「お前を愛する事はない」「酔ってんのか?」
「お前を愛する事はない」
「酔ってんのか?」
「…へぁ…?」
先ほど諸々の手続きとお披露目を済ませて夫という立場になった男が、間の抜けた音を漏らした事で失言に気づいた。
まあでも仕方ない事だと思う。
諸事情あってほぼ初対面で婚姻を結んだ相手に、数回目の顔合わせ(いや初夜だけど)で突然あんな事を言われたのだ。
これは無視して自室に戻り、一人でゆっくり寝て良いという事に違いない。
「あぁ、失礼しました、酔っているのは確定でしたね」
目と口を開いたままこちらを凝視してくる男。
世間で人気を集めているクール系美貌の持ち主と言う話だが、なかなか愛嬌のある顔になっている。どちらにしても好みではないけど。
「お披露目会場でも随分とお酒を召し上がられていましたものね、酔いに任せて早く寝た方が良いですよ」
「は……なに……?」
「今日の初夜は諸事情で繰り延べになりましたとの事で、私もこのまま休ませていただきますので」
そちらもどうぞ自室へお帰りください、と初夜仕様だった夜着の上からガウンを羽織って夫婦の寝室から出ようとした所、男に腕を掴まれた。
「ま…待て、なんでそうなる…」
「ぁあ…?」
こちとら疲れて眠いというのに、何様だお前は…あぁ、私の旦那様(笑)でしたねそういえば。
思わず睨みつけたら目を逸らされた。
「なんで、とは?貴方が仰ったんじゃないですか『愛するつもりはない』って」
「それは、そうだが」
人の腕を掴んだまま、こちらも見ずになんかもにょもにょ言っている。
用があるなら早く言え、こちとら早く寝たいんだが。
「つまり、過ぎた飲酒のせいで本日の下半身は営業終了しているという事でしょう?」
「……!!!!違うそうじゃない!!!!」
「うわぁ…真っ赤になってるきもちわる、下ネタ耐性ないんか」
「…ひっ…ギュ」
おっと失言を重ねてしまった。
やはり疲れてるんだなあ、ここ三か月くらい、急遽決まったこの婚姻の為に睡眠時間削って駆けずり回ってたもんな。
それというのもこの家の現当主が詐欺に引っかかって巨額の負債を抱えたせいなんだけど。
祖父がこの家に割と盛大な借りがあり、我が家がまあまあ金を持っていたために結ばれた婚姻だった。
正直良い迷惑だけど、まあこんな事でもなければ相手もいなかっただろうとは私と家族共通の認識なので、ナシ寄りのアリ、かな。
さておき、男は変な声を出したあと、しゃがみこんでプルプルし始めた。
捨てて行っていいかなこれ?いいよねきっと。
「では私は先に休ませていただきますね」
丁寧に腕を掴んでいる指を外してそう言えば、男はのろのろと顔を上げた。
「なんで……そんな扱いなんだ」
「そんな、とは?」
「雑…というか、私の事なんかどうでも良いみたいに」
「え、だってどうでもいいですし」
もう眠くてだいぶ受け答えが素になっているなあと思いつつ、素直な気持ちを伝えると、男の顔から血の気が引いて行った。
器用な顔面してるなあと思って眺めていると、話に聞いていた美貌とやらが随分崩れた男がかぼそい声を出した。
「おま……きみは、私を金で買う程に愛してるのでは、なかったのか…」
「寝言は寝て言え」
「ヒョエ」
絞められた鳥のような声を上げる男は、心なしか震えの速度が上がったようだ。器用。
しかしどこ情報なんだそれ、私がこの男を好きで?金で買った?
ああ、莫大な持参金でもって借金の世話をしたのがそう認識されたのか。
「急遽の婚姻と、それに伴う持参金の話でしたら、祖父が過去の恩を返すために受けた話なので、私があなたを買った事実はないですね」
言われそうな話ではあるが、事実にかすりもしてないので気にも留めていなかった。
まさか本人がそんな事を信じるとも思わない…と言える程にはこの男を知らないので、なるほどなあ、である。
しかし…
「あぁ、お酒だけじゃなくて『金で女に買われたかわいそうなぼくちゃん』にも酔ってたのか」
「……ぅぁ……」
本日三度目の私の失言に、再度男が真っ赤になる。
かわいそうな自分に酔ってた事にさえ気づいていなかったらしい。
それはそれとして私はもう限界だ、これ以上この男に構う元気はないので自室に戻る事にする。
「誤解が解けたようなので、私は自室に下がらせてもらいますね、明日以降に酔いを醒ました状態で改めてお話いたしましょう」
「わ…わかった…」
顔を両手で覆ったまま震えている男が、一応返事をした事を確認してから自室に戻る。
夫婦の寝室と自室が直結してる構造はあまり好まないけど、へとへとの今は助かる……と考えた所で、一つ伝え忘れている事に気づいた。
今閉じたばかりの扉を再度開くと、男がビクッと痙攣したあと顔を上げた。
美貌って崩れると大変な事になるんだなあと思いつつ、用件を述べる。
「愛はいただかなくて良いのですが、実家にも子が必要ですので、子種はしっかりいただきます
ご了承くださいね?」
私は一人っ子だったので、二人以上子供を産んで一人を実家の継嗣にしたいのである。
家の存続大事。
「子供は二人以上欲しいので、お酒の量には是非気を付けてくださいませ」
必要な事は伝えたので、おやすみなさいませ、と言って再び扉を閉める。
綺麗に整えられていたベッドに倒れ込んだ所で記憶が途切れているので、気絶するように眠りに落ちたらしい。
翌日、起きたのは夕方以降であった事をここに追記しておく。
最終的に子供は五人以上になったとかならなかったとか。
とっぴんぱらりのぷう。




