2-1
数日後。
背中と腕の傷もすっかり治り、いつもの日常へ戻っていた。
ただ爪痕は残されている。
破れた制服。
壊れた自転車。
周囲の人の視線。
──あの日を境に何かが変わった。
……ピンッ……ポーン
(誰だよ……こんな朝っぱらから)
少し溜めてから、もう一度。
独特のチャイムの鳴らし方にイヤな予感がする。
昨日タンスから引っ張り出したままのワイシャツを羽織り、取り寄せたばかりの制服ズボンを履く。
玄関まで行き、覗き穴から外を見る。
するとそこに──やっぱり。
「……ぅ゙」
──結依が立っていた。
不知火結依。同じ「闘戦学園」の一年で、幼馴染。科は俺とは別の「技術科」で評価はAランク。
そんな彼女がセーラー服を着て、チョコレート×ブラウン色の学生鞄を片手に持って立ちすくんでいる。
今日は1人でいたい……が正直な感想だ。
ならばいっその事、居留守を使おう。
幸いまだ足音は立ててない。
玄関部分には靴やら傘やらが散らばっている。
そんな所をゆっくり忍び足で後退りすれば──転ぶのは必然的だった。
──ドンッ!
「うおっ!」
玄関で足がもつれ、床に思いっきり体を打ちつけた。
「りゅ、りゅうちゃんどうしたの? だっ大丈夫?」
ドアの外から、結依の声がする。
駄目だ。音を聞かれた。
「あ、ああ、大丈夫」
平静を装い、ドアを開けると……大きな包みを持って立っていた。
「で、何の用だ。後、りゅうちゃん言うな」
「ご、ごめんね。りゅうちゃ……あ、りゅうくん。今日来たのは昨日疲れてただろうし、夜ご飯とか食べてなくて、お腹減ってるかなって思って」
……ちゃんを、くんに変えただけだろ。
昔から何も変わってないぞ。
学園でのクールな姿と今の様子の落差が酷い。
「飯は……下のコンビニで──」
「それじゃ駄目だよ! 今日戦闘訓練の日でしょ? しっかり食べないと持たないよ!」
言い切ったあと、ハッとして口を押さえる。
「えっとね。お弁当作ってきたから、朝とお昼の分。良かったら……」
「わかったって。ちゃんと食べるから……ほら、早く帰った。ここ、男子寮なんだぞ」
「う、うん! また、学校でね! あ、あと──気を付けてね、最近『最強殺し』って言う学園最強だけを狙う狂人もいるみたいだから──」
あぁ、今朝ニュースで流れてたやつか。
「分かった分かった。気をつけるから……」
「うん、あ、あと」
結衣が一瞬、言葉を探す。
「その、今日の実習……一緒に任務受けませんか? Cランクなので危険も小さいですし、その……単位も貰えるので」
結衣から意外な提案に、俺は目を見開く。
俺は彼女から目を逸らし、応答する。
無意識のうちに、両拳を強く握っていた。
「ごめん……今日は……無理だ」
言葉は思ったよりも、簡単に出た。
結衣が少し驚いた顔をする。
それでも俺は視線を合わせなかった。
「……Cランクの任務だよ?」
「それでも、無理だ」
そう言われるのは分かっていた。
危険じゃない。
失敗もしないだろう。
──それでも行けない。
「悪いが……他を当たってくれ」
「うん……分かったよ。ごめんね急に変な事言っちゃって。またね、りゅうくん」
──ガチャん。
足早に去っていく音を聞いて、胸の奥が少しだけ軽くなる。
同時に、自己嫌悪が俺を襲う。
──逃げたな、俺。
どうしてこう世話を焼いてくれるんだろうか。
考えなくても分かってる。
多分……あのときの選択が、今も俺を縛っている。
──グルルルッ!
先程より大きく長く鳴って、もう限界に近い腹をどうにか持たせて、リビングの机で結依の持ってきた弁当を広げて食べた。
食べ終えると、そのまま直通バスで学園へ向かった。




