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与えられた役割が残酷過ぎる件について

作者: 黒しろんぬ
掲載日:2026/05/10

 あぁもう全く、一体俺が前世で何をしたって言うんだろう。


 物心付いた時から一緒にいるお隣さんの幼なじみちゃんはちょっと無愛想で、ちょっと不器用で、そんな所が放っておけなかった。

 仕方がないからこの俺がそばにいて、守ってやろうじゃないか。

 登校も一緒。クラスも一緒。下校も一緒。……小学生の時、なんか面倒な出来事があった気もするけど、思い出すと頭が痛くなるからいいや。たぶん、家族よりも長い時間を一緒に過ごしていた。

 幼なじみちゃんの事は世界でいちばん俺が知っていた。


 で。

 一緒にいたいと言う単純な気持ちを複雑化させて捻れに捻れまくった哀れな思春期男子くんが遠くからこっそりと見守るしか術を持てなくなった頃、大変残念な事に思い出さなくても良かった事を思い出してしまったのです。

 あぁそうでしたそうでした、どこか別の世界の、何百年も昔の事です。


 きっと第一の人生とでも呼ぶんだろうかね。

 俺と幼なじみちゃんは前世、同じ時代を生きていた訳です。共に王を守る近衛騎士団として――なんて、現世なら笑っちゃうようなコテコテの剣と魔法の世界で。 嫌になるくらい鮮明に思い出せます。


 来世でも一緒になろうって約束したのかな? 違うんだなこれが。

 悲しきかな、前世では幼なじみでもなければ来世を約束した恋人でもなく、本当にただ同じ空気を吸ってただけなんです。

 そう、本当に本当に残念な話だけど、俺と幼なじみちゃんは友達と呼べるほど親しかったわけでもなく、かと言って接点がないわけでもなく、残念過ぎるくらい近くて遠かったんです。

 そもそも前世の俺は幼なじみちゃんの事、怖いと思ってたし。

 好きとか全く思わなかったし。っていうか幼なじみちゃんには婚約者いたし。その相手が俺の友達だった訳だし。どっちかと言うと応援してた側で。紙吹雪散らして祝ってさ。いやぁ、おかしいなぁ。本当におかしいなぁ。


 で、バリバリの思春期をひょいと飛び越えて狙ってないのに狙ったかのように同じ高校に入って、話しかけなきゃいいのに入学式の帰り道で「久しぶりに一緒に帰ろうぜ」なんて言っちゃったもんだから「中学の時は男女で仲いいと付き合ってるだのなんだのって面倒臭かったよね」とか、「話しかけてもシカトするから嫌われたのかと思ってた」とかそんな話で盛り上がって、よせばいいのに舞い上がっちゃって、そうだ前世は前世だ! なんて自分に言い聞かせて。


