が階段を降り始める。

 私も、里奈と一緒に、必死に後に続く。


 もう、何も分からなかった。

 これは、田部君の復讐なのだろうか?

 そうだとしても、この状況は何なのだろう?

 死んだはずの佐島さんが歩き回っていた事も説明がつかない。


「下駄箱の辺り、上野先生が居ると思うから、相手にしないで」


 昇降口に着く。

 田部君の言葉通り、上野先生が歩き回っていた。


「お前達だけ、逃げるつもりか……」


 そう言った上野先生は、頭の目から上が無くなっていた。

 おそらく、あの大鉈で斬られたのだろう。

 頭から止めどなく血を撒き散らし、眼球だったと思しき物が、残された顔の前で揺れている。


「黙ってろ」


 田部君が言うと、上野先生が恐怖した様に身体を震わせる。


「ヒッ、ヒッ、ヒッ……」


 そんな声を残して、上野先生が逃げる様に下駄箱の並ぶ列に姿を消していった。


「田部君……」


 声を掛けるのが正解とは思えなかった。

 それでも、自然と言葉が出てしまった。


「何?」


 田部君が、振り返りもせずに聞いて来る。

 聞いてしまって良いのか分からなかった。

 それでも、口は動いてしまう。


「……仮面の人は誰?」

「………………」


 田部君が初めて振り返る。

 相変わらず、表情はなかった。

 感情は読めない。

 だからこそ、酷く恐ろしかった。


「外せ」


 田部君が言うと、後ろから黙ってついて来ていた仮面の男が仮面に手をかけた。

 今更になって怖気る。

 見てはいけない気がした。

 それでも、男は仮面を外す。


「………………」


 男は無言だった。

 それでも、顔は露わになる。


「田部……、君?」


 里奈が呆然と呟くのが聞こえた。

 私は、声が出ない。

 そこには、田部君と寸分違わぬ顔があった。


「まあ……、そういう事」


 そうとだけ言って、田部君が昇降口の扉を開いた。

 どれだけやっても開かなかった扉が、何事も無かったかのように開いている。


「何か聞こえる?」


 その言葉と共に、やけにハッキリと電子音が聞こえた。

 規則的で、控えめな電子音。


「電子音が聞こえる……」

「私は、お母さんの声……」


 私達の言葉に、田部君が静かに頷く。

 そして、扉の向こうへと私達を(うなが)す。


「その音が聞こえているなら大丈夫。早く帰ってあげて」


 そう言って、田部君が小さく笑う。

 何処か、寂し気な微笑だった。


「田部君は……?」


 里奈の言葉に、田部君が首を横に振る。


 駄目なんだ。


 それが、分かった。

 分かってしまった。

 田部君は帰れない。


「………………」


 何か言おうとしたつもりだった。

 言葉にはならなかった。


 田部君が、扉の向こうに、私達を押し出す。

 扉の向こうは、暗闇だった。


「音を頼りにして」


 田部君の声が背後に聞こえた。

 姿は、もう、見えなかった。


 里奈と手を繋ぐ。

 音に向かって歩く。


 その背後から……


「さよなら」


 田部君の声が聞こえた。








 夢だったのだろうか?

 そう思う。

 私たち以外は、皆、死んだ。

 私と里奈だけが生き残った。

 校外学習の帰り道、乗っていたバスが土砂崩れに巻き込まれた。

 私が聞いていた電子音は、病院で私に繋がっていた医療機器の電子音だったみたいだ。

 田部君は即死。

 先生と他のクラスメイトは、病院で少しずつ死んでいった。

 里奈に、あの体験の話はできていない。

 話してしまったら、あれが現実だったと認めてしまう様で怖かった。

 病室から、空を見上げ、あの出来事を思い返す。

 忘れたいけど、忘れられそうにない。

 忘れてもいけない気がした。

 本当に死後の世界があるのだとしたら、田部君は迷わずに旅立てたのだろうか?

 目を瞑る。

 病室の中は静かだった。

 微かに誰かの会話が聞こえる。

 人が歩く足音も。

 そして……




 そして、規則的で控えめな電子音が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