2-4
ノアと別れたあとも、胸の奥のざわつきは消えなかった。
中庭の喧騒が、どこか遠くに聞こえる。
──最強殺し。
──たった一人になった上位者。
考えないようにしていた言葉が、頭の中で何度も反芻される。
「世良龍人」
不意に、背後から名を呼ばれた。
振り返ると、そこに立っていたのは一人の老人だった。
黒衣の上に学園長章をつけ、杖を突いている。
──その男は、闘戦学園の学園長、城ヶ崎賢吾。
「……俺に何の用ですか」
「少し、話をしよう」
断れる雰囲気ではなかった。
学園長に連れられた先は、管理棟最上階の応接室だった。
外の喧騒が嘘のように静かだ。
「最近、学園島で噂になっている存在を知っているね」
「……《最強殺し》のことですか」
学園長は小さく頷いた。
「正式名称は違うが、君たちがそう呼ぶのも無理はない」
机の上に、一枚のホログラム資料が映し出される。
そこには、過去に襲撃された生徒たちのデータが並んでいた。
共通点は、ただ一つ。
「全員、単独行動中の上位評価者……」
「その通り」
学園長の視線が、俺を捉える。
「君は今朝、不知火結衣から実習の誘いを受け、断ったそうだね」
「……」
黙るしかなかった。
「判断としては、間違っていない」
「……は?」
意外な言葉だった。
「感情で動くより、距離を取るのは賢い。
だが──」
学園長は言葉を切る。
「結果として、彼女は“一人”になった」
「……」
「《最強殺し》は、偶然を装う。事故に見せ、トラブルに見せ、必ず孤立した瞬間を狙う」
喉が、ひくりと鳴った。
「そして──」
学園長は、淡々と告げる。
「君は知っているかな。網羅学園最強、宮野羅生が行方不明になったことを」
「存じています」
「なら話は早い。羅生君も《最強殺し》に狙われていたんだよ」
「そんな──」
ニュースでは、行方不明とだけ書いてあった。
今知らされた真実。
Sランクですら──最強殺しには勝てない。
「不知火結衣は、現在“観測対象”に入っている」
「……なに?」
「君がどう思おうと関係ない。すでに、彼女は狙われている」
胸の奥が、冷たく沈んだ。
「では、なぜ俺に?」
「簡単な話だ」
学園長は、静かに笑う。
「君は、彼女の過去を知っている。そして、君自身もまた──例外ではない」
背中と腕の古傷が、じわりと疼いた。
「奴がどんな目的であるかは定かではない。しかし《最強殺し》は、最強だけを殺すわけではない」
「……」
「最強を生み出す存在も、消す」
その言葉の意味を、理解した瞬間。
頭の中で、何かがはっきりと繋がった。
──逃げられない。
「彼女は今も、君を信じて待っているかもしれない。そんな君に選択肢は、三つある」
学園長は、指を立てる。
「何もしない」
「彼女から完全に離れる」
「それとも──」
その視線が、俺を射抜く。
「関わり続けるか」
どれを選んでも、楽な道ではない。
だが、一つだけ分かることがあった。
──もう、知らなかったふりは出来ない。
応接室を出た瞬間、空気が重く感じられた。
昼休みの学園は相変わらず賑やかで、何も変わっていないように見える。
──何もしない。
──完全に離れる。
──関わり続ける。
学園長の言葉が、頭から離れない。
廊下を歩きながら、無意識に人の流れを探す。
技術科の制服。
結衣の姿は、見えない。
(……考えすぎだ)
そう思おうとした、そのときだった。
視界の端で、誰かが立ち止まる。
生徒だ。
だが、視線が違う。
──見ている。
獲物を見る目だ。
理由は分からない。
だが、体が先に理解している。
結衣は、もう“狙われている”。
今朝、俺が拒否したせいで。
距離を取ったせいで。
彼女は、一人になった。
(……ふざけるな)
拳を強く握り、踵を返す。
選択肢は、もう残っていなかった。
現実から目を背ける時間は終わりだ。
逃げ道は──塞がれたんだから。
俺は、結衣を探して走り出した。
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