 あぁ、桜舞うこのシチュエーションならさらっと「実は好きだったから恥ずかしかった」って言えるんじゃないかなって。

 思ったわけだよ。

 割りと本気で。別にいいだろって。いま目の前にいるコイツは俺の幼なじみちゃんで、アイツの女じゃないんだからさぁ。


 なのにさぁ。

 本当、最悪だ。

 なんでこのタイミングで現れるんだよ。


「遅くなってごめん!」


 そりゃあ反則じゃないですか前世で同じ王族近衛騎士団に所属しておりましたミカエルくん。

 桜舞い散る入学式にようやく前世の記憶を思い出して颯爽と登場、なんてずる過ぎやしませんか。俺なら確実に惚れるわ。


「……玲司、知り合い?」


 で、覚えてない訳ですか、ノクシアさんこと雪乃さん。

 あんたホントおいしいな。


「さぁ知らないなぁ。どこかでお会いしましたっけ」


 首を傾げてけろっとしてみるも、ジト目を俺に向けてくるミカエルくん。今の名前は知らん。


「またまたぁ。嘘がお上手だこと」


 昔からこんな調子なものだから。

 ミカエルくんはすっかり勘付いてしまわれたようです。

 えぇ、俺がひた隠しにしてきたこの純情さえも。


「玲司。邪魔しちゃ悪いから私、先帰る」


 あぁん待ってよ雪乃ちゃん。

 君の目の前にいるの、前世の夫だよ。

 愛し合ってたじゃん、傷だらけになりながらお互い庇いあってたじゃん。

 そろそろ思い出してあげないとどうなっても知らないよ。


「またね」


 なんで私の事知ってるんだろう? と大変わかり易く顔に浮かべたまま、一礼して去っていく俺の幼なじみ。

 俺の大切な幼なじみ。

 傍に居過ぎて好きになった幼なじみ。


「え、ノクシア……まさか本気で俺の事覚えてない!?」


「忘れたっつったら現状維持出来るんですかね」


「無理」


 ですよねぇ、と笑う俺とミカエルくん。

 ヒロインのいなくなった裏方で、主に俺はすっかりやる気をなくしていた。


「一日にバスが六本しか通らない超ド田舎に生まれてそっからお前たちの事探すまで一体どんだけ時間掛かったことか……おまけにこの学校頭良いじゃないですか。超勉強しましたよ僕。おかげで視力落ちたわ」


「……クッ、眼鏡で知的アピールだぁ? 雪乃ちゃんは知性にホイホイ釣られるような女じゃないぞ!」


「でも、ノクシアは俺の眼鏡姿好きって言ってた」


「俺も眼鏡男子になるか」


 便所の落書きよりクソみたいな俺の呟きを無視して、最強の騎士様はパンッと手を叩いた。


「ハイ仕切り直し! この春から進学するために引っ越してきた矢ヶ崎小次郎です」


「久坂雪乃の幼なじみをやってます屑桐玲司です」


 明らかに不満そうな矢ヶ崎くんにドヤ顔をお見舞いしてやる。


「分かってると思うけど、ノクシアは俺の妻だからね?」


 眼鏡の奥のジト目を真っ向から受け止めて、俺は鼻で笑ってやった。


「あいつは物じゃねぇよ、とか雪乃ちゃんのお部屋においてあった少女マンガの台詞を引用してみたり」


 ノクシアじゃないもん。いまは雪乃ちゃんだもん。とは面と向かって言えないから俺はピエロなんだね。


「……ノクシアったらまた忘れちゃったんだぁ」


 俺の皮肉をスルーして、矢ヶ崎くんは芝居がかったため息をつく。

 そうだね。前世でも壊れて記憶失くなっちゃって。大変だったよね。見てたよ、俺も。


「俺だって思い出したのつい最近の事だし。それはお前も同じだろ?」


 思い出したってことは、つまりそういう事なんでしょうね。

 あぁ、やだやだ。


「でも残念だね小次郎くん。いま雪乃ちゃんから出てる矢印は一方通行だよ」


「えぇ!? どゆこと!」


「剣道」


「……はい?」


 最強ミカエル様のその間抜け面、最高だね。


 ◆ ◆ ◆


 住宅密集地にある屑桐家と久坂家は家同士が隣あっていて、窓を開ければハイこんにちは。幼なじみちゃんのお部屋が見えるわけです。中学時代は俺の部屋の窓はずっとシャッターが降りていて、本当に久しぶりの光景だった。

 今にして思えばなんでちゃんと向き合わなかったんだろうなーと後悔しても時既に遅し。

 あぁミカエルの顔がまた浮かんで来た。


「久しぶりに来たけど、あんまり変わってないなお前の部屋」


 約三年ぶりに踏み入った雪乃の部屋へ突撃訪問。

 俺の言葉になんて微塵も興味がないのか、彼女は机に向かったまま、カリカリと無機質な音を立ててペンを走らせ続けている。

 こちらを一瞥すらしやしない、その無防備で冷たい背中のライン。昔からずっとそうだ。

 結局、俺だけが勝手に意識して、距離と壁を作ってあたふたしてたってだけの話。

 招かれざる客である俺は、あてつけのように彼女のベッドへごろんと寝転がった。


 ――瞬間、鼻腔をくすぐる暴力的なまでの女の子の匂い。

 昔みたいな、お日様と洗剤の匂いじゃない。名前も知らない甘い香りが、シーツから遠慮なく俺の自意識を抉ってくる。三年のうちに黙って女になりやがって、こんちくしょう。いや、勝手に距離を置いて、勝手にダメージを受けているピエロが何言ってんのって話。


「ねぇ玲司、今日の人、友達?」


 真っ先にそれを聞きますか。


「……古い友人だよ」


「って事は私も会った事がある?」


 あるよ。前世の話だけどね。


「なに、気になんの?」


「うん……。うん、どうなんだろう。よくわかんない」


 雪乃は座ったまま、顔だけこちらに向けた。

 あー面白くない面白くない!

 このまま布団に埋もれていたらもっとイライラしそうなので起き上がって雪乃ちゃんの宿題を邪魔してやろうと机の上に乗っていた書きかけのプリントを取り上げた。

 入部届と書かれたそれに、雪乃は既に志望する部活名を書き込んでいた。


「また剣道部入るの? 雪乃ちゃんほんと剣道好きだねぇ」


「ここまでやったんだから、もうちょっとだけ」


 そうそう、雪乃ちゃんはちっちゃい頃から強くなりたいとか言ってましたっけ。

 なにかのテレビに影響されたのかなってずっと思ってたけど、今なら分かるよ。

 雪乃ちゃんは守られるのが苦手なんだよね。知ってるよ。

 前世でも国が誇る女騎士様だったもんね、愛するミカエル様の隣で大剣ぶん回してさ。自分を守って大切な人が傷つくくらいなら自分がぶっ壊れても構わないんだよね。見てたよ。紙吹雪散らしながら。

 二人の想いが奇跡を起こした感動的な結婚式だったもんね。あー、思い出しただけで泣けてくる。勝てない。

 このミカエルバカ。思い出せなくても忘れちゃっててもやっぱお前はミカエルの事しか考えてないんだよ。ばかばか。ばーか。


「玲司は何かしないの?」


「俺、なんでも出来ちゃうし。三年も続かないって」


「そう」


 そこはさぁ、一緒にやろうよとか言えないのかなこの無愛想ちゃんは。ほんと俺に興味なしですか。

 あ、三年も続かないってのがまずかったのかな。うそうそ、雪乃ちゃんがいれば三年でも四年でも来世まで頑張るよ。なんつって。


「雪乃ちゃん、まだ強くなりたいって思ってる?」


「え――あ、そうだね。昔そんな事言ってたね。恥ずかしいから忘れて」


「あらら黒歴史だった」


 忘れていてもミカエルに繋がっている事なんだから、そんな事言うなんて意外だ。


「あ、玲司。そっちにいたんだ」


 私の部屋の窓からひょっこりと顔を見せる現世では晴れて私のイトコになりました屑桐凛太郎くんの登場に雪乃ちゃんは興味深々です。


「久しぶり、雪乃ちゃん」


「こっちの学校に来るなら言ってくれれば良かったのに。……ビックリした」


 そう、イトコの凛太郎くんはこっちの学校に通うために俺の家に住む事になりました。

 昔からうちによく泊まりに来ていた関係で雪乃とも仲が良い。凛太郎も揃って幼なじみだ。

 あ、大丈夫です。凛太郎くんは俺の恋敵ではありません。っていうか凛太郎くん、打ち明けてもいないのに俺の気持ちお気付きで御座います。


「驚かせようと思ったんだよ。一緒のクラスだったらもっと面白かったんだけどね。でもこれで忘れ物しても貸し借り出来るし、考えようによっては良かったよね、玲司」


 どうやらイトコ様は雪乃ちゃんと同じクラスになれなかった俺を慰めてくださるようだ。


「大丈夫。玲司にも凛太郎にも忘れ物出来ないように毎日チェックするから」


「ありがとう。これからよろしくね」


 これから。

 これから、どうしようか。

 俺の可愛い可愛い幼なじみちゃんはきっとそのうち昔の事を思い出すんだろう。


 あぁ、やだな。本当、嫌だな。昔の事を思い出した瞬間からそんな日が来るのが分かってたけど、嫌だな。

 なんで俺に幼なじみなんて役を割り振ったんだろう。

 別に俺じゃなくたって良かったじゃないか。

 別にお前じゃなくたって良かったじゃないか。

 あぁ、嫌だな。本当に。


 ◆ ◆ ◆


「この世界は俺に都合が良くない。滅ぼそう」


「中二病か」


 凛太郎はついに慰めることをやめていた。それでも苦笑して返してくれるのは彼の優しさだ。

 結局諦めてしまった俺に対して掛ける言葉はもうない。


「物心付いた時から思い出してれば、こんな事にならなかったのに」


「珍しく弱気だね」


「だって雪乃ちゃんが思い出しちゃったらもう勝ち目ないもん」


「僕だったらこう言うね。今世は僕を選んでみてはどうですかって」


「なにそれ堕ちる」


「っていうか言ったんだけど」


「ん?」


 いやいやいや、待ってくれ、ちょっと待ってくれよ凛太郎さん。

 あ、大丈夫です。凛太郎くんは私の恋敵ではありません。って解説してたさっきの俺は一体なんだったんだ。っていうか今サラッと今世はって言った?

 お前も前世の記憶持ち!?


「でなきゃ同じ高校に行こうなんて思わないよ。そりゃ、思い出した時はなんで!って思ったけど……でも仕方ない事だし。雪乃ちゃんは幼なじみで、気になる女の子なんだから」


 負けた。完全に完敗だ。凛太郎さんカッコ良すぎです。惚れる。

 そう、なぜなら俺はそう言われてもなお前向きに考える事なんて出来ないからです。ハイ負け犬。


「ま、冗談としか受け取ってもらえなかったけど」


「あぁ、さっきのビックリってそういう事」


「でも……玲司の言う通りミカエルの事思い出したら、行っちゃうのかな」


「そうだろ。忘れてたって、アイツのために剣道やるんだから」


「え、そうなの?」


「忘れてても遺伝子レベルで刻まれてるんだろ。俺達がなんにも思い出せない頃からミカエルの為に強くなろうって――」


「雪乃ちゃんが剣道を始めたきっかけは玲司だって本人が言ってたよ」


 またまた凛太郎さん、慰めはよしてくれやい。


「覚えてる? 昔、玲司が誘拐されそうになった時の事」


 あ。それはやめてね。思い出すとちょっと頭が痛くなる。血の気が引いていく。まずい、腕を引っ張られる感覚が戻ってきた。あ、だめ吐きそう。


「それ以来合法的に強くなるにはどうしたらいいかって辿り着いたのが剣道なんだって」


 ……あれ。そうだ。小学生の可愛い俺は腕を引っ張られて、車に引きずり込まれそうになって、怖くて暴れる事もできなくて――そうだ、雪乃が助けてくれたんだ。近くに落ちてたコンクリートブロック振り回して、なんでか車のサイドミラーをガンガンぶん殴って。びっくりした誘拐犯は俺を放って逃げたって言う昔々のお話。


「――なんだ、そりゃ」


 そうだね。雪乃ちゃんはノクシアさんの時も、ミカエルを救うために大剣ぶん回してたもんね。


 あー。俺って単純です、本当。

 ノクシアこと久坂雪乃の前世の居場所はミカエルこと小次郎の隣で、じゃあ今世も当たり前の様にお隣ですねって、受け入れたくないけどしょせん後付のこんな想いで二人に勝てる訳ないって、全部全部分かってるのに。


 今世はその席、俺じゃダメですか。

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